舞台の上の無双
冒険者ギルドの中はいつも通り多くの冒険者で賑わっていた。情報交換もあるが、冒険者達の中には酒を飲んでいる者もいる。店の前の酒屋から酒を買ってきて飲んでいるんだそうだ。酒場が開くのは夕方で、一人で飲むのが寂しい冒険者達が集まって酒を飲んでいるらしい。
とりあえず、俺は初心者迷宮で手に入れた魔石を売ることにした。
ジョフレとエリーズには、俺達の後で買い取りをするように言っている。
「こんにちは、カチューシャさん、前にできなかった魔石と素材の買い取りお願いします」
「いらっしゃいませ、イチノジョウ様、ハルワタート様。冒険者証明書を提出してください」
俺はハルの冒険者証明書をカチューシャに渡す。
そして、俺はアイテムバッグから、初心者迷宮で獲れた魔石と、ゴブリン棒や蝙蝠の羽、スライムゼリーなどをアイテムバッグから出した。
初心者迷宮で獲れたアイテムの中で売らないのはレアメダルとゴブリンソードだけだ。
カチューシャはそれらを査定するために席を少し離れると、後ろから例の声がかけられた。
「相変わらず初心者迷宮か、大変だなぁ、初心者迷宮を稼ぎ場にするとほとんど稼げないだろ。彼女も可哀そうにな、そんな貧乏人が主人だなんて」
昨日の拳闘士の男がちょっかいをかけてきた。昨日からずっと同じ場所にいるようだ。かなり暇人だな。
「言いたいのはそれだけか?」
「あん?」
「冒険者としても二流なら、挑発も二流なようだな。流石は貴族様の小間使いといったところか」
「てめぇ、喧嘩売ってるのか」
「喧嘩を売っている人間が逆に喧嘩を買うのか? こりゃ商売人としては三流だな」
俺は嘲笑し、
「やるならあっちの舞台でやろうぜ」
俺は親指で肩越しに真後ろを指す。
そこの舞台で戦おうぜ、俺はそう言った。
「なぁ、初心者……いや、ルーキー、舞台はこっちだぜ?」
「あっちは懲罰室よ?」
「僕達の第二の故郷さ」
……頼むから今は口を挟まないでくれ。懲罰室が第二の故郷ってことについては詳しく聞かないでおくから。
俺の提案に、拳闘士の男は大笑いした。
「まさか、お前の方からそんな提案をしてくるからな、俺の職業を見抜いておいてそんなことを言ってくるとは思わなかった。こりゃオレゲールの旦那から報奨金がたんまり貰えそうだ」
……ハルを買おうとしている貴族はオレゲールというのか。口が軽い男だ。
「イチノジョウ様、お待たせしました。合計32センスになります。お確かめください」
32センス……3200円か。安いか高いか判断できないが、今はそんなことはどうでもいい。
10枚銅貨の束3つと、銅貨2枚を受け取り、アイテムバッグにしまう。
「カチューシャさん、舞台の準備を頼むぜ! この坊主が俺と戦いたいんだとよ!」
「え? ちょっと待ってください、イチノジョウ様は冒険者ですらないんですよ?」
「大丈夫だって、殺しはしないよ! 事故でも起きない限りな。それに、俺が申請すれば規則上は問題ないんだろ?」
そう言って、拳闘士の男は下品に笑った。
規則を持ちだされたら、カチューシャはもう口を挟むことはできない。
舞台を使う手続きをし、使用料は申請者である男が支払った。30センス、銅貨30枚だ。
高いんだなぁ。
そして、俺と拳闘士の男だけではない、ギルドにいた多くの客が一緒についてきた。酔っ払いたちは酒を持ってやってきている。
舞台は、円形の舞台で、周りは草地。
観客席はない、四方を壁で覆われていて、外からは見えないようになっている。
「10分以内に決着がつかなければ試合終了ですからね、カッケさん」
カチューシャさんが言う。剣を草地に投げ捨て、舞台に上がった拳闘士――カッケという名前らしい――は、「10分も必要ないよ」と言う。
そして、俺も剣をハルに預け、舞台の上に飛び乗った。
そして、前に出ると、後ろから3人の男が舞台に上がってきた。
「どういうつもりだ? 1対1じゃないのか?」
「こいつらはお前が逃げないようにするための見張りさ」
「そうか――あぁ、そうだ。30センス、借りを作るのは嫌だからな、返すぜ」
俺はそう言って、先ほどの銅貨30枚を上に放り投げた。と同時に地を蹴る。
「なっ」
それが男が二本の足で立って言った最後の言葉だった。地を蹴り前に移動した俺の掌底が男の腹を撃ちぬく。
その一撃で、男は膝から崩れ落ち、そしてその背中の上に銅貨が落ちた。
「お……お前も拳闘士だったのか」
手加減してやったので、意識はまだあるようだ。
「へっ、保険を用意しておいて正解だったぜ。拳闘士は確かに強い、だがよ……魔法が弱点なんだ。覚えておきな……生きていられたらよ!」
カッケの言葉を合図に、「「「プチファイヤ」」」と魔法の声が聞こえ、背中から三発の魔法が俺めがけて飛んできた。舞台の上での魔法は違反ではないがタブーだろうに。
そして――その三発が俺に命中した。
カッケは勝ちを確信したことだろう。だが――
多少痛かったが、このくらいなら平気だった。
魔術特化職業にし、魔防御は拳闘士単体の二十倍を余裕で超える。
あいつらが見習い魔術師だというのは舞台に上がったときからわかっていたからな。
「いいか、魔法っていうのはこうやって使うんだぞ! プチウォーター! プチストーン! プチウィンド!」
水の玉、石、空気の塊が3人の見習い魔術師にそれぞれ命中、全員昏倒させる。
そして、俺は手を天に向け、「ファイヤー」と火炎魔法を放った。
巨大な火の玉が天に昇って行った。
【イチノジョウのレベルが上がった】
魔法を使ったことで見習い魔術師と魔術師、どちらかのレベルが上がったようだ。
そして、俺はカッケを見た。
カッケは天に上がっていく魔法を見て、「お、お前は何者だ……」と恐怖とともに疑問を投げかけた。
「お前に名乗る職業は無い!」
本当に無いからな。
そして、俺はカッケの髪を掴み、恐怖で歪んだ顔を覗き込む。
「それより、貴族に伝えな、俺は臆病者だから逃げも隠れもする。でも、ハルを――俺の大切な人を傷つけようとするやつには容赦はしない。例え貴族相手でもな。だから、お前はメッセンジャーとして生かしてやる」
俺はそう言い残すと、
「スラッシュ!」
手刀を放った。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
カッケの左膝より下を切り落とした。
……右腕が震えている。男の悲鳴が俺の鼓膜を震わせた。
カチューシャさんが、本来は俺のために用意したんであろう治療用の救急箱を持って舞台に上がって行った。
酔っ払いが先に舞台の上に行き、酒を傷口にかけていた。
その消毒作業が、さらにカッケを痛めつける。
俺は舞台を降りて、ハルの横に立った。
「ハル……ただいま」
「ご主人様、あまり無理をしないでください」
「無理をしたつもりはないんだが」
「お願いです」
「……ありがとうな」
はぁ、もっと爽快に終わらせるつもりだったのにな。
実際の無双ってのは結構疲れるものだ。
でも、この噂が少しでも広まれば、俺達を挑発してくる冒険者も減ることだろう。
見せしめとして必要以上に傷つけたカッケに対し、謝罪するつもりはないが、それでもどこか申し訳ない気持ちになった。
次回で第一章が終わりです。