第三十四話 男子の期待
昼休みが終わり、授業が始まるかと思われた直前、皇帝を名乗る人物から全員にメッセージが届いた。
その内容は皇帝の命令に従えというものであり、そして命じられたのはなんと佐藤が全裸になれというものだった。
「そ、そんなこれは都市伝説じゃなかったのか?」
「杉ちゃん何か知っているの?」
「あ、あぁ。あるサイトに載っていたんだ。この皇帝の遊戯が始まると絶対に皇帝の命令を無視できないと。もし命令を実行しないと惨たらしい刑を言い渡され――死ぬ」
「「「「「「な、なんだってーーーー!」」」」」
クラス中の生徒が驚きの声を上げた。中にはまたこんな目になどと頭を抱えるのもいる。
「ちょっとまってよ杉崎。それってつまり委員長が全裸にならないと、刑を喰らうってこと?」
鈴木が立ち上がり、睨むような目で問いかけた。杉崎は困ったように後頭部を擦るが。
「あくまで都市伝説の通りならだ。勿論悪戯って可能性もある」
「だけどよぉ、それが悪戯かなんて証明出来ないよなぁ? だったらよぉ、佐藤には脱いでもらう他ないだろう?」
杉崎がこのメッセージそのものは偽りの可能性があることを示唆した。だが、そこに口を挟んできたのは現在パシリ街道まっしぐら中の鮫牙である。
「あんた鮫牙、またそんなこと言って本当懲りないやつね!」
「おっと鈴木勘違いするなよ。今回ばかりは非難される覚えはないぜ。寧ろ俺は佐藤の為にもそれがいいっていってんだ。そうでないと死んじまうかもしれないんだからな」
「た、確かに! 委員長が死ぬなんて俺たちは耐えられない!」
「そうだ、少しでも可能性あるなら、ここは心を鬼にして委員長に脱いでもらうべきじゃないか?」
「ちょっと男子~! いい加減にしなさいよね!」
「そうよ! どうせ委員長の裸がみたいだけでしょう!」
「ば、ばかいえ、別に俺たちは委員長のおっぱいなんて、みてみたいわけじゃないんだぜ?」
「そうそう。いくら委員長が『眼鏡取ったら絶対にエロイよな女子アンケート』でぶっちぎり1位だったとしても、全く関係ないぜ!」
「な、男子そんなことしてたの!」
「え、エロいって……」
鈴木が怒鳴り、佐藤は顔をうつむかせて真っ赤になった。その仕草がより男子の興奮度を高める。
「おま、矢島何余計なこと言ってんだよ!」
とはいえ、このアンケートは男子が密かにやっていたものだ。それがこんな形でバレるのは本来本意ではなく、口にしてしまった男子に視線が突き刺さる。
「し、しまったつい!」
「本当最低ね!」
そんなわけでいつのまにか皇帝の遊戯によって男子VS女子という図式ができあがってしまった。
なお、当然だが殆どの男子の目的は佐藤のアレだ。
「ふぅ、とにかく皆おちつけって。こういう時に頼りになるのはやっぱり海――」
「ちょっと待ったーー! そりゃないぜ杉崎」
杉崎が恐らく、というかほぼ間違いなくこのクラスで一番頼りになる男に声をかけようとしたところクラスの男子から待ったが入った。
これにより今回海渡は寝てはいなかったが話に入り込むタイミングがなくなってしまう。
「俺さ思うんだ。そうやって何でもかんでも1人に押し付けるのって良くないと思うんだぁ」
「そうだぜこれはクラス全員の問題だ!」
「俺たち全員で委員長を救わないといけない」
「ほう、それでお前らの意見は?」
熱のこもった男子の答弁を聞き届けた後、鈴木が半眼で問いかける。
「「「「「「「「委員長は全裸になるべきだと思います!」」」」」」」」
「死ね」
「私、杉ちゃん以外は最低だと思う」
鈴木が男子に塵を見るような目を向けて辛辣な一言を口にした。花咲も幻滅しているようである。
ちなみに黒瀬は不服そうにしていた。特に話に加わってないのにその他大勢の男子として一括にされたからだ。
「皆さんいい加減になさい! 裸だなんだとみっともないですわよ! こういうときこそ冷静に物事を判断し困っている仲間を助けるそれこそがトップレス・オープリーズですわ!」
「はい?」
「とっぷ、え?」
「……もしかして金剛寺ノブレス・オブリージュっていいたかったのか?」
「そ、そうそれですわ!」
杉崎が細目で告げると、金剛寺がビシッと指差して肯定した。すると男子の一人が立ち上がり。
「だったらそのノブレス・オブリージュで金剛寺が代わりに脱いでみろよー」
「へ? わ、私が?」
「こ、金剛寺もスタイルいいもんな」
「よし、許可する!」
「な、なんですの許可するって!」
「だってそれがノブレス・オブリージュなんだろ?」
「へ、え、え~と、そのだって……」
勢いよく立ち上がり、話に横入りした金剛寺だったが思わぬ反撃を受けてしまった。実は金剛寺は脱いだらエロイよなランキングにおいては佐藤に続いて2位だったのである。当然男子の期待もまた高まった。
「おい金剛寺、そもそもお前ノブレス・オブリージュって意味わかってんのか?」
だがしかし、ここで杉崎が金剛寺にといかける。何故なら金剛寺は英語能力が壊滅的に低い。ノブレス・オブリージュは仏語だが、英語も理解できない金剛寺がこれを理解しているとは到底思えないし何より最初からありえないような奇抜な言い間違いをしていた。故に何かで知った言葉をなんとなく使っているだけに思えたのだ。
「……な、何かかっこいい意味ですわ!」
「よし座れ!」
金剛寺がしゅんとなって座った。だがおかげで金剛寺が代わりに脱げなどという全く意味のわからない話は有耶無耶になった。
「あぁもううるせぇ! つべこべ言わずにとっと脱げばいいんだよ! おらこんな邪魔なものは!」
「き、キャァアアア!」
「ぐべぇえええぇえええ!」
すると鮫牙が鼻息を荒くさせながら佐藤に近づき腕を伸ばした。佐藤が悲鳴を上げるが瞬間鮫牙が大きく吹っ飛んだ。海渡が指を弾いたからだ。その衝撃だけで鮫牙程度は軽々と吹き飛ぶ。
「おいおい、いったい何の騒ぎだい?」
「底高先生! それが、変なメッセージが届いていて!」
すると教室に先生が入ってきて騒ぎについて言及した。海渡は廊下であった底高先生だと思い出す。
「メッセージだって? どれどれ?」
すると底高先生は、生徒の1人が持ってきたスマフォに目を向けた。クラスからため息の声が漏れる。流石に先生が見てしまったら脱げなどという話になるわけがないと思ったからだろう。
「先生なら解決に乗り出してくれるかな?」
「どうだろうな。普通に考えたら内容が突拍子もなさすぎる。悪戯だと一蹴されるのがオチかもしれないぜ」
花咲が期待を込めて問いかけるが杉崎はどこか冷めていた。底高はただでさえ影が薄いし頼りがいがあるとは言えない。
「こ、これは、皇帝の遊戯だって!」
だがしかし、生徒のスマフォで内容を確認した底高は杉崎が考えていたのとは別の反応を示した。
悪戯だと決めつけることもなく、それどころか真剣な目で皇帝から送られてきたメッセージに目を通している。
「ありがとう、よくわかったよ。君はもう席に戻っていい」
「は、はい」
生徒が戻ると底高は教壇に立ち、そして眼鏡をくいっと直した後言った。
「生徒諸君はこのメッセージを見て不安になっていると思う。そんな中、こんなことを言うのは心苦しいが……恐らくこの内容は本物だ」
「え?」
「ほ、本物?」
「マジだってのかよ……」
生徒の中で動揺が広がっていく。当然だろう。何せ教師が堂々とこんな発言をしているのだから。
「おいおい、底高先生、なんでそんなことが断言出来るんだい?」
ただ杉崎だけはどこか訝しい目で底高を見ていた。勿論ただ悪戯だと決めつけられるよりはマシだが、かといって断言できるような内容でもない。
「……先生の知り合いが昔これと同じものを受け取った。最初は馬鹿にしているものが多かったそうだが結局、死んだのさ全員」
杉崎の疑問に答えるように底高がその理由を語った瞬間、教室内がシーンっと静まり返る。
杉崎も一瞬驚いたがなおも食い下がった。
「……だから本物だって? しかしおかしくないか? そんな事件があったら大事だ。ニュースにだってなっているだろう? 実は俺もこの都市伝説は知っていたわけだが、この手の事件があったという事実はどこ探してもなかったぜ?」
「それは当然だ。考えてもみろ? 犯人も不在で、誰がやったかもわからないような話だ。なのにこれだけの犠牲者が出た。こんな説明のつかない話を学校が表に出したがるわけがない。警察にしてもそうだ。意味不明すぎて下手に公表しても混乱を招くだけ、だから、事件そのものが闇に葬り去られた。だから表には一切出ていないのさ」
眼鏡を直す仕草を見せながら底高が淡々と答える。杉崎としてはそれでも解せない気持ちだが。
「先生、つまり先生はこの皇帝の遊戯は悪戯ではないと?」
生徒の一人が質問すると、底高はコクリと頷き。
「そういうことだ。だからここは先生から一つ提案なのだが――佐藤、今すぐ私の前で服を全て脱いでくれ」
「はい?」
底高の突然の命令に、佐藤は目を丸くさせた。当然だろう。本来は生徒を守るべく立場の教師がこのようなことを言い出せばそんな顔にもなる。
「先生何を言っているんですか!」
「落ち着くんだ鈴木。当然先生もこんなことを言いたくはない。だが、佐藤の命と全裸、どっちをとるかと言えば、そりゃ全裸だろう!」
底高が目をカッと見開いて言った。本人は真面目に話しているようだが発言は最低である。
「はっは、そういうことだ佐藤。これで決まりだな。さぁ脱げ!」
「ちょ、鮫牙近づくんじゃないわよ!」
「うるせぇ鈴木、先生がこう言ってんだよ! 脱ぐしかねぇぐべぇ!」
無理矢理佐藤を脱がそうと近づいてきた鮫牙だったが軽くふっとばされた。何故ならそこに海渡が立っていたからだ。
「海渡くん!」
「脱ぐ必要なんてないよ佐藤さん」
「な、海渡、何を言ってるんだ! 生徒一人の命が懸かってるんだぞ!」
底高が海渡を睨んで言い放つ。だが海渡は首を左右に振り。
「おかしいと思わないか? この皇帝は佐藤さんを名指しにした。つまり今ここにいることがわかっていたということだ」
「え? どういうことだ海渡?」
「つまりこういうことだ杉崎。この犯行を起こした真犯人の皇帝は――この中にいる!」
果たして皇帝の正体は!