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28.追憶

 

「あら? おかしいわね」

「……どうした?」


 ようやく大岩が見えてきたところで、オパールが疑問の声を上げた。

 そこでクロードは考え込むあまり、ずっと黙っていたことに気付き、慌てて意識をオパールに戻して問いかけた。

 オパールはそんなクロードに対して腹を立てた様子もなく、大岩を指さして笑う。


「記憶より小さいと思って。前にここへ来たのは……十二年前で、その時みたいにはやっぱり大きく感じないわ。それから身長が伸びたわけでもないのに、おかしいわね?」

「じゃあ、簡単に登れるな?」

「挑発しているの?」

「どう思う?」

「そうね……。では、競争ね!」

「あっ、おい!」


 クロードの意地悪い笑みを見たオパールは、ちょっと考えるふりをしてから急に走り出した。

 昔よくやった競争で、たいていはオパールが先にスタートするのだが、当然の如く結果は負けてしまう。

 今回も驚くクロードを置いて、かなり先にスタートしたのに、あっという間に追い抜かれてしまった。


 いくつかの小さめの岩に足をかけ、少し大きめの岩に飛び移って、最後に一番大きな岩へと登る。

 二人とも大岩の頂上に着いた時には息を切らして、座り込んでいた。


「……もうっ、何をやってるの、かしら……」

「オパールが……始めたんだろ……」

「挑発したのは……クロードじゃない。私……二十七なのよ?」

「俺は、二十九だよ」


 お互い後悔しながら年齢の話になり、どちらともなく笑い出した。

 笑うのも苦労するくらいに息苦しい。

 それでもやがて呼吸が整ってくると、二人とも懐かしい景色を黙って眺めた。

 二人の年齢も立場も大きく変わってしまったのに、こうしていると昔と何も変わっていないように思える。

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかないと、オパールは一度大きく息を吸って、隣に座るクロードを見つめた。


「クロード」

「何だよ」

「マンテストに投資してくれて本当にありがとう。あなたが技術者を派遣してくれなかったら、資金を投入してくれなかったら、公爵様は破産していたわ。あなたにだって大きなリスクがあったのに……。どれだけ言葉を尽くしても足りないけれど、本当に感謝しているの。ありがとう、クロード」

「……あれは、感謝されるようなことじゃないよ。タイセイ王国の技術をもってすれば、必ず利益は得られると踏んで投資したんだ。確かに初期投資は大きかった。だが今現在、順調に回収できているんだから、間違いじゃなかったな。オパールだってわかっているだろう? 出資者の一人なんだから」

「そう、ね……。かなりリスクは大きかったけど。投資するって、賭け事と一緒よね。もう二度とあんな思いはごめんだわ」


 あの時、ルーセル侯爵に――クロードに援助してもらえなかったら、ヒューバートは破産していただろう。

 五年近く経った今なら、タイセイ王国もすっかり安定し、各国に技術者を派遣してそれぞれの国もまた技術者の育成をしているので、鉄道開通はそこまで難しくはない。

 ただ、あの時期だったからこそ、今現在莫大な利益をもたらしてくれてもいるのだ。

 オパールはもう一度大きく息を吸って、知りたくもない現実に向き合うために、勇気を出した。


「それで……今回、久しぶりに帰ってきたのは、ご家族に……奥様を紹介するため?」

「……は? 奥様?」

「結婚したんじゃないの?」

「誰から訊いたんだ? そんな嘘」

「え? い、いいえ。誰からも聞いたわけじゃなくて……勝手にそう思っただけで……」

「何で、勝手にそう思ったんだ?」

「だ、だってほら、クロードは侯爵様で、もうすぐ三十歳だし……」


 怒った口調で問いかけるクロードに焦って説明しながらも、オパールは喜んでいた。

 クロードが独身だからといって、何か変わるわけではない。

 それでも、できればオパールの知らない女性と、知らない場所で幸せになってほしかったのだ。


「年のことは言うなよ。今までずっと……その気になれなかっただけなんだから。それに今回はようやく家族を――母さんをタイセイ王国へと連れていくことができるようになったから、迎えにきたんだ」

「ご家族で……移住するの?」

「いや、それはないよ。母さんだって、父さんと一緒にこの国に骨を埋める覚悟でやって来たんだ。それでも、タイセイ王国は母さんの故郷だからな。近しい家族は亡くなってしまったが、墓参りはしたいだろうし、生まれ育った領館にも王都の屋敷にもまだ母さんを知る使用人もいる。まあ、この四十年近くでかなり変わってしまった故郷にびっくりするだろうがな。領地まで鉄道で移動できるんだから」


 嬉しそうに話すクロードは少年時代と変わらない笑みを浮かべている。

 オパールまでわくわくしてきたが、ちょっと言っておかなければと、わざと顔をしかめた。


「それにしても、今まで連絡もしてこないって酷いわよ。おば様だってとても心配していらしたのに」


 そう文句を言ったオパールだったが、同時に自分が以前書いた手紙のことを思い出して気まずくなってしまった。

 だが、クロードもまた気まずそうな顔になる。


「すまない、オパール。実は、母さんとはずっと連絡を取っていたんだ」

「……ずっと?」

「正確には四年ほど前からだよ。それまでは陛下とともに国を立て直すことで精一杯だった。それに、俺がタイセイ王国にいると知れば、逆に心配をかけるとも思ったんだ。だから、ホロウェイ伯爵には秘密にしてもらっていた。それから国勢も落ち着いた頃になって、マクラウド公爵がやって来て……そこでようやく母さんに――家族に連絡しようと手紙を書いたんだよ」

「じゃあ、どうしておば様は……男爵家の誰も私に教えてくれなかったのかしら。私だって心配して……」


 一年ほど前に男爵夫人と会ったのに、話を逸らされて何も教えてもらえなかったのだ。

 男爵家の人たちとはかなり仲がいいつもりだったのにと、オパールは落ち込みそうになった。

 しかし、なぜかクロードが再び謝罪する。


「そのことについても、すまないと思ってる。ごめん」

「どうしてクロードが謝るの?」

「俺が母さんたちに口止めしていたんだよ。オパールにも――誰にも言わないでほしいって」

「それって、ひょっとして……あの手紙を読んだせい?」

「あの手紙?」


 クロードが自分に連絡を取りたがらなかったのは、オパールが書いたあの懺悔のような手紙のせいだと思ったのだ。

 さすがのクロードも、夫から財産を騙し取るような女を軽蔑したのだろうと。

 だが、クロードはすぐにはわからないらしい。


「私が七年ほど前にクロードに宛てて書いた手紙よ。だけど、クロードの行方がわからないからって、おば様が預かってくださっていた手紙」

「ああ、あれね! あの公爵から財産を奪ったってやつ」

「ちょっ、大きな声で言わないでよ」

「誰も聞いていないだろ? それに、あれは……正直に言わせてもらっていいか?」

「え、ええ。どうぞ」

「悪いけど、大笑いさせてもらったよ」

「え?」

「いや、普通なら冗談か何かだと思うかもしれないけどさ。もう絶対、真実だと思ったね。オパールなら、間違いなくやると」

「……軽蔑しないの? 酷いやつだって」


 オパールは七年以上もの間、手紙を出したことを後悔したり、これでよかったのだと自分に言い聞かせたりして悩んできた。

 それなのに、クロードは手紙を読んで大笑いしたと言うのだ。

 オパールが唖然としながら問いかけると、クロードは真面目な表情になり、昔のようにオパールの頭を優しく撫でてくれた。


「笑っただけじゃない。本当はかなり腹も立った」

「私に?」

「違う。公爵にだよ。お前がそれだけのことをしたってことは、それだけの理由があったんだろう? それなのに、何も助けることができなかった自分にも腹が立った」

「そんな、クロードは何も悪くないのに……」

「いや、俺はこの国を離れるべきじゃなかったんだ。だが、今さら戻ることもできなかった。それでも、オパールは一人で頑張ったんだな。つらいこともたくさんあっただろうに、今のマクラウド公爵領はこのホロウェイ伯爵領と変わらないくらい栄えていると聞いたよ。オパール、お前は誰からも賞賛されることをしたんだ。だから胸を張っていい。お前は最高だよ」

「クロード……」


 泣かないと母と誓ったのに、もう何度も涙を流してしまった。

 さっきも泣いてしまったばかりだ。

 それなのにオパールの目からは涙が次々と溢れてくる。


「……クロードの、ばか」

「何でだよ」

「心配したんだから。すごく……」

「だから、悪かったって。ごめん、オパール」


 大岩に手をついて俯き泣くオパールを、クロードは抱き寄せた。

 見晴らしのいい場所でするには少々大胆だったが、オパールは何も言わずおとなしくしていた。

 こんなふうに抱きしめて慰めてもらったのはいつ以来だろうと考える。

 そしてそれが、もう十五年近く前になることを思い出した。

 その相手は父でも兄でもなく、やはりクロードだったのだ。


 あの時と同じ、守られているという安心感。

 ずっとこうしていたい。

 そう思う気持ちを抑えて、もう離れなければと自分に言い聞かせるのに、体が言うことを聞いてくれない。

 もう少しだけと甘えて、オパールは話を続けた。


「……それで、どうして私には内緒にしていたの?」

「俺が弱かったから」

「クロードが……?」

「自分の中でケリがつけられなくて、無理だったんだよ」


 その言葉の意味をオパールが理解する前に、クロードが耳元で囁く。


「なあ、オパール」

「……な、何?」

「俺と一緒に、タイセイ王国に行ってくれないか?」




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