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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
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46.手紙

 

「オパール様! どうしましょう!?」

「大丈夫よ、ナージャ。彼らの言うとおり手紙を書くわ」

「ですが……」

「心配しなくても、私が手紙で懇願したからって何も変わらないわ。ソシーユ王国はタイセイ王国のためにわざわざ動いたりしない。それは八年前もそうだったでしょう? 父もマクラウド公爵もタイセイ王国のためには何もしないでしょうね」

「それはそれで複雑です。奥様のお命がかかっているのに……」


 心配するナージャにオパールは冷静に答えた。

 すると今度は不満そうにナージャは頬を膨らませる。

 その姿が可愛くて、オパールは小さく声を出して笑った。

 本当にナージャといると元気がもらえる。

 こうして同室にしてくれたことは、ジュリアンに感謝したいほどだった。


「笑いごとじゃないです~。奥様の演技がすごすぎて、あの夜のことを知らなかったら、きっと私は泣き出してしまいましたもん」


 文句を言いながらもナージャも笑う。

 しばらく二人でくすくす笑ったが、ナージャはふっと表情を曇らせた。


「ですが本当に大丈夫なのでしょうか? 旦那様がご無事なことはわかりましたが、王都のほうは……国王陛下はご無事でいられるのでしょうか?」

「そうね。心配は尽きないけれど、大丈夫だと信じるしかないでしょうね。そもそも彼らの情報はすでに間違っているのよ? 野盗に襲われて命を落としたはずのクロードがここにいるんだもの。皆、それぞれやるべきことをやっているのだから、私もやらないと」


 ナージャを励まして、オパールは机に向かった。

 わざわざオパールが手紙で懇願しなくても、父はもちろんヒューバートも他国の内政に干渉しようなどとは思わないだろう。

 そのため、コールが望んだ通りに文章を綴っていく。

 ナージャは窓辺に座ってオパールのドレスを繕い始めた。


 オパールは父宛ての手紙に署名をすると、手を止めて考えた。

 もし自分がアレッサンドロの立場だったら、これからどうするだろうかと。

 まず間違いなく、一斉蜂起の情報は得ているはずだ。

 むしろそれだけの規模のものにアレッサンドロほど狡猾な人が気付いていないわけがない。

 なぜそのことに反国王派が気付かないかのほうが不思議だった。


(資金よりも兵力よりも、情報を制したほうが勝ちってことね……)


 クロードが新聞社を所有していたことを思い出す。

 おそらく他の情報媒体もアレッサンドロは押さえているだろう。


(大衆は陛下の味方につくでしょうね。ただ問題は中央貴族の一部とボッツェリ公爵領の人たちね)


 表向きは反アレッサンドロ派の貴族たちは排除されているそうだが、中立派の中にどれだけ潜在しているかわからない。

 何より八年前の内乱時に反アレッサンドロ派の拠点となっていた公爵領の人たちがどのように動くのかわからなかった。

 当時はボッツェリ公爵が反アレッサンドロ派の筆頭として有無を言わさず領民をも巻き添えにしていたが――実際に戦いが行われたわけではないが――今は領主も変わっている。

 コナリー以外の者たち――領館で親切にしてくれた使用人や管理人のダンカンも反アレッサンドロ派として戦うのだろうか。

 ダンカンはオパールを信用してはいないが、あの土地と人々を大切に思っていることは間違いなかった。


(それにクロードは無事かしら……)


 人間のクロードは今のところ大丈夫なようだが、犬のクロードのことが心配になってくる。

 使用人たちはクロードに甘かったが、コナリーは嫌っていた。

 

(いいえ、きっと大丈夫よ。コナリーの視界にさえ入らなければ気にしないはずだもの)


 使用人たちはきっとクロードを匿ってくれるだろう。

 あのダンカンでさえも、クロードのことは可愛がってくれていた。

 とはいえ、ダンカンはそれどころではないはずだ。


(きっとあの地が戦場になることをダンカンは許さないわね。だけど先代公爵を尊敬しているようだったし、コナリーには従順だし……)


 ダンカンは無骨で厳しい印象ではあったが、領民からの信頼は厚い。

 たとえ大鎌を普及させたのがオパールでも、ダンカンを無視して領民を導くことはできないだろう。

 うーん、とオパールが考えていると、パチッと糸を絶つ音が聞こえた。


「奥様、できました!」

「ナージャ?」

「じゃじゃーん! お転婆奥様専用ズボンです!」

「……え?」


 立ち上がって嬉しそうにズボンらしきものを広げて見せるナージャの言葉の意味がオパールにはわからなかった。

 屋根裏部屋に閉じ込められてからずっと、ナージャはオパールの世話をしていないときはドレスを繕っていた――と思っていたのだが違うらしい。

 考えてみればそんなに長時間を費やすほどオパールのドレスに繕う箇所があるはずがなかった。


「えっと……お転婆奥様って……いえ、ズボンってどういうこと?」

「えへへ。マルシアさんから聞いたんです。奥様は子供の頃に木登りなどをされてはドレスをよく破いていたって」

「あー、そうね」

「それにも困ったそうですけど、やっぱりスカートで木登りしたり、走り転げたりされるのはよくないということで注意なさったら、お兄様のズボンを勝手にスカートの下に穿いていらしたと。それで『これなら問題ないでしょう?』とおっしゃったそうですね!」

「……そういうこともあったわね」


 黒歴史的なものを持ち出されたオパールは意気揚々と語るナージャから目を逸らした。

 そんなオパールには気付かず、ナージャは自信満々に続ける。


「ですから、奥様が旦那様と愛の逃避行をされるときに、スカートが気になるかもしれないじゃないですか。ですがスカートの中にこのズボンを穿けばめくれても気になりませんよね?」

「……そうね」


 切羽詰まった状況でスカートがめくれることなど気にしてはいられないが、ナージャなりに考えてくれたのだろう。

 ただこの年になってもお転婆だとナージャに思われていることが微妙だった。

 そもそも愛の逃避行ではなく、普通に言って逃走である。


「……では、明日からはそのズボンを穿くわね」

「はい!」


 ズボンを穿くことに抵抗はないので、明日からさっそく使用させてもらうことにした。

 ナージャは嬉しそうに返事をする。

 おそらくオパールは今後、ここからパスマの港か領館に連れ戻されるはずで、逃げる機会はあるだろう。

 その際に、ズボンは役に立つかもしれない。

 しかし、素直に逃げるべきか、従うべきかの判断を誤るわけにはいかなかった。


 王都で反国王派の蜂起があった場合――確実にあるだろうが、そのときアレッサンドロならどう動くだろうか。

 そもそもクロードが野盗に襲われ命を落としたという情報をコールが信じているということは、そういう計画があったということだ。

 クロードを野盗に見せかけて襲うことができる人物は今何をしているのだろう。

 あれこれと考えながらも、オパールは父とマクラウド公爵への手紙に封をした。




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