第八十二話 女神の力
「あ、ありえない。あんな駄女神の姉がアテナだなんて」
「ふふ、貴方、さっきから聞いてれば、何私の大事な妹に、そんなわけのわからない呼称をつけてくれてるのかしら?」
「ヒッ!」
女神アテナはニコニコとした笑顔は全く崩していないが、背後からゴゴゴゴゴゴッ、という効果音がつきそうな程の怒りを言外に滲ませていた。
ゴンベイの顔も引きつる。アテナの話通りならゴンベイは中級神の下位のようであるし恐らく格が恐ろしく違うのだろう。
「あ、ありえない! いくら最上級の女神といえど、僕はしっかりと工作をしたし、そもそも大天界の神がわざわざ乗り出す案件でもないはずだ!」
ゴンベイが焦点の定まらない瞳でなんとか言葉を続けた。
「確かにそうね。でも忘れたのかな? 私は神議官。神の一つ一つの行動を見極めて裁きを下す権限があるの。とは言え、それでも本来は色々と面倒な手続きがあるのだけどね」
「そ、そうだ! それらを精査するだけで膨大な時間が必要な筈だ!」
ゴンベイの様子を見るにやはり神の時間の感覚は地球人とは比べ物にならないのだろう。つまりまともに精査していればゴンベイが行動を起こしてから、アテナほどの女神がここまで早くやってなどこれないという考えなのかも知れない。
「ふふ、馬鹿ね。私の大事な妹の身の危険が迫っているのよ? 確かにこれ以上に重要な案件の一無量大数や二無量大数ぐらいあったけど――全部天使のガブリエルに押し付けて飛んできたわよ」
「何か凄いカミングアウトを聞いた気がする」
海渡はほんの少しガブリエルが気の毒になった。
「それと貴方が工作につかった裏神会の獄悪魔組と闇堕天使会は潰しておいたわよ。中々口をわらなかったからちょっとした禁じ手を使ったのだけど、おかげ様であなたの犯した不正の証拠がゴロゴロ出てきたわ」
「神の世界にもそんなのあるんだねぇ~」
何となく親近感を覚える海渡である。
「そ、そんな違法捜査が許されてたまるか!」
「そうね。ちょっと裏技を使いすぎたから始末書の一那由多や二那由多枚は必要かもだけど、それもガブリエルに頑張って貰うわ」
「ガブリエルが大変すぎる」
全く一体ガブリエルが何をしたというのか。
「くっ、無茶苦茶すぎる! だ、だが人質いや、女神質は僕の手に――」
「いや、というか話している間にもう鎖は解いたけど?」
「あ! そういえば! 勇者様ありがとうございますぅうぅう!」
女神がうるうるした瞳で海渡にお礼を言った。一方ゴンベイは絶句し青い顔をしていた。
「ふふ、海渡様にはしっかりお礼をしないといけませんね。ですが、その前に別な意味で貴方にしっかりお礼をしてあげなければいけませんね?」
「ヒッ! く、こ、こんなのやってられるか! 僕は、全力で逃げるぞーーーーーーーー!」
そしてゴンベイが光と化し飛び立った。神故に相当な速さだ。瞬きしている間に宇宙の一つ二つ飛び越える程だろう。
「あらあら仕方ありませんね――天裁の神鎖!」
アテナが手を翳すと白銀色の鎖が出現し逃げたゴンベイを追いかけた、かと思えば鎖に引きずられてあっという間に戻ってきたわけであり。
「さぁ覚悟しなさい! 先ずこれは迷惑をかけられた地球の分!」
「ぐべぇええぇえええ!」
戻ってきたゴンベイにアテナが真空飛び膝蹴りをかました。意外にも肉体派なようである。
「これが捕まってピーな本みたいにされそうになった私の神界一可愛い妹の分!」
「ぐぎひぃぃいぃいいいい!」
アテナがジャンピングアッパーを決めた。スカートが捲れるもぎりぎり下着が見えないところで止まってるあたり流石隙がない。
「これが大切な妹が心配で仕方なかった私の精神的苦痛の分!」
「あべっしゃぁああぁあああ!」
女神のオーバーヘッドキックに似た蹴りが炸裂しゴンベイが床に落下、宮殿の床が大きく窪んだ。
「そしてこれが貴方のせいで泣きながら本来の私の仕事と始末書を肩代わりしてくれているガブリエルの分よ!」
「ちょっと待て! それが僕に何の関係があ、アヒイィイイイィイィイィイイイイイイイ!」
最後にアテナが落下しゴンベイの大事なところを踏み潰した。ぐしゃっと言う嫌な音が海渡の耳に残る。
「痛そうだなぁ」
しかし海渡はまるで他人事みたいな感想を漏らしたのだった。
「ふぅ、スッキリしました。最近仕事でストレスたまってましたし」
「女神様も大変だね」
どうやら神にもストレスというものはあるようだ。それはそれとして、女神の一連の攻撃を受けピクピクしていたゴンベイだったが。
「あ、いいぎぃいいいい! 痛い痛い痛い痛いぃイイイ!」
「何か痛がってるね」
「当然です。私の鎖は縛めとして神でも耐えられない苦痛を与え続けますから」
なるほど。確かにゴンベイの痛がり方は尋常ではない。ただちょっとうるさいなと海渡は思った。
「確かにうるさいですね。ホイッと」
アテナが指をチョイっと向けるとゴンベイの声が聞こえなくなった。音を遮断したのだろう。勿論痛みは続いているようで終始のたうち回っている。
「さて、とりあえずお礼を伝えたいとおもいますがその前に――」
ゴンベイの件も一旦片付き、アテナがサマヨに顔を向け、かと思えば。
「ふぇえぇえええん! サマヨぉ! お姉ちゃん心配したんだよぉ!」
「ちょ、嫌だお姉ちゃんってば」
アテナがサマヨにガバっと抱きついた。涙しながらその頭を撫でまくっている。
「もうお姉ちゃん、本当に私は大丈夫だから」
「本当に? 怪我してない? エッチなことされてない?」
「そんなことされてないから」
どうやらよっぽど妹が心配だったようだ。だが過剰な心配のされ方にサマヨは戸惑っている。
「そう、なら良かった。もしサマヨの綺麗な体が傷物にされていたらお姉ちゃん何したかわからないもの。下手したら三千億世界ほど消滅しかねないもの」
「こわ! ちょ、それは絶対やめてね!」
ちなみに三千億世界とは三千世界の一億個分ということである。
「とんでもないな~」
「ふふ、それぐらい妹が大事ということなのです。ですが、そんな愛妹を助けて頂きありがとうございます」
「いやいや、俺もお世話になって……いると思うかな?」
「勇者様今の間は一体! そしてどうして疑問形!」
冷静に考えてみれば海渡の方が世話をしている気がしないでもないので一瞬迷うのも仕方ないのである。
「それにしても海渡様はお強いですね。あのゴンベイは中級の下位程度の神とはいえ、それでも神の強さの基準となる神闘力は1500程度あるのですよ?」
「それはどのぐらいなんだろう?」
海渡が疑問を投げかける。
「そうですね。わかりやすく言えば1神闘力は大体地球換算の戦闘的な力で53万ぐらいです」
「なるほど、そう聞くとなんとなくわかりやすい気がする」
海渡が納得した。なんとなくしっくりくる数字だったのである。
「サマヨ様でどのぐらいなの?」
「え? わ、私はその――」
「最後の測定だと杖を持った状態でサマヨの神闘力は5ですね」
「あぁ! もう何でお姉ちゃん言っちゃうのーーーー!」
女神サマヨは顔を真っ赤にして叫ぶのだった。