日本お見合い機構
二〇二五年十一月三日、俺の二十七歳の誕生日に自宅のノートパソコンのメールアドレス宛に一通のメールが届いた。差出人は「日本お見合い機構」からだ。
メールには誕生日祝いのメッセージとともにお見合いの日時と場所が記されていた。
二〇二二年、政府は晩婚化、少子化を改善すべく政府主導による結婚奨励政策の一つとして「日本お見合い機構」を設立した。かつて地域おこしの一環として地方自治体が行っていた「街コン」を全国展開したような形だ。
日本お見合い機構設立後、成人した独身男性、独身女性を対象にインターネット上の専用サイトでの任意による「お好みの結婚相手情報」の登録が行われた。俺は結婚相手はお見合いではなく自分で探そうと思っていたのだが、早く孫の顔が見たいという母に半ば強引に勧められてしぶしぶ登録する事にした。
しかしながら、専用サイトでの男性に対する「お好みの結婚相手情報」の調査項目の中に「おっぱいは好きですか?」や「何フェチですか?」という項目を目にした時、俺はこの国の将来について不安感を覚えた。
お見合い相手の選考には「キューピッドくん」という愛称のついた一世代前のスーパーコンピュータが使用されている。プログラムによってあらゆる要素を考慮した上で最も相性が良いと思われるお見合い相手が選ばれるそうだ。
お見合い当日、俺は開始時刻の十分前に会場であるレストランに到着した。
参加費用三千円で一流レストランの高級料理が食べ放題、高級ワインが飲み放題なので、これまでのお見合いの欠席率は低いとの事だ。
店員に案内された個室には日本お見合い機構の担当者と思しき男性が既に入室していた。
「いらっしゃいませ。ご自分のお名前が書かれたプレートの置いてある席にお座り下さい」
「あ、はい」
俺が席に座った後、他のお見合い参加者が入室してきて席に座った。今日のお見合い参加者は男性五人、女性五人のようだ。俺の向かいの席に座る予定の女性はまだ現れていない。俺はうつむきながら開始時刻を待った。
開始時刻直前、俺の向かいの席に女性が座った。
「……、ま、麻紀……」
「功一……」
俺の目の前には、二年前に別れた元カノの池田麻紀が座っていた。
「みなさんお集まり頂いたのでお見合いを始めたいと思います。私、本日のお見合いの司会進行を務めさせて頂きます日本お見合い機構の斎藤と申します。それでは、まずは自己紹介からお願いいたします」
斎藤さんに促されて俺達参加者は順々に自己紹介をした。
「お久しぶりです。山崎さん」
自己紹介の後、麻紀が俺に声をかけてきた。
「お、お久しぶりです。ま、池田さん」
思わず名前で呼びそうになった。
麻紀に挨拶をした後、俺は他のお見合い相手とも話さず、ただ黙々と料理を食べていた。
「みなさんお話が弾んでいないですね。お見合いだと思うと緊張しちゃいますから合コンだと思って下さい」
斎藤さんが場を和ませるように言った。
「山崎さんは今も夢を追いかけているんですか?」
不意に麻紀に聞かれた。
「はい。映画監督になる夢を追い続けています」
「山崎さんが監督した映画、いつか見てみたいです」
「……、ま、麻紀、改めて俺と結婚を前提に付き合ってくれないか?」
「……、はい……。私、別れてからずっと、ずっと、あなたに会いたかった」
「麻紀、俺もだよ」
その後、麻紀と俺は名前で呼び合いながらお互いの近況を話し合った。
今回のお見合いでカップルが成立したのは麻紀と俺の一組だけだった。お見合い終了後、麻紀と俺は斎藤さんに呼び止められた。
「このたびはおめでとうございます。いやぁ、キューピッドくんがお二人の相性率にあり得ない結果を算出して職員全員驚いたんですよ!」
「俺達の相性は何パーセントだったんですか?」
「測定不能です」
「本当ですか? 俺達一度別れたんですよ?」
「お二人が別れた時は、多分本当の天使がお二人に嫉妬していたずらをしたんでしょうね」
斎藤さんはうれしい言葉をなげかけてくれた。
二年後、麻紀と俺は結婚した。結婚式の誓いのキスの時、麻紀の俺への深い愛情を感じた。俺も麻紀への深い愛情をキスに込めた。
「斎藤さん、山崎さんと池田さんの相性率が測定不能だったって事、本当なんですか?」
斎藤の後輩は斎藤に聞いた。
「いや、再計算してみたら相性は最悪だった。お二人がお見合いに選ばれたのはスーパーコンピュータのミスだ。お二人を再会させたのは『天使の気まぐれ』ってやつかもな。でも、お二人が幸せならそれでいいじゃないか」
山崎功一と池田麻紀のようなケースがその後相次いで発生し、真実の愛は優れたコンピュータでも計測できない事を知った政府は、スーパーコンピュータを用いた相性率の算出を取りやめ、昔ながらの仲人を介したお見合いの形式に変更した。変更後のカップル成立数は変更前よりも上がっているそうだが、スーパーコンピュータ導入に多額の費用をかけた政府がこれを公に発表する事は無かった。