第四十九話 お前の名は?
「ハハッ! どうだ。この状態になったらもう俺は誰にも負けん!」
「な、なんてこった。貴様! そいつは仮にも俺の弟にあたる虎だったはずだ!」
ブラックエンペラーを取り込んだことで虎の姿をした人間、そうまるで妖怪の人虎を思わせる様相になった男を見て、アカオが激怒する。
「ふん、それがどうした? いったい何を怒っている?」
「当然だ。貴様よりにもよって仲間を食べるなんて!」
「食べるか! 融合だ融合! 俺は動物と融合できるんだよ! そして能力を解けば後でしっかり戻る!」
「何だ紛らわしい」
どうやらアカオは男がブラックエンペラーを食べたと思いこんでいたようだ。故に激昂したのだろう。
「あれ? そういえば俺って戻れるのか?」
「いや、それを俺に聞かれても……」
ふとアカオがそんな心配事を口にした。黒い毛並みの男が困った顔を見せる。確かにそもそも何故アカオが進化できたのかも彼には謎なのである。
「おいおい、これで戻れなかったらちょっとヤバくないか? いったいどうやってごまかすんだ! というか飼ってもらえるのか? どうすんだおい! うわぁ~!」
「な、何だ何だ?」
頭を抱え慌てだすアカオに相手は戸惑っていた。
(大丈夫だよ。その状態は人化みたいなものだから戻ろうと思えば戻れる)
するとアカオの不安を解消するように海渡が答えた。
「はぁ良かったなら安心だな」
「いったい誰と会話してるんだ?」
勝手に会話を進めるアカオを怪訝に思う男であった。そして改めてアカオが対峙し。
「よし、ならやっか。え~とそういえばお前、名前は何ていうんだ?」
「ふん、そんなもの好きに呼べばいい」
アカオが問いかける。確かに名前がないと何かと不便だが、男は素直に答えるつもりはないようだ。
「そうか、なら、うむ、ブラックエンペラーとラバースーツだから……」
アカオは男に言われどう呼ぼうか考え出す。そして、おお、と閃いた顔を見せ。
「よし、ならいくぞブラクラ!」
「ちょっと待てぃ!」
名前を決めていよいよ戦闘かと身構えるアカオだが、ブラクラが止めるように叫んだ。
「その名前は止めろ!」
「何でだ? 呼びやすくていいだろうブラクラ?」
「そんな色々クラッシュしそうな名前イヤに決まってるだろう! 大体なんでラバースーツと組み合わせる!」
「いや、だってわら、お前の名前を知らんぞ?」
「ジャンだよ! 俺の名前はジャンだ!」
結局男は自らの名前を明かすことにしたようだ。
よっぽどアカオの呼び方が嫌だったんだろう。
「ジャンか、ふむブラックエンペラーとジャン……よし決めたぞ」
「今度こそ頼むぞ全く」
そう言いつつ男も身構えるが。
「よし、なら今度こそ行くぞブラジャー!」
「おい馬鹿止めろ!」
ブラジャーが叫んだ。この呼び方は凄く嫌そうである。
「何でブラジャーになるんだよ!」
「ブラックエンペラーとジャンだからな」
「伸びないだろうそれだと! 何故伸ばす!」
「その方が何か呼びやすいしな」
「とにかくそれも止めろ!」
「何だおめぇ、わがままな奴だな」
辟易した顔でアカオが言った。アカオとしては名前ぐらいとっとと決めたいところである。
「もういい俺が決める! ブラックだ! それでいいだろう!」
「何かつまらんな」
「こういうのはシンプルでいいんだよ!」
ブラックの語気が強まる。下手な名前で呼ばれるよりはシンプルイズベストなのだろう。
「とにかく、今の俺はさっきとは比べ物にならない程強い。言うことを聞くなら今のうちだぞ?」
「ごめんだ。それにそこまで強いと言うなら逆に楽しみだ。わらワックワックするぞ!」
どうやら進化したことでアカオの野生は完全に取り戻せたようだ。強いものを見ると戦って見たくて仕方ないのである。
「ふん、大した自信だがこれを見てもそんなことが言えるかな?」
そしてブラックが地面を蹴りアカオに迫る。
「どうだ!」
「大したこと無いな!」
肉薄したブラックだが瞬時にブラックの視界から消え去った。
「何!」
「後ろだ」
背中をとったアカオが背後からブラックに殴りかかる。だが、ブラックの体がかき消えた。
「何だと?」
「残像だ馬鹿め!」
背後からブラックの蹴りが炸裂し、アカオが吹っ飛んだ。ニヤリとブラックが口角を歪めるが、アカオはそのまま宙返りを決めて着地した。
「ふぅ、驚いた。随分と速くなったな」
「チッ、効いてないのかよ――」
ブラックが悔しそうに呟く。
「この程度大したこと無い。お前スピードはあるがパワーがないんだよ」
「馬鹿が、今のが本気だとでも思っていたのか? 俺にはまだ余力がある。言っておくが全力の10%も力をだしてないからな?」
「奇遇だな。わらも今ので1%ぐらいだ」
「な、に、1%だと! 本当か!?」
ブラックが仰天した。その表情には焦りも窺えるが。
「いや、知らん」
「知らんのかよ! てかお前が言ったことだろうが!」
「何となくあわせてみただけだ。大体1%とか10%とかそんな細かい加減がわかるわけ無いだろう」
「あ、うん。そうだね……」
アカオが言うとブラックが納得してみせた。そして少し気恥ずかしそうだ。実はブラックもノリで10%と言ってみたが、実際のところどれぐらいかなどわかってない。
「もういい! こんな腹のさぐりあいしても仕方ない! 俺は全力でやるぞ!」
そして結局ブラックは本気を出すことに決めたようだ。
「喰らえ俺の本気の技を!」
ブラックがその場で両方の爪を振るった。互いの距離はかなり離れているが、なんと爪を振った衝撃で斬撃が飛びアカオに迫る。
「どうだ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
アカオに無数の飛ぶ斬撃が迫る。しかしそれをアカオは躱し、そしてため息をついた。
「全く本気になってこれか。こんなつまらない技しか出せないとはガッカリだぞブラック!」
「何ィ?」
アカオが落胆した様子を見せるとブラックの手が止まった。その肩はプルプルと震えている。
そしてアカオをキッと睨みつけ叫んだ。
「斬撃を飛ばすことの何がつまらないんだ! 凄いことだろう!」
ブラックの心からの叫びだった。確かに斬撃など普通飛ばそうと思って飛ばせるわけもなくとんでもないことなのである。
「大したこと無いさ。わらにもできる」
だが、アカオはつまらない技だという意見は変えず、その場で伸ばした爪を振ってみせる。
――スカッ。
「あれ?」
――スカッ、スカッ。
斬撃は飛ばなかった。
(それ、結構修練が必要だから簡単にはできないよ)
するとアカオの頭の中に海渡の声が響いた。そう、簡単ではない。当たり前だが一朝一夕に出来ることではない。もっとも海渡なら瞬きしてる間に惑星を埋め尽くすほどの斬撃を放つことも可能だが。
「ハッハッハ! どうやら斬撃を飛ばせないようだな! だったら後は簡単だ! 付かず離れず斬撃を飛ばしまくってやる!」
アカオが斬撃を飛ばせないとわかった途端、ブラックが一定の距離を保ちながら斬撃を飛ばしまくってきた。アカオが悔しそうに歯ぎしりする。
「こんなもので舐めるな!」
遂にアカオが斬撃を無視して攻撃を喰らいながらも強引に飛び込んでいくが、ブラックがニヤリと不敵な笑みを浮かべ。
「飛虎斬!」
「ぐぉおおおお!」
なんと飛び込んだアカオに宙返りしながらの蹴りで撃墜してしまった。
アカオはダウンこそしなかったが再び距離が離れた状態からブラックが斬撃を飛ばしてきた。そしてアカオが飛び込むと飛虎斬で落としてくるのだ!
「はっはっは、どうやら手も足も出ないようだな!」
飛んでくる斬撃にアカオのイライラが募っていた。そして――
「あぁもう鬱陶しいんだよぉおおお!」
咆哮するが如く声で叫び、何とアカオが地面を掴みめくりあげてしまった。走り回っていたブラックはそれに巻き込まれ高々と空中に浮かび上がる。
「し、しまった!」
「わらの勝ちだ!」
「グブォオオ!」
瞬時にブラックの頭上を取りアカオが握りしめた両拳を振り下ろす。
ブラックはそのまま勢いよく地面に落下し、かと思えば融合が解け、元のジャンとブラックエンペラーに分かれた。どうやら今ので完全に力尽きたようである。
「ふぅ、全く。面倒な相手だったな。わらは全然本気じゃないけど!」
そして勝利を手にしたアカオが自分に言い聞かせるように言った。
その後、改めて侵入者を見下ろしながら、ふむ、と腕を組み。
「こいつらどうしよう……」
そう頭を悩ませるわけだが。
「さっきからいったい何事ですの! アカオもいなくなるし!」
「お待ち下さいお嬢様! 危険が危ないです! 先ずはこの爺やが様子を見ますので!」
「頼りになるメイドも一緒ですから大丈夫ですわ!」
「お嬢様に手を出すのがいたらしっかりけじめを付けてやります」
アカオの耳にそんな声が届く。どうやら主人とあの怖いメイドや鬱陶しい爺やがやってきたようだ。
アカオは焦った。何故なら今の姿は人型であり、このままでは自分が不審者に間違えられかねない。
「あわわ、ど、どうしよう!」
(落ち着きなって。さっきも言ったけど獣に戻れるから)
「ど、どうやるのだ?」
頭の中に海渡の声が届く。天の助けとばかりにアカオは海渡に縋った。
(とりあえず元の姿に戻るイメージを持ってみなよ)
「う、うむ、わかった!」
そしてアカオが目をつむり、必死に戻るようイメージする。すると体の変化を感じ取った。人から一旦縮み、獣へと変わっていく。
「あ! 何あれ? 見るからに怪しい男と、黒い虎が倒れてますわ! そして、え~と」
「ガウ! ガウガウ!」
「は? 何ですかなこの、ちっこくて赤いライオンは?」
駆けつけた金剛寺達のもとへ、肌の赤い小さなライオンが近づいてきた。それに爺やが不信感を抱く。そして金剛寺はというと――
「き、キャーーーーーー可愛いですわーーーー!」
「が、ガウ(こ、これはいったいどうなってるのだ! なぜ我が子ライオンにぃいぃいい)」
金剛寺が黄色い悲鳴を上げ、子ライオンを抱き寄せ、頬ずりしてきた。それに小さなライオン、もといアカオは戸惑うばかりであった。
「お嬢様、もしやそのライオン、アカオなのでは?」
メイドが何かを察したように金剛寺に伝える。それに驚く金剛寺であり。
「え? アカオですの!」
「いやいや、そんな馬鹿な。あの大きなライオンが小さくなるなんてそんな――」
しかし爺やはメイドの意見には懐疑的である。その時だった。金剛寺のスマフォが鳴り響き、彼女がそれを取り出すと、通知画面には海渡の表示。
「もしもし、海渡ですの?」
『うん。ごめんねこんな時間に。そういえばアカオについてなんだけど、実はそいつちょっと特殊なライオンで。たまに小さくなるんだ』
「え! たまに小さくなるんですの! 道理で今まさに小さなアカオを見つけたところですの!」
『そっかぁ、でも病気とかじゃないから安心してね。主に侵入者を倒すために力を使いすぎた時とかになったりするようだから』
「つまりこの不審者はアカオが倒したのですね! わかったですの! 教えてくれてありがとうですわ!」
こうして海渡が手を打ったおかげで小さくなったアカオが怪しまれることはなくなった。侵入者を倒した功績も認められアカオも動物園には売られなくてすみそうである――
人化したり小さくなったりアカオも大変です。