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ニンジンを食べたいケンタウロス

 キャロを背負いながら走る。

 足音が迷宮に響き渡っていた。


「キャロの……ステータスを見る……ですか?」

「あぁ、見てくれ」

「でも、キャロのステータスは――」

「いいから見てくれ!」


 俺の声に押され、キャロは不承不承という感じで「ステータスオープン」と小さく呟いた。

 俺は後頭部には目はない。だから、彼女がどんな顔をしているのか、俺にはわからない。


 だが、俺の首に手を回す力が一瞬弱くなりかけたので、俺は左手をキャロの臀部の下にまわし、右手で彼女の手を掴んだ。痴漢行為では決してない。緊急措置だ。お尻の感触を堪能なんてしていない――と言い訳をしたら言い訳するだけ世間を見る目が俺のことをロリコンと思うだろうから、ある程度気持ちいいけれど、あくまでも緊急措置だと言っておくだけにしておく。


「キャロ、しっかり掴まってろ!」

「あ、はい!」

「見たらわかると思うが、今のお前は誘惑士としての力を全て失ってるんだからな、ミノタウロスに襲われる可能性だってあるんだぞ」

「……あの、なんで私の職業が平民になってるんですか!?」

「女神様の加護だよ」


 俺は笑って嘘をついた。いや、まぁ俺が無職スキルの秘密に気付いたのは、二人の女神様から貰った成長チートの天恵のおかげだから、あながち嘘ではないんだが。


「さっき、トレールール様の女神像に祈ったときに、女神様に会ったんだ。それで、キャロの職業について相談したら、15分後にお前の職業を平民に戻してもらえることになったんだ」


 よくもまぁここまで、堂々とウソを言えるものだと思った。日本にいたころは、正直一徹、真実一路を信念として生きていたのにな。


「……え? トレールール様に!?」

「あぁ、町に戻ったら広場の像にちゃんとお礼を言っておけ」


 自らの手柄を女神様に献上し、


「キャロ! お前は何になりたい?」

「え?」

「お前は何になりたい? 職業だよ。平民になったら転職もできるだろ」

「……キャロは――行商人になりたいです! パパとママみたいに! それでパパとママがなりたかった一流の商人になりたいです!」

「いいな、それ! 働いているって感じだ!」

「なれるの?」

「なれるさ! (いまだに無職の)俺が言うんだ! 間違いない!」


 心の中で、「俺だけはその台詞を言うな」とツッコミを入れてしまう。

 未だに無職から抜け出せていないのに。


「ならよ、平民のレベルを10までに上げないとな! しっかり掴まってろよ!」


 俺はそう言うと、角を曲がった。

 目の前にはこちらに背を向けているミノタウロスが。


「階段に行くまで、ミノタウロスを蹴飛ばしていくぞ!」


 俺はさらに走り出す。目の前にはミノタウロスが。

 ミノタウロスを蹴飛ばしながら、俺はキャロに言った。


「キャロ! 生きろ! 生きて幸せになろう! 俺も幸せになるから!」


 後ろでキャロが小さく頷いた――そんな気がした。

   

   ※※※


 23階層にたどり着くまでの間、3体のミノタウロスを倒し、キャロの平民レベルは10まで上がっていた。

 流石にここで彼女の職業を行商人に変えたら女神様の言い訳も使いにくいからな。


 そして、23階層へ続く階段の場所まで戻り、そこを上がると、ハル達が待っていた。


「ご主人様、御無事のようで何よりです」

「ま、余裕だったよ。みんなに言っておくが、トレールール様の加護により、さっきキャロの職業が平民に変わった。同時に固有スキルも消えているから、魔物が集まる心配はなくなった」


 当然のようにウソをつく。

 女神の加護が、というセリフで皆がそれを信じたようだが、ハルだけは真実に気付いたようだ。


「それより、早く町に戻ろう。セバスタンの治療をしないといけないからな…じゃあ、魔除けの香を使って帰るか」


 俺は魔除けの香を焚き、迷宮を上がることに。

 キャロも下ろした。


「……ハル、どうした? 顔色が優れないけど、まさかルーレットでもらったスキルが原因か?」

「え、いえ。私が貰ったスキルは贋作鑑定というアイテムが偽物か本物かを見極めるスキルでした」


 そうか……ハルにとってはあまり魅力的ではないかもしれないが、便利そうなスキルだ。


 じゃあ、ハルの様子がおかしい原因は他にあるってことか?

 それって一体何だ?


「――キャロさんが誘惑士でなくなったのは、ご主人様が24階層に上ってからですよね?」

「あぁ、そうだけど?」

「あの魔除けの香も本物です……」

「うん、まぁ本物だろうな」

「……なんで、あのケンタウロスさんは、キャロさんのスキルに引き寄せられなかったのでしょうか? それに、魔除けの香を嫌がる様子もありません。ケンタウロスさんはスロウドンキー――人に懐きやすいですが、れっきとした魔物のはずなのに」


 ……言われてみればそうだ。

 ケンタウロスだけはキャロに近付こうともしなかった。

 一体、どうしてだ?


 俺がケンタウロスを見ていると、


「おい、ケンタウロス、そっちじゃない!」

「ケンタウロス、ダメよ、草ばっかり食べてちゃ」


 ケンタウロスはジョフレとエリーズの指示を無視して迷宮内に生えていた草を一心不乱で食べていた。

 その姿はミステリアスのミの字もない。


「鼻が詰まっているだけじゃないか?」

「……そうかもしれませんね」


 俺達はこれ以上ケンタウロスに関して考えるのはやめることにした。

 あいつは放っておいても問題ないだろ。

 いや、放っておいたら時間がいくらあっても足りない。


 俺はゴブリン棒と紐、ニンジンをアイテムバッグから取り出し、ちょっとした工作をした。できあがったのは、ケンタウロスの頭から伸びる棒と、そこから吊るされたニンジンだ。棒は左右に動く程度の余裕はある。


 ケンタウロスは目の前に吊られたニンジンを食べようと前に進みだした。

 よし、これで成功だ。


 決して動物虐待ではありませんよ、このまま迷宮にいたら危険だからという緊急の措置ですよ。

 と、動物愛護団体の皆様への言い訳を考えながら、俺達は迷宮の外を目指した。

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