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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
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60.兄妹

 

「あ、兄だと……?」

「ええ。妹を侮辱されたのですから当然の権利でしょう?」


 さすがに驚きを隠せなかったのか、バポット侯爵は目を見開き呟いた。

 ジュリアンが馬鹿にしたように答えると、唖然としていた人たちが再び騒ぎ始める。

 ホロウェイ伯爵はこの国でも有名だが、その嫡子が――祖国でもずっと謎に包まれていた長男が突然現れたのだ。

 今度は先ほどとは別の意味での悲鳴が上がり、ジュリアンは興奮する女性たちに向けてにっこり微笑んだ。


「皆さん、これからも妹をよろしくお願いいたします。無駄に正義感が強く鬱陶しいところもありますが、少しは可愛いところもあるようですよ」


 相変わらず外面のいい兄の余計な一言にオパールはカチンときた。

 いつもの人を小ばかにしたようなジュリアンの笑みにますます腹が立つ。

 また始まったというようにため息を吐くクロードにはかまわず、オパールはジュリアンに蔑みの視線を向けた。


「うっとうしいのはあなたよ、ジュリアン」

「お前ほどじゃないさ」

「大学を中退して何をしているのかと思えばこれは何? かっこいいとでも思っているの? 権利を主張する前に義務を果たしたら?」

「黙れ馬鹿。親父はまだぴんぴんしているんだから、俺は必要はないだろう?」

「馬鹿って言うほうが馬鹿なのよ。ただの言い訳しかできないなんて」

「とりあえず、ここで兄妹喧嘩は止めようか」

「クロードはジュリアンの味方なの?」

「いや、オパールの味方だよ」

「お前はいつもそうだよな、クロード」


 兄妹喧嘩を止めに入ったクロードまで巻き込まれ、昔の懐かしいやり取りが始まる。

 そこにアレッサンドロの笑い声が聞こえ、三人とも口を閉じた。


「アレッサンドロ国王陛下、お久しぶりでございます。陛下の御前で大変失礼いたしました」

「失礼いたしました」


 素早く気持ちを切り替えて一人先にかっこつけて挨拶するジュリアンに苛立ちながらも、オパールはおとなしく続いた。

 そんなオパールの内心に気付いているクロードは笑いを堪えている。


「ふむ。ホロウェイ子爵、久しぶりであるな。そなたが密かに動いてくれたおかげで、予定よりも早く反逆者どもをあぶり出すことができた。これでこの国の民も無駄な争いに怯えることなく安心して暮らすことができるだろう。礼を言うぞ」

「そのようにもったいないお言葉を私などにいただけるなど、大変恐縮でございます」


 ジュリアンは昨日オパールがアレッサンドロに拝謁したときと全く同じ言葉を口にした。

 あのときどこかで聞いていたらしい。

 それはクロードも知らなかったらしく苦笑している。

 やっぱりジュリアンも一発……と言わず、二発三発お見舞いしなければと思いながらも、オパールはバポット侯爵たちに向き直った。

 侯爵の額は赤くなっており、テューリとエリクの頬は腫れている。


「さて、では証拠も出そろったようであるし、そろそろ裁きを申し渡すべきであろうな」

「お待ちください! 陛下はこのよそ者の申すことを信用なさるのですか!?」

「……バポット侯爵、そなたの言うよそ者とは、隣国であるソシーユ王国の子爵であり、将来のホロウェイ伯爵であるぞ? しかもホロウェイ子爵はこの国が疫病に侵されているときに、危険を顧みず医薬品などの物資を自ら僻地まで運んでくれた恩人でもある。あのとき、ここにいる者たちの中でいったいどれだけの者が病に侵された者たちのために働いてくれたであろう?」


 バポット侯爵の抗議に答えたアレッサンドロの問いかけに、傍聴人の中でもほとんどの者が気まずそうに顔を伏せた。

 ジュリアンが何をしていたのか、クロードから軽く聞かされてはいたが、改めてアレッサンドロの口から聞いて、オパールは兄のことを見直していた。


(僻地まで自ら足を運んでいたなんて……。まあ、殴るのは一発だけで許してあげることにするわ)


 ジュリアンは寄宿学校でも不真面目で、いつもふらふらしていた。

 大学を中退してから何をしていたのかオパールは知らなかったが、父が知らなかったわけがないのだ。

 その頃に誰も何も教えてくれなかったことには腹が立つが、オパールもマクラウド公爵領の立て直しに必死だったときで、余計な心配をかけないためだったのだろうと思うことにした。


 オパールが一人でボッツェリ公爵領に向かうことをクロードが何も言わなかったのも、ジュリアンの存在が大きかったはずだ。

 いきなり公爵領館で再会したときには驚いたが、ジュリアンを喜ばせないために徹底的に素知らぬふりをした。

 もし知り合いであることを少しでも疑われれば、絶対にジュリアンに馬鹿にされただろう。

 あれからのことを思い出してさらに腹が立ったが、今は個人的感情に囚われている場合ではない。

 アレッサンドロは立ち上がると、ゆっくり壇上から下りてきて証拠の品――セイムズ侯爵宛てのバポット侯爵の手紙を手に取った。


「これらの品は私もすべて目を通した。その上でそなたたちを拘束するよう指示を出したのだ。審問の場をこのように公開したのは正当性を示すためでもあり、この混乱を招いたことに対するそなたたちから皆への謝罪の機会を与えるためでもあったが……これだけの証人、証拠の品を突きつけられてもなお否認し、他者へ転嫁させようとするとは見下げ果てたものよな」


 ゆっくりと話すアレッサンドロの口調は穏やかだったが感情が感じられず、皆は空恐ろしさを感じていた。

 アレッサンドロは持っていた手紙を裏返して封蝋をじっと見ながら呟く。


「これは私がよく知っているバポット侯爵家の印章、侯爵の筆跡だと思うのだがな。これが偽物だとするのなら、我が玉璽も信用できぬのではないか? これは大問題であるな」


 そしてまた別の手紙を取り上げ、何度も表と裏を見比べ、また違う手紙を取り上げて同じことを繰り返す。

 その間、侯爵だけでなく誰もが口を開くことなく、広間は静まり返っていた。


「この手紙はセイムズ侯爵からリード鉱山の管理者に宛てたもの、こちらはセイムズ侯爵からバポット侯爵、そなたに宛てたものだ」

「なっ、そんな……」


 アレッサンドロが手紙を掲げてみせると、侯爵は信じられないとばかりに驚き、はっとしてジュリアンへ視線を向けた。

 おそらくジュリアンはテューリたちが留守にしている時期にバポット侯爵家で働き、その間に盗み出したのだろう。


「これらもまた偽物だと主張するのなら、我らはソシーユ王国にその真偽を問い合わせなければならぬ。情けないことではあるが、これは国家間を跨いだ犯罪でもあるのだからな」


 アレッサンドロの言葉にバポット侯爵は顔色を悪くし、目を閉じた。

 セイムズ侯爵の手紙が本物だと判断されれば――それは間違いないが――この国からだけでなくソシーユ王国でも犯罪者として裁かれることになる。

 アレッサンドロの中ではもうすでに裁きは下されているのだ。

 これ以上抵抗しても罪は増えるだけだろう。

 侯爵はゆっくり目を開けると、近衛に押さえられているエリクをちらりと見た。


「……もう何も、申すことはありません」

「父上!」


 エリクの悲痛な声が広間に響く。

 オパールはアレッサンドロの狡猾さに呆れつつも感服していた。

 これほどの大罪を犯したにも関わらず、エリクや家族にその罪を負わすことをしなかったのはある種の質とするためだったのだ。

 侯爵にどこまで家族への愛情があるのかわからないが、家を存続させるために折れるだろうことはわかっていたらしい。


「……実に貴族らしい男だな」

「あなたとは正反対ね」

「お前ともな」


 ジュリアンはそう言い残して離れていき、オパールは隣に座るクロードに手を伸ばした。

 クロードはその手をしっかり握ってくれる。

 そのままオパールとクロードは手を重ね、最後まで審問を静かに見守った。




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