プロローグ
短編から連載したものとなります。お楽しみ頂ければ幸いです。
満月が昇る夜。その眼下では忌まわしき炎が街に燃え広がっていた。
炎から逃れようとする人がいる。炎を消そうと声を張りあげて指示を出している人がいる。炎に焼かれ倒れた人がいる、倒れた人を案じるように叫ぶ人がいる。
それは人に仇を為すための炎だった。弱者を虐げ、圧倒的な力を以て蹂躙する。その為に業火は街を焼いていく。
炎を放った理由は、それが楽しいから。単純明快にして、それ故に邪悪であり無慈悲。身勝手な欲望によって炎は燃え広がろうとしている。
災禍の炎はこのまま数多の無辜なる人を呑み込み、多くの悲劇を生み出していただろう。
「なんだ、それは」
――そうなる筈だった。
「一体、なんなのだ、それは!?」
災禍の炎を巻き起こした、世界に仇為す魔神の信徒。魔族と呼ばれている男は驚愕と狼狽から声を震わせながら叫んだ。
彼によって放たれた業火は、街と共に力なき弱者を呑み込もうとしていた。
しかし、どうしたことか。その炎がたった一人の人間によって制されてしまった。
ただ掻き消されるだけなら、男の驚きはここまで大きなものにはならなかっただろう。
「なんなのだ! 貴様は!」
燃え広がらぬなら、もっと多くの業火を。自慢の炎で人を焼き払う時に感じていた愉悦はなく、目の前の信じがたい存在を消し去らんと男は炎を放つ。
だが、暗い色をした禍々しい炎は目を焼くほどの明るい白焔を纏った一閃によって斬り伏せられる。
自身の炎が呑み込まれるようにして白焔に取り込まれていく。己の力がねじ伏せられるだけならまだしも、自分の力が相手の力そのものになっているのだ。
それは、まるで不浄が清められて祓われるかのようだ。だからこそ訳が分からない光景だ、理解が出来ない。いや、むしろしたくない。それでも信じたくない存在は、確かな存在感を持ってそこに君臨していた。
「なんだというのだ! 貴様はァッ!!」
男は狂ったように叫んで目の前に立つ存在を睨み付ける。
それは、まだ年若い少女。鉄のような色合いの黒灰色の髪をポニーテールに結んでいる。
自分を見据える瞳は暗い灰みの赤。いわゆる錆色と言われる色の瞳が真っ直ぐに男を見据えている。
そして、もっとおかしな物が少女の手に握られている。それは〝奇妙な剣〟だった。
刃は片刃、反りが入った刀身には波打ったような紋様が浮かんでいる。暴虐な男でさえ、思わず美しいと思ってしまう程の一品。
その刃から吹き出すようにして舞い踊る白焔。少女がその剣を振るう度に彼女の炎によって自分の炎がねじ伏せられ、取り込まれていく。
剣を振るうその姿は、まるで舞っているかのよう。戦場の最中だと言うのに、彼女の動きから警戒とは別の意味で目を離せなくなりそうだった。
そんな感情を否定するように男は首を振る。必死に振り払おうとしたものの中には困惑と恐怖もあった。
アレは一体なんだ? 一体どんな魔法を使えば〝同じ属性の魔法〟の力を斬り裂くだけで取り込むなどと言う芸当が出来る?
「貴様は、一体何者だァ――――ッ!!」
己の快楽のために人を焼き続けた傲慢な男は惑乱したように叫び続ける。
男は知らない。その少女が持つ剣が、異界においてその美しさから美術品とまで言われた一品であることを。
その武器の名は――〝日本刀〟。
とある異世界の、小さな島国で生まれた至高の一品。
では、日本刀を振るうこの少女は一体何者なのか?
これは、ある一人の異世界転生者の物語だ。
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