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6.公爵邸

 

「屋根裏部屋だと?」

「はい。奥様はベスを呼びつけ、屋根裏に使われていない部屋はあるかと問いかけられ、それから空き室となっていた使用人部屋へ案内をさせたのです」

「それでまさか、そこで暮らすと言いだしたのか?」

「さようでございます。荷物や湯船などは屋根裏部屋には置くことができないので、与えられた部屋も利用されるそうですが、普段はここで過ごす、とおっしゃったそうです」

「何の当てつけだ……」


 思わずヒューバートは呟いて、ロミットに下がるよう命じた。

 おそらくステラと会わせないと言ったために、同じ階で過ごさないようにすることで、意趣返しをしているつもりなのだろう。


(どうせすぐに音を上げるに決まっている)


 書斎で仕事をしていたヒューバートは、ふんっと鼻を鳴らして、また目の前の書類に集中しようとした。

 だが自然と万年筆を握る手は止まり、オパールのことを考えていた。


 午前中、ノーサム夫人の訴えを聞いて、怒りのままにオパールの部屋に乗り込んだが、自分がどれだけ非礼だったかをまず思い出す。

 女性の部屋にノックもせずに押し入り、挨拶をされても返さず、怒鳴り散らしたのだ。

 確かにそれだけの理由はあったが、それでも許される行為ではない。

 しかも、その後に彼女に言われたことは全て事実だった。


 たとえ彼女が今までどのような生活をしていようと、実際彼女の持参金で借金を返済でき屋敷の修繕をできたばかりか、彼女の父親からの祝い金で当分は生活に困らないですむのだ。

 これで、ステラの高額な医療費も払える。


 オパールとは三年前に一度踊ったことを、ヒューバートは覚えていた。

 あの時はとても初々しく可憐で、密かに心惹かれるものがあったのだ。

 ただ、あの頃からヒューバートは借金をしなければならないようになっており、恋愛どころか花嫁探しなど考えるどころではなかった。

 その後、彼女の噂を耳にするたびに、がっかりしていたのを覚えている。


 彼女が人生を我が儘に楽しんでいるのに対し、ステラはますますベッドに縛りつけられるようになっていて、その理不尽さに腹も立てていた。

 そして、どうにも首が回らなくなった時、どこから聞きつけたのかオパールの父親であるホロウェイ伯爵が声をかけてきたのだ。

 誰にも知られないようにしていたはずの借金のことを、伯爵が知っているのはひょっとしてオパールが自分を望んだために調べられたからではないだろうかと思い、ヒューバートはまた腹を立てた。


 だが、本当のところはヒューバートもわかっている。

 オパールに向けた怒りは、ほとんどが不甲斐ない自分を誤魔化すための八つ当たりであるのだ。


 しかし、ステラだけはオパールから守らなくてはならない。

 彼女の残りの人生はあとわずかで、その全てをヒューバートは輝かしいものにしてあげたかった。

 ステラには大きな恩がある。そして大きな負い目もある。


 ヒューバートの両親が亡くなったのは、彼がまだたったの十二歳の時だった。

 家族三人で領地から王都へと向かっている時、馬車の車輪が外れて車体は運悪く崖から落ち、ヒューバート一人が生き残ったのだ。

 しかも発見されるまでの二日間、ヒューバートは両親とメイドと御者、さらに馬の死体に囲まれて一人過ごさなければならなかった。


 あの恐怖は今でも忘れられず、時々うなされる。

 それを助けてくれたのがステラだった。

 両親が亡くなったばかりの十二歳で公爵の地位を継ぎ、両親の寝室で眠らなければならなかったヒューバートは毎晩うなされていた。

 そこに、寝ぼけて起きたステラが部屋へと入ってきて、ゆっくりとなだめてくれたのだ。

 まだステラは六歳だったが、家族が寝静まるとステラは毎晩眠い目をこすりながら、ヒューバートの許へやって来て、下手くそな子守唄を歌ってくれた。


 そのまま二人で寝ていたものだから、すぐにノーサム夫妻の知るところとなったが、ヒューバートの現状を知って、まだ幼いこともあり、夫妻は咎めることなく許したのだ。

 さらには母の使っていた部屋でステラは眠るようになったのだった。

 ひょっとして夫妻は二人の結婚を望んでいたのかもしれない。

 それはヒューバートにはわからなかったが、もし望まれたのならたとえ妹としか思えなくても結婚しただろう。


 しかし、ステラが十歳になった時、病が見つかったのだ。

 初めは熱を出して寝込んでしまったので、ただの風邪だと皆が思っていた。

 それが他の症状はなく、ただ繰り返し熱を出すようになり、皆が訝しんで高名な医師に診断してもらったところ、不治の病だと宣告された。


 発熱というのはいわゆる体からの救助信号であり、ステラの体の中では病原菌とやらとステラを守るための細胞が戦っているのだと。

 ただ残念ながら、この病原菌はとても強く、それに対抗するべき薬はまだ見つかっていないらしい。

 おそらく時間とともに、ステラは歩くこともできなくなり、いつかは心臓を動かすことさえできなくなってしまうだろうと。


 そう聞いたノーサム夫妻もヒューバートも嘆き悲しんだ。

 だがそれをステラに悟らせるわけにはいかない。

 そのため、ヒューバートも夫妻も口裏を合わせ、ステラを大切に、使用人も含めて彼女を守ってきたのだった。


 それなのに、運命とは過酷なもので、ステラよりも先にノーサム卿が逝ってしまったのだ。

 ずっと幼いヒューバートに代わり、領地や財産を管理してくれていたノーサム卿は、ヒューバートが大学在学中の冬の寒い日に、領館で心臓発作を起こし亡くなってしまった。

 ヒューバートにとって領館も領地も、両親との思い出が多く、あれ以来戻ることができなかったのだが、さらに忌むべき場所になったのだった。


 本当なら、ステラのためには空気の良い領地へ戻るべきかもしれない。

 しかし、あそこには忌まわしき場所というだけでなく、ろくな医師もいなければ、薬を届けるだけでも時間がかかるのだ。

 今は医師を領地に駐在させるだけの財力もない。


 四年前に起こった水害で領地の農作物は大損害を受けた。

 それ以来、干ばつや虫の発生など次々と災難が襲い、気がつけば借金をしなければならなくなっていたのだ。

 いっそのことあの土地を手放してしまいたいが、そうもいかない。

 苦肉の策として、ヒューバートはホロウェイ伯爵の甘い話に乗ることにしたのだった。


(どうせ、すぐに屋根裏部屋から出てくるだろう。その時は、改めて話し合いくらいはしてもいいか……)


 思い出から覚めたヒューバートは、傲慢にもそう考えた。

 ステラについて何も説明しなかった落ち度も確かにある。

 だから少しくらいは折れてやってもいいだろうと。

 だが、ヒューバートの思いも虚しく、それから一週間が経ってもオパールが屋根裏部屋を出ることはなかったのだった。




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