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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
59/95

29.出迎え

 

 タイセイ王国の港に船が到着する頃には、太陽は山の向こうに沈みかけていた。

 それなのに港は多くの人で賑わっている。


「今日は港でお祭りでもあるんですか? もう夜になるのに、こんなに人が多いなんて」

「いや、祭りではなく出迎えだな」

「出迎え?」


 ナージャが甲板から港を見下ろして呟いた問いにクロードが答えたが、それを聞いたオパールは首を傾げた。

 気付かなかったが誰か著名人でもいるのだろうかと、きょろきょろと周囲を見回す。


「オパール、俺たちの出迎えだよ」

「はい?」

「お二人が素敵なご夫婦だって、タイセイ王国にも知られちゃったんですね!」


 前回、クロードと結婚のためにタイセイ王国に上陸した時には特に注目もされなかった。

 そのため自分の出迎えだとオパールはまったく思わず、意味を理解するのにしばらくかかった。

 だがナージャは当然だとばかりに頷いて胸を張る。

 オパールはそんなナージャに微笑みかけ、タラップを降り始めた。


「そういえば、クロードは人気者なんだったわね」

「だからといって、わざわざ俺の顔を見に集まったりしないよ。皆オパール目当てだろう」

「私? ルーセル侯爵の花嫁を見に来たってこと?」

「女性の敵を追い詰め、気の毒な女性たちを支援する女性実業家のオパールを出迎えているんだよ」


 徐々に見えてくる人々の顔は興味本位なものが多いが、好意的ではあるようだ。

 オパールたちが陸地に上がっても、人々は港の警備員とクロードが雇った護衛たちによって阻まれ、あまり近づけない。

 それでもすっかり馴染んだ外向きの笑顔で皆に手を振って応えた。


「これを用意したから、私たちの到着がわかったのね?」

「そうだと思う」


 駅に着いたオパールは専用列車を見て、あの港での出迎えの謎が解けた。

 素早く王都に戻るなら鉄道だが、この時間には一般の運行はないのだ。


「みんなが出迎えてくれている理由はわかったわ。でもわからないのは情報の速さよ。ついこの間までタイセイ王国の社交界では、私は〝ふしだらなオパール・ホロウェイ〟だったのよ? それがもう一般の人たちまで私のことを知っているなんて不自然よ」


 口に出した後にオパールは気付いた。

 そしてクロードの笑みを見て確信する。


「情報を操作していたのね?」

「操作というほどではないよ。ほんの少し前まで社交界の話は一般の人たちにはほとんど伝わらなかっただろう? あの新聞だって部数をあれほどに伸ばしたのはここ一年ほどだよ。それも社交界の話を載せだしてからだ。皆それだけ興味を持っているんだろう」

「それであなたは何をしたの?」


 それだけで話は終わらせないというオパールの強い意思を見て、クロードは諦めた。

 別に言えないようなことではないのだ。


「オパールのことは、この国でもソシーユ王国でも新聞に載せないようにしていた。だが今回の件からはいっさい俺は関知していないから、話が伝わったんだろう。まあ、あの騒動では隠すこともできないからな」

「じゃあ、アランのことは知っていたの?」

「いや、偶然だよ」

「わかったわ」


 まだまだ訊きたいことはたくさんあったが、オパールもまた諦めた。

 オパール自身、情報が整理できずに何が訊きたいのかわからない。

 ただこれで納得できたこともある。

 タイセイ王国の社交界でのオパールの情報が古かったのは制御されていたからだ。

 だが人の口に戸を立てることができる力が計り知れず、オパールは改めて隣に座るクロードをじっと見た。


「他に質問?」

「クロードの――ルーセル侯爵の情報も上手く伏せていたわよね?」

「あれは皆の思い込みを利用しただけだよ」

「操作してるじゃない!」

「いてっ!」


 腹を立てたオパールはクロードの膝をぺちんと叩いた。

 すると驚いたクロードが声を上げる。


「嘘つきにはまだ足りないくらいよ」


 ぷいっと顔を逸らしてオパールが怒れば、クロードの笑いを堪える声がする。

 結局いつものようにオパールも笑い、この話題は終わった。


 翌朝。

 旅の疲れからいつもより遅く起きたオパールは、数多くの訪問を伺うカードや招待状を前にしてため息を吐いた。

 クロードはまだ眠っている。

 勝手に処理していいのかどうかわずかに悩んだが、結局訪問については全て断ることにした。


(帰国したばかりの相手のお家に訪ねてもいいですか? って、もうちょっとこちらのことを考えてほしいわよね)


 ここのところずっと多くの人に囲まれていたせいかかなり疲れている。

 独身の頃は毎日お茶会や音楽会、夜会などに出かけていたのだが、あの元気が信じられなかった。

 ただ年配の女性もシーズン中はそのスケジュールをこなしているのだから、単にオパールの体力の問題だろう。


(まあ、精神面でも疲れているからだろうけど……。ああ、のんびり田舎で過ごしたいわ……)


 オパールはマクラウド公爵領で七年近くを過ごしたのだ。

 あの頃はどうすればもっと領民の暮らしが楽になるか、領地が豊かになるかを考え、日々奮闘していた。

 オパールにとって社交は大切な仕事ではあるが、やはり田舎での暮らしが懐かしい。


(ルーセル侯爵領は順調らしいけれど、もうすぐ賜るボッツェリ公爵領は近代化が遅れているらしいから、やりがいはきっとあるわ)


 招待状を欠席するものと検討するものに選り分けながら、オパールは考えた。

 クロードにボッツェリ公爵領の話を聞いてから、オパールなりに調べてきたのだが、情報が正しければ早急に改革が必要である。


(まだ社交界に人脈はできていないけれど……友達もいないけれど、それは後回しにできても領地はできるだけ早いほうがいいものね。いつ嵐がくるか、干ばつになるかわからないんだから)


 思いがけず帰国することになったが、ベスのことはもう心配ない。

 近々出産したとの知らせが届くはずだ。

 もちろん出産には何があるかわからないが、施設の皆が助けてくれるだろう。

 産後はしばらくゆっくりしてこれからどうするか考えればいいのだ。


 キーモントの子供を産んだ他の二人は、それぞれ地方都市で未亡人として暮らすことにしたと聞いた。

 子供が成人すればまとまった財産が相続できるが、それまでは困らない程度の生活費を管財人から渡されることになっている。


 オパールは招待状をまとめると立ち上がった。

 招待状の返事を書くことにうんざりして秘書を雇おうかと考える。


「それも検討したほうがいいわね」


 一人呟いたオパールは書物机に向かった。

 返事を書くより先にこれからの計画を――ボッツェリ公爵領に視察に行く計画を立て、クロードが起きてきたら相談しよう。

 公爵領に行くことを考えたオパールの体は疲れも消えていた。

 それどころかやる気が満ちてきたオパールは、手帳を開いて必要事項を書き始めたのだった。






いつもありがとうございます。

12月10日(月)に本作『屋根裏部屋の公爵夫人』の2巻が発売されます。

詳しくは活動報告をご覧ください。

よろしくお願いいたします。

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