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楽に生きてほしい賽銭箱

 自分を殺してほしいという少女に、俺は耳を疑った。

 だが、どう聞いても、今のは嘱託殺人の依頼だ。


「ご主人様、彼女はレンタル奴隷のようです。レンタル奴隷を正当な理由がなく殺す場合、天の判断によっては盗賊堕ちすることになります」

「そうなのか。まぁ、殺すつもりは最初からないけどな」


 盗賊に堕ちるかどうかは天が判断するのか。曖昧だなぁ。

 確かに、キャロの隷属の首輪を見ると、光が7個灯っている。

 あと7時間のレンタルということか。


「でも、レンタル奴隷だっていうのなら、なんで地面の下に埋めたんだ? 奴隷商のところに連れて行かないといけないのに」


 俺はキャロを樽の中から引きずりだし、表に立たせた。

 紫色の長い髪、120センチくらいの身長。

 普通に可愛い少女だが、なんでそんなに死にたいんだ?

 奴隷が辛いのか?

 そして、なんで地面の中に埋められていたんだ?


「……まぁ、言いたくないなら別にいいか。ハル、魔物を解体する。一人じゃ大変そうだから手伝ってくれ」


 俺はそう言ってハルに近付いていき、(職業を狩人に変更するぞ)と頭の上の狼耳に耳打ちした。

 解体スキルによる魔物の解体では、狩人に経験値が入る。


 あと、冒険者達の遺体はどうしたものか。


「冒険者が亡くなった場合、彼らの所有物は発見者の物です。装備などをいただきましょうか?」

「いや、いいや……金はそこそこあるし、トラブルの元になったら困るからな」


 熊の毛皮を、盗賊から貰った短剣で剥いでいく。

 盗賊から貰った装備がそこそこ役に立っているな。

 だが、品質があまりよくない。


 解体の途中で再度魔物が来ると知らせがあったので、解体途中の魔物もアイテムバッグの中に入れて去ることにした。血の匂いにつられてきたのだろうな。


 冒険者の遺体は、アイテムバッグに入れる気がしなかった。

 死んだとはいえ人間をアイテムとして扱うことが俺にはできなかった、とかではなく、ただ、なんとなく人間の遺体と一緒に旅をするのが嫌だった。


 本来なら、遺族の元に連れて行ってあげるべきなのだが。


「キャロ、町まで案内してくれ」

「……」


 キャロは黙って頷いた。

 そして、俺達は1時間かけて森を抜けた。

 遠くに町が見える。あそこがベラスラの町か。

 フロアランスの町よりも大きそうに見える。


 トレールールの管理する迷宮があるんだよな。とりあえず、あそこの町での目標は、その迷宮をクリアすることにしよう。その前に、キャロを奴隷商に届けないといけない。


 隷属の首輪の光は1つ消え、残り6個になった。


「そういえば、レンタル奴隷って、レンタル時間が過ぎたら主人の命令を聞かなくなるって聞いたけど、それだけだと逃げ出せないのか?」

「逃げないように命令されていますし、自害も禁止されています。嘱託殺人までは禁止されていなかったのでしょうね。もっとも、頼まれたからといってレンタル奴隷を殺す人はいませんが」


 盗賊堕ちだもんな。罰金とかもありそうだし。

 俺の場合、盗賊堕ちで一番困るのは、おそらく無職が盗賊に変わるってことだ。

 そうなったら無職が消滅し、今後無職スキルが入手できなくなってしまう。それは避けないといけないな。


 さらに30分歩く。門番はゴツイおっさんだった。

 セカンド職業を平民に変えておく。行商人にしたら入町税が安くなるらしいが、サード職業に設定しても水晶球の色が変わるかどうかはわからないし、なにより税金を払いたい。


 前に2組、入町手続きをしていたが、すぐに俺達の出番が回ってきた。

 そして、門番のおっさんは、キャロを一目見て、


「……死んだか」


 一言そう言った。


「はい」

「そうか」


 キャロが頷き、それ以上は何も問わない。


「君が彼女を届けてくれたのか。礼を言おう」


 おっさんは頭を下げ、そして通常業務に戻る。

 水晶球に手を乗せ、犯罪職でないことを証明。

 俺の入町税は50センス、ハルは60センスだった。奴隷の方が税金が高いのか?

 キャロは夜明け後すぐにこの町から出ていったのを確認しているので、入町税はかからなかった。


【イチノジョウのレベルが上がった】


 平民のレベルが36に上がった。

 もう少し税金が高くてもいいんだけどな。


「奴隷商の店は、ここからも見える、あの茶色い煉瓦の建物だ」

「赤レンガ倉庫みたいな建物だな」


 横浜か函館か敦賀か。

 日本で見たら歴史を感じる、といったところだが、こっちの世界だと新しい建物のように思えてくる。


 とても大きな建物だ。


「奴隷商って儲かるのか?」

「この町には賭場がありますから、借金奴隷が多いんです」


 キャロが説明してくれた。ギャンブルで借金して身売りか。あまり同情はできないな。ギャンブルにのめり込んで自滅するのは日本でも異世界でも変わらないらしい。


 少し歩くと、広場の中心があり、そこに、一度見たことのある少女――トレールールの石像があった。

 その像に祈りを捧げている多くの人がいる。


 この町ではトレールールの石像は一種の観光スポットであるらしい。


「トレールールは賭博の女神でもあるって言ってたな。そのトレールールが管理する迷宮のある町だから、彼女の加護にあやかって勝負しようとする人も多いんだろう」


 でも、本当にトレールールの加護が存在するとしても、それを受けるのは客だけではない。この町に暮らして賭場を開いている胴元にも加護がある、そう思わないのだろうか?

 まぁ、あの怠け者っぽい女神様が、そうそう人に加護を与えるとは考えられないが。


 石像の前には鎖で固定された賽銭箱が置かれていて、多くの人が銅貨を投げ込んでいた。

 1円も5円も存在しないこの世界、最低貨幣は1センス、つまり銅貨1枚なんだから、賽銭の額もそれなりになるだろう。日本の賽銭箱と同じく手を伸ばしても盗めない仕組みにはなっているが、鎖でつながれているとはいえ、賽銭箱ごと盗まれないのかは心配だが、まぁ、女神の金を盗んだら、間違いなく盗賊になってしまうだろうしな。

 そんな罰当たりな行為をする奴はあまりいないか。


「賽銭箱は百年以上前にニホンジンの迷い人の提案で設置されたそうです。面倒な手続きをせずに寄進ができ、信仰の輪が広がるということで女神教会の方々は即座に採用したそうです。フロアランスでも、上級迷宮の入り口には戦いと勝利の女神、セトランス様の像があり、その前に賽銭箱が設置されています」

「へぇ、知らなかった……ハルは物知りなんだな」

「幼少の頃、両親とともに宮仕えしていた王宮の書庫で本を読むのが楽しみで、そこで知識を身に付けました」


 ハルは子供のころはどこかの王宮に家族と一緒に住んでいたのか。

 そういえば、ハルが奴隷になった理由とか一度も聞いたことがなかったが、俺、考えてみればハルのこと、まだほとんど何も知らないんだな。


 俺もハルには無職であることを話していないし、今度、じっくり話し合う時間を設けよう。


「よし、俺達も賽銭を入れていくか」


 アイテムバッグから銅貨を3枚取り出し、1枚をハルに、1枚をキャロに渡す。


「いいんですか?」


 キャロが


「子供が気にするな」

「キャロは16歳ですが」


 マジですか! え、女子高生の年齢?

 どう見ても小学生だろ。


「ハーフ小人族ミニヒュムですから」


 またも知識のない俺に、ハルが説明をしてくれた。

 小人族ミニヒュムは、ヒュームの半分の身長の種族らしい。

 ハーフ小人族ミニヒュムは、ヒュームと小人族ミニヒュムの混血児のことを言うらしく、身長は120センチ程度で止まり、見た目もヒュームより幼く見えるらしい。


「まぁ、16歳も俺にとっては子供のようなものだ」

「あの……私ももらってもよろしいのですか? 18歳なんですが」


 ハルが遠慮がちに言った。


「……え? ハルって年下だったの!?」

「……ご主人様、私の年齢を御存知なかったのですか?」

「うん、女性に年齢を聞いたら失礼だと思って」


 しっかりしているから、俺よりちょっと年上程度だと思っていた。

 ハルの尻尾がしゅんとなっている。

 あぁ、悪いことをした。今度干し肉を買ってやろう。もちろん、酒はふき取って。


「あぁ、キャロ、トレールール様は享楽とかギャンブルの女神と言われているが、その本質は、楽に生きることをよしとする女神様なんだ。理由は知らないが、死にたいなんて言わずに、楽に生きられるように願っておけ。ギャンブルの必勝ばかり願っている人が多い中、一人「気持ちが楽になりたい」なんて、そんな願い事をしてみろ。目立つこと間違いないから、願いを叶えてくれるかもしれないぞ」


 俺はごまかすようにキャロに言って、銅貨を握らせた。

 そして、自分の銅貨を賽銭箱に放り投げる。

 銅貨は1回、2回と音を立てて跳ね返り、箱の底に落ちた。


 そして、俺に必要経験値1/20の天恵をくれたことを感謝した。


 横を見ると、キャロは小さな手を合わせ、真剣に願い事をしていた。

 反対側ではハルが尻尾を振って願い事をしている。一体、何を願っているのやら。

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