女神の悩み
何もない空間。ここに来るのは二度目だ。
そして、オー……じゃない、コショマーレ様に会うのも二度目だ。
「本当に失礼な子だね」
心を読まれるのも久しぶりだ。ちゃんと訂正したのに。
「お久しぶりです、コショマーレ様。コショマーレ様に頂いた第二の人生、満喫させていただいております」
「ふん、それでいいんだよ。全く、人の体格を見てオークオークって」
太った……もといふくよかな体系のコショマーレ様は俺の心の声に反感を持っているそうだ。
「そもそも、この世界もあんた達の世界も最初はふくよかな女性のほうが美人という設定にしたはずなのに、油断していたら100年のうちにスマートな女性のほうが喜ばれ、私の力の感受性の高い人間以外は痩せた人間のほうが好きときたものだ」
……世の中にデブ専がいるのは、コショマーレ様の影響なのか。最近はぽっちゃり女子がモテルと聞いたことがあるので、彼女の力が強くなっているのかもしれない。
「あと、言っておくけど私は好きで太ってるんだよ。女神なんだから自分の姿くらい自由に変えられるさ」
「そうなんですか」
「そうだよ……ってそんな話をするためにあんたの意識のみをわざわざここに呼び戻したんじゃない。なんで呼ばれたかわかってるのかい?」
あぁ、呼ばれた心当たりなら一つある。
むしろ、それしか考えられない。
「天恵が二つあることですか?」
騙した覚えはないけれど、結果的に通常一つしか貰えないはずの天恵が二つになってしまった。
大人しく、必要経験値1/20は返さなくてはいけない。そう思った。
だが――
「……いや、それはもういいよ」
コショマーレ様の答えは予想外のものだった。
「その件については明らかにこっち側のミスだからね」
「……じゃあ、一体、何について?」
「無職だよ。無職スキル」
「あぁ、無職スキル、助かっています」
「……助かってもらっちゃ困るんだよ」
彼女は盛大にため息をつき、首を横に振った。
顎の肉がぷるぷる揺れる……好きで太っていると言っているが、痩せたほうが動きやすいと思う。
「私の体格のことはいいんだよ」
しまった、心を読まれた。
コショマーレ様の一喝に俺は直立不動になり、
「そもそも、無職にはスキルなんて設定をしていなかったはずなんだよ。何の特典も無い、無い職、それが無職なんだからね。にもかかわらず、第二職業? 第三職業? それだけじゃない、女神の介入なしにはできないはずの職業変更? 全く、天恵を超えるスキルじゃないかい」
「え? やっぱりこれってバグ技だったんですか?」
「当り前さ。全く……犯人の目星は付いているんだが、システムへの介入に何百年かかることやら」
コショマーレ様は愚痴モードに移行し、ぶつぶつと呟く。
あぁ、女神様も大変なんだな。何でもできると思ってたけど。
「兎に角、あんたは無職スキルについて、誰にも言っちゃいけないよ。無職スキルがあることを世に知られたら世界のパワーバランスが大きく崩れるのは間違いないからね……といってもこれは命令じゃなくてお願いだよ。あんたも秘密を打ち明けないといけない相手くらいいるだろうからね」
コショマーレ様は俺の目を見て言った。ハルにもいつまでも黙っているわけにはいかない、そう思っていた俺の心を見透かしたのだろう。
「……わかりました」
元々、この情報を広めるつもりはないし、女神様を敵に回すなど愚行だ。
「じゃあ、あんたに、ダンジョンのクリア報酬をあげるからね。準備するからちょっと待ってな」
「準備?」
「あぁ、スキルはランダムで選ばれる。ルーレット、くじびき、ダーツのどれがいい?」
「えぇぇ? スキルってそんなので選ぶんですか?」
「あぁ、トレールールが決めたんだ。いちいち考えるのも面倒だし、適当にしようってね」
あの子供女神様、人の人生を何だと思っているんだ。
「ちなみに、ルーレットとくじびきは平均的なスキルが貰える、ダーツが一番ギャンブル性が高いね。ハズレはタワシだし」
「タワシ!?」
用意されたダーツの的を見ると、真ん中に大きくタワシがあり、周囲に様々なスキル名やアイテムの名前がある。
静止していると思いきや、回転する仕掛けのようだ。
あと、何故か全部日本語で書かれている。俺のために書き換えてくれたのだろうか。
「どうだい? 特別にどれがいいか選ばしてやるよ」
「ダーツは女神様が?」
「そうだよ。最近は上手くなってきてね、3回に2回はたわし以外に当たるようになったよ」
3回に1回はたわしなのか。
「女神様のおすすめでいいです」
「優柔不断だね。じゃあ、ルーレットにしておいてやるよ。職業は、剣士を狩人に変えておきな」
「え?」
「幸運値は狩人のほうが高いだろ? 幸運値はこういうところにも影響が出るからね」
あぁ、そうなのか。
言われた通り、剣士を狩人に変更する。
そして、女神様は本場ラスベガスにありそうな立派なルーレットを持ってきた。
ルーレットには黒と赤、そして2ヶ所が緑になっており、数字の代わりに黒にはスキル名が、赤にはアイテム名が、そして緑には“タワシ”と書かれている。
こっちもタワシなのか。外れがタワシというのは日本でもこっちでも変わらないようだ。
「じゃあ回すよ」
回るルーレット、放り込まれる玉……徐々に玉が落ちていく。
緊張するな。ハズレはタワシ以外にもポーションや鉄の剣など、ハズレっぽいものはある。
どうせならスキルが欲しい。
……暫くして、玉は転がりおちていき、このままでは緑に!
と思ったところで急速に落下、手前の黒いところに入った。
「よしっ!」
思わずガッツポーズ。そして、スキル名は……ん?
【称号:迷宮踏破者を取得した】
【クリア報酬スキル:共通言語把握を取得した】
共通言語把握……?
「共通言語把握だね。この世界の共通言語を読み書きできるようになるスキルだよ」
スキル説明を使って調べようとしたら、女神様自ら教えてくれた。
「うわ、ご都合的すぎるほど便利なスキルですね」
「本来ならハズレの部類なんだよ。努力したらスキルがなくても身に付けられるよ。まぁ、識字率が悪いこの世界だと重宝がられることもあるけど。文字が書けるというだけで、できる仕事の種類も増えるしね」
「大事に使わせてもらいます」
「じゃあ、そろそろ行きな。元の世界だと時間は1秒も経過していないからそのつもりで。あと、南のベラスラの町にある迷宮にはトレールールの管理する迷宮があるよ。よかったら行ってみな。私にもう一度会いたければ、そのさらに南のゴマキ山の迷宮をクリアしたら会えるよ。他の女神とは繋がりは持っていないから会えないけどね」
「わかりました、ありがとうございました……あの、一つだけ伺いたいことがあるんですが、俺の妹は元気にしているかわかりますか?」
「妹?」
コショマーレ様は、暫し逡巡し、
「わかった、次に会うまでには調べておいてやるよ」
「ありがとうございます」
礼を言うと、俺の意識は再び闇に吸い込まれていった。
しまった、名前を正しくしてもらうことを忘れていた、そう思いながら。
※※※
消える一之丞を見送ったコショマーレの顔色が悪くなる。
彼女が思い出すのは、最初に彼に会った時、このままだと妹が転校してしまうと彼は言っていた。
心の中も同じことを考えていたが、生き返ろうと必死な人は、嘘の設定を事実だと思い込むようにして語ることが多々ある。女神の力はウソ発見器じゃない、万能ではないのだ。
だから、一之丞が言っていることもそうなのだろうとコショマーレは思い込んでしまっていた。なぜなら――
「……あの子に妹なんていないはずなんだけどね……」
気のせいかもしれないが、これはすぐに調べないといけない。そう思った彼女は、他の女神に招集をかけた。