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元服

遅くなりまして申し訳ありません。

 新田領内には、土地を持つ国人衆は存在しない。だが国人というものは土地以外にも持っているものがある。それが「縁故」である。こればかりは取り上げようが無いし、取り上げる必要もない。

 現代社会でも縁故採用は普通に行われている。それには利点があるからだ。新しい人間が組織に加わるという意味では、縁故があろうがなかろうが同じである。縁故があるということは、組織からすれば「身元がしっかりした者」であり、それだけで安心材料となる。また縁故があれば離反も起きにくい。推薦者側も、推薦した立場があるため、少しでも早く組織に馴染めるよう支援する。縁故というものは上手く使えば、組織を強化することに繋がるのである。


 だが縁故で判断してはならないものも存在する。法を適用したり、働きを評価したりする上では、縁故は考慮してはならない。全体の利益よりも、私的な縁故が優先されたとき、それは崩壊の始まりとなる。特に、新田家には譜代の家臣が少ない。ほとんどが蠣崎家、浪岡家、南部家の旧国人衆である。個人的な人間関係が派閥へと変わることを吉松は恐れていた。


(そう思っていたんだが、こればかりは避けられないか……)


 浪岡城の評定の間が、少し華やいだ感じがする。南部家嫡女の桜姫と、蠣崎家()女の深雪姫が揃って並んでいる。桜姫の横には石川高信が、深雪姫の横には蠣崎政広が座っている。さらには新田家譜代の家臣として田名部吉右衛門が、一族として母親である春乃方までいる。吉松は逃げ出したい気持ちになった。


「……なぁ、正室を同時に二人娶るというのは、後々に御家騒動の元にならないか?」


「殿。御家騒動以前に、今の新田家最大の弱点は、殿がまだお若く、子も居ないということです。来年早々に元服された際に、同時に御婚姻なさるのが宜しいでしょう。御世継については、御子が生まれた後からでも決められます」


 吉右衛門は大真面目な表情で断言する。さらにそこに、母親まで口を挟む。


「吉松殿。私は政事にも戦にも、口を挟むつもりはありません。ですがこればかりは口出しします。今この場で、貴方が決めなさい。どちらを正室にするのですか?」


「母上…… そういうわけには」


 だが春乃方は首を振った。キュッと眉をしかめる。子供に対して「めっ」と叱るような表情になる。


「貴方も解っているはずです。これは家の問題だけではありません。貴方が妻を持ち、子を持つことで家臣皆が安心します。南部、蠣崎の両家は、新田と共に栄えたいと願い、こうして大切な娘を出しているのです。当主として、また一人の殿方として、そこから逃げることなど許されません」


「うっ……」


 領内の統治問題などであれば、快刀乱麻を断つように意思決定ができる。だがこと女性問題は、そう簡単には決められない。正室と側室というだけでも、悋気などの問題が生まれるだろう。それに正室が子を生まずに、側室が子を生んだらどうするのか。まさか試すわけにもいかない。


「……第一、第二などの順位はつけず、二人を正室としよう。最初に生まれた男子を嫡男とする。それでどうだ?」


 考えるのが面倒になったので、半ばやけっぱちでそう言う。すると吉右衛門は賛意を示した。


「宜しいかと存じまする。されど、御二方の間に確執があっては、いずれ奥の乱れへと繋がりましょう。また今後、側室が増えた場合にはそれを差配する役目をどうするか、決めねばなりますまい」


「側室って……」


「殿は天下を目指される。ならば御一族を増やすのは当然のことでございます。多くの男子、女子を御作りになられるべきでしょう」


 そんな話を娘たち二人の前でするなと思ったが、当の二人は当然と言いたげな表情であった。


「……あー、二人は本当に、それでいいのか?」


 まるで女を道具扱いするかのような話をされ、二人の気持ちが不安になった。だが当の本人たちは互いに顔を見合わせ、当たり前のように頷いた。最初に桜姫が口を開く。


「五年前に、吉松様に初めてお会いした時から、私の気持ちは変わっていません。あの時の焼き菓子の味は今でも覚えています。その時からずっと、吉松様をお慕いしてまいりました」


「だが俺は晴政殿を……」


 だが桜姫は首を振る。父の最後の姿は聞かされている。男同士がぶつかり合い、そして決着をつけた。そこに対して恨みなど一切ないという。吉松は頷いて、深雪姫に意見を聞いた。


「あら、私はむしろ嬉しく思います。まるで、同い年の友達が出来たみたい」


 そう言って笑う。吉松は頭を掻いた。現代的感覚で考えれば、妻が二人もいるとなれば、互いにけん制し合って家庭が荒れるか、あるいは二人が徒党を組んで夫を責めるようになるかのどちらかである。そして前者よりは後者の方が遥かにマシであった。後者なら、自分ひとりが責められればそれで済むからである。


「左衛門尉も宮内も、それでいいのか?」


 二つの家の代表にも確認するが、なんの問題もないという。


「三戸南部家は既に滅びた家。御気遣いの必要などありませぬ」


「某はむしろ、妹が殿に御迷惑をお掛けしないかが不安です」


 逃げ道は完全に塞がれた。溜息をついて、二人を受け入れることに決めた。





 永禄元年(一五五八年)師走(旧暦一二月)、一四歳になる直前で、吉松は元服した。祖父の新田盛政が鳥帽子親となり、新田吉松の名を改め、新田又二郎政盛と名乗ることとなった。又二郎は、根城南部家始祖である南部又二郎師行と同じである。


「又二郎様。元服、おめでとうございます」


 桜姫と深雪姫が、母親である春乃方と共に部屋に入ってくる。この時代の女性は、どこか大人びて見える。現代で考えれば、まだ中学生になるかならないかという年齢のはずなのに、二人には女性的な色香まで出ていた。


(なんというか…… 桜は某特撮ドラマの女性隊員に似ているな。一方の深雪は、若くして白血病で亡くなった伝説の女優のようだ。それに……)


 二人の首から下を見る。食生活が良いためか、色々と発達している。又二郎(※以後、吉松から又二郎に表記統一)とて、精神年齢は老人でも身体は若いのだ。当然、機能(・・)する。思わず、唾を飲み込んだ。

 春乃方は咳払いして、又二郎の意識を引き戻した。


「……又二郎殿。それで、婚儀はいつするのですか?」


「来年早々を考えていますが、夜についてはもう少し後のほうが良いでしょう。某もそうですが、まだ体が成長します。その時期に子を作るのは良くないと、書で読んだことがあります」


 というよりも一人の男性として、三年後の姿を見たかった。焦って仕込んだ挙句に死産など、冗談ではない。だが母親は不安な表情を浮かべる。


「戦があるのですよね? 万一があれば……」


「御懸念無く。某が自ら槍を振るうことなど有り得ませぬ。そんな状況になれば、さっさと逃げます」


「まぁ、逃げるのですか?」


 桜姫は驚いて目を丸くした。陸奥の猛虎、南部晴政を討った男の言葉とは思えなかったのだろう。又二郎は肩を竦めた。


「必要があれば逃げる。これまで必要が無かったし、これからも必要が無いよう、事前に手を打つ。俺は賭け事が嫌いだ。運次第の戦など決してせぬ。勝利を確信してから戦に臨む。それこそが、新田が勝ち続けている秘訣だ。もっとも、それすら覆す者がいるかもしれない。其方の父、晴政殿はそうした可能性の一人であった」


 しみじみと、不思議な運命だと思う。あの時、ただ一期の邂逅と思っていた美少女が、さらに華やいで自分の婚約者として目の前にいる。何かが違っただけで、きっと今日は来なかっただろう。

 感慨深い思いで牛蒡茶をすすると、深雪姫がしれっと聞いてきた。


「それで、又二郎様は私たちのどちらと、最初の同衾をなさるおつもりですか?」


「ブフッ」


 思わず吹き出す。思春期間もない娘が、そんなことを聞くんじゃないと言いたかった。こぼれた茶を懐紙で拭き、二人を交互に見る。どちらも捨てがたく、選びようがなかった。二人同時の結婚式なら、初夜もそうすべきではないか?


「……二人同時かな?」


「「「まぁっ!」」」


 母親と二人の婚約者が声を揃えた。


《後書きという名の「お願い」》

※ブックマークやご評価、レビューをいただけると、モチベーションに繋がります。


※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
この回のコメントが多いのがよく分かるなぁ。 初期設定もそうだけど、考えなくてもわかるようなことだから、何かしら理由があってこのようにしてるのだろうけど。
[一言] 某特撮の女隊員…アンヌ隊員かな?そして白血病で亡くなった伝説の女優…夏目雅子さんかな?
[気になる点] なんで今更母親面してんの? 実際母親だけど、それは面倒見てきた祖父のセリフじゃね? これがジェネレーションギャップってやつか・・
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