スキップ
「僕」はどこにでもいるごく普通の高校生だ。
彼女はほしいけど、いない。勉強もスポーツも特にしていない青春という言葉が僕の辞書には載っていないのだろうか?
そんなことを考えつつも毎日学校に通っていた。
教室ではまるで空気のように存在感を消して過ごしていた。
成績もふるわなかった僕はある日、見かねた国語の先生に授業後にこう言われた。
「君は国語ができないから本屋に行って小説を読むといいよ」
特に、気も進むわけでもなかったけど、家に帰ってやることもスマホで動画をみるくらいだったから、たまにはいいかななんて思って、本屋に足を運んだ。
お金がもったいなかったので、古本でいいやと思いさびれた商店街にある本屋を訪れた。
本棚を何気なく見ていると、ふと目に留まった本があった。
紺色のハードカバーの本だった。小説らしい。
タイトルは「スキップ」と書かれていた。
今ではなぜその本に手が伸びたのかはわからない。
ただなんとなく、値段が見た目のわりに安かったからかもしれない。
僕はその本を買って店を出た。
家に帰って、その本を読もうとページを開いた。
文字列が視界から入ってくる。これが読書というものか、なんて考えながらぼーっと読んでいた。
そんな毎日が続いていたような気がする。
気づくと、いつのまにか修学旅行のバスの中にいた。
「あれ?いつの間に修学旅行はじまったっけ?」
そんな違和感を覚えつつも、横の席を見ると笑顔の女の子がいた。
そして、こういった。
「これから修学旅行かー。楽しみだね。一緒に二人だけの思い出作ろうね。」
特に面識もなく教室では空気のような存在だった僕に、話しかけてきたことに驚きつつも、ひとまず。
「えっと、誰だったっけ?」
と聞き返す。
その返答に衝撃を受けることになる。
「どうしたの?今日の君なんか変だよ。私は如月雫、君の彼女だよ。」
(なんだって、僕に彼女が!?記憶にないぞ。いやそういえば、ここ最近の記憶があいまいだ。)
僕はどこか頭がおかしくなったのか、狐の妖怪にでも化かされているのではないかと思いつつも、なんとか話を合わし、適当な距離感を保ちつつも修学旅行にのぞむことにした。
次に気づくと、旅行先のホテルらしいところにいた。
(あれ修学旅行はどうした?)
そんな疑問を抱いていると、急にひどい頭痛におそわれた。続いて、吐き気もしてきて慌ててトイレに駆け込む。
あまりの気持ち悪さに意識が遠のく。
気づくと、またバスの中にいた。
僕の「彼女」がまた楽し気に話しかけてきた。
「いろいろあったけど、修学旅行楽しかったね……」
「……」
僕は絶句した。なにしろ修学旅行でどこにも訪れた記憶がないのだ。
そんな僕をよそに、彼女は言葉を続ける。
「あのときはごめんね。私も悪かった。仲直りしよう。」
そうきりだした彼女に、思い当たる節がない僕は完全に硬直してしまう。
「えーっと、なんだったっけ?」
ととりあえず聞き返す。彼女も呆気にとられたような表情で返してきた。
「もう忘れちゃったの!?科学館見学一緒に行こうって言ったのに、君一人で私を置いて先に行っちゃったんじゃない。」
当然、僕には科学館に行った記憶はない。
これは何かの病気に違いないと怖くなった僕は、自分の症状について周りの人に相談することにした。彼女は面識がないので、もちろん親に相談した。
僕の記憶が飛び飛びなこと、いつの間にか知らないことが自分の身に起きていることなど。
自宅で親に相談したが、今が何月何日なのかすらわからないので、人と話すたびに日付を何度もたずねた。
症状を一通り説明しおえた僕は、もう時間や記憶が飛び飛びにならないことを願いつつ、日時を常に確認できるよう知り合いに全て説明し、少しの安心感を得た。
これで、僕が今どの時間にいるかわかるからだ。
根本的な解決にはなっていないかもしれないが、時計やカレンダーがないようなおかしな世界から抜け出せた気持ちといったら分かってもらえるだろうか?
太陽がまぶしい。気づくと、僕は布団の中にいた。どうやら今は朝らしい。頭まで布団をかぶって眠っていたらしい。今は何時だろうか?いや、何年の何月なんだ。そして、僕は今一体何歳なんだ……
急にまた頭痛と吐き気がおそってきて、トイレに駆け込もうと思った。
次に目に映ったのは、自分がゲロを吐いた形跡がだった。口の中も独特のあのえぐい味で満たされている。
「一体、何がどうなっ……」
気づくとまた布団の中にいた。時計を見ると今度は昼の12時だった。
横にはなんと彼女が、如月雫が寝ていた。
彼女に恐る恐る声をかける。
そのとき、ふと僕は気づいた。この時間の飛びが、あの本屋で「スキップ」という小説を読んでから全てがおかしくなっていたことに。
このことに気づくことすらも、「飛ばされていた」というのか……
ひとまず、すぐそこにいた彼女に「スキップ」という小説を読んだことと、自分の身に起こっていることを説明した。そして、原因を突き止め、解消するために今その本がどこにあるか彼女に聞いてみた。
「あー、あの本ね。君が自分で気持ち悪がって売っちゃったんだよ。」
その彼女の言葉に絶望した。
その小説を隅々まで読み、調べれば解決策も見つかるかもしれないという望みは消え去ってしまった。僕はその小説の結末を知らない。確かどこにでもいる「僕」のような高校生が主人公の話だったはずだ。今となっては、そこまでしか思い出せない。
ここからは、僕の推測にすぎないが、この「スキップ」を読んでいる読者のために、書き残しておこう。
人は夜寝ると、次の瞬間には朝になって目覚める。その間の記憶はない。
まるで、「僕」が眠りについている時のように時間はスキップされたのではないか?
そして、この僕の身に起こった物語自体も「スキップ」という小説の一部なのではないかと。