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23.投資

 

 オマーと一緒に幌なしの馬車に乗って出かけるヒューバートを、オパールは自室の窓から見ていた。

 一晩中、眠らずにこれからのことを考えていたオパールは、明け方にようやく眠ることができたのだ。

 そして今、二人が出かける音で目が覚めた。

 そういえば昨夜、ヒューバートが領地の見回りに行くと言っていたなと、ぼんやり思い出す。


 この三年、オマーがきちんと管理し、オパールが投資を惜しまなかったお陰で、領地は本来の豊かさを取り戻していた。

 投資した資金を最近になってほとんど回収もできた。

 ただオパールにとっては収益に関係なく、すでにこの土地に愛着が湧いていたのだ。

 領民も気のいい者たちばかりで、不遇の時代を恨むでもなく、ずいぶん楽になった暮らしを喜び、オパールを敬ってくれている。

 それなのに、この土地を手放さないといけないかもしれない。


 もちろん将来的には、全てヒューバートのものになるとわかっていた。

 しかし、まさか借金返済のために手放さなければならないかもしれないとは、考えてもいなかった。

 常に最悪を考えていたつもりだったが、オパールもまだまだ甘かったらしい。

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 万が一、次の土地所有者が非道な者ならば、苦労するのは領民なのだから。


 オパールは気合を入れ直すと、最良の結果を得るために動き始めた。

 その夜の夕食の席で、王都に戻ると告げたのだ。

 途端にヒューバートは眉を寄せる。


「ようやく私が領地に戻ったというのに、あなたが王都に行っては、皆に何と思われるか……」

「ご心配なさらなくても、すでに私たちの仲は破たんしているとの噂が流れております。それよりも、この領館の者たちも領民たちも皆、旦那様が戻っていらしたことに大変喜んでおります。どうか旦那様はできる限りこの地を見て回ってやってください。私は、父にマンテストの土地に投資してくださるよう、改めてお願いしてまいります」

「――そうか。その、すまない。だが私は……」


 ヒューバートは気まずそうに答え、オパールに謝罪した。

 驚くオパールを目にして、ヒューバートは何か言いかけたが、結局は口を閉ざす。


「……旦那様?」

「いや……、昨日は言いすぎた。今の私があるのも、あなたのお陰なのに、以前の傲慢さが戻ってしまったようだ。本当にすまなかった」

「……いいえ、私も生意気な口をききましたから。申し訳ございませんでした」

「あなたが謝罪する必要はない。ただ……その、気をつけて行ってきてくれ」

「――ありがとうございます」


 実際、土地を奪ったのはオパールで、ヒューバートの言うことに間違いはないのだ。

 その土地を担保に融資を受け、その資金を新たな土地に投資したのなら、オパールのやるべきことは一つ。

 マンテストの土地開発を成功させるために尽力することだ。


 以前の彼なら謝罪することは絶対になかっただろうから、この三年も無駄ではなかったとわずかながら思える。

 それからの二人は和やかに食事をとると、オパールは自室に戻り、王都に行く準備を急ぎ整えた。

 そして翌朝、オパール専用の馬車で王都に向けて出発した。


 幸い王都までの旅は順調に進み、五日後には実家である伯爵邸に到着することができた。

 ただ残念ながら、父は仕事のために明後日まで帰らないらしい。

 出発前に先に手紙を出したのだが間に合わなかったらしく、オパールはがっかりしながらも、執事たちから歓待を受けて二日間はゆっくりと伯爵邸で過ごした。


 やがて父が帰ってくると、執事を通して面会を申し込む。

 強気に出られないのは頼み事をしなければならないからで、父からはどういう反応が返ってくるかさっぱりわからなかった。

 娘としてもう二十二年過ごしているが、オパールは未だに父が何を考えているのかまったく読めないのだ。

 そして、執事が面会時間として伝えてきたのは翌日の午後。

 オパールはあれこれと説得材料を考えながらベッドに入り、再び眠れない夜を過ごした。


(どうして、眠らなきゃって時に限って、眠れないのかしら……)


 手強い相手――父と相対するのだからしっかり頭を働かせなければならないのに、寝不足では話にならない。

 結局、うつらうつらとしたものの、しっかり眠ることはできず、お昼前にベッドから出たときも本調子とは言えなかった。

 それでもオパールは目を覚ますために我が儘を言って風呂を用意してもらい、湯に浸かって頭も体もさっぱりして昼食をしっかりとった。


(よし、いざ出陣!)


 時間になり、気合を入れて父の書斎に乗り込んだオパールは、早々に打ちのめされることになってしまった。

 父に投資してほしいとお願いしたが、一蹴されてしまったのだ。


「オパール、確かに私には金がある。だが、ドブに金を捨てるつもりはいっさいない」

「マンテストの土地には宝が眠っております。ドブなどではありません」

「いくら宝を掘り起こしても、運び出すことができなければ、ただの物置にしかならない。オパール、お前だってわかっているだろう?」

「技術者が……あの渓谷に鉱石を積んだ貨車が渡れるだけの橋梁を造れる技術者がいれば、叶うのです」

「だが、その技術者はこの国にはいない。タイセイ王国の技術者の中でも数少ないだろう。要するに、あの土地を開発するには時期尚早なのだ。しかし、マクラウドは私の忠告を無視したようだな。なぜそこまで焦る必要があるのか、私にはわからん。急がなくとも、そなたが生きている間は、公爵領は他の者にはならぬのにな」


 オパールは父の言葉で今さら気付いた。

 確かになぜ今まで順調にいっていたものを捨てることになるかもしれないのに、ヒューバートは賭けに出たのだろう。

 投資とはそもそも賭けではあるが、慎重に見極めれば勝てることのほうが多い。

 そしてヒューバートには、その見極める才能があったはずなのだ。


(そういえば私、資金調達のことに気を取られて、そのあたりのことを聞いていなかったわ……)


 考え込んだオパールの耳に父の声が聞こえる。

 はっと我に返ると、父はオパールの心を読もうとでもしているかのように、じっと見ていた。


「あ、あの……では、時期がくればあの土地は開発できるのですよね? だとすれば、それまできっちり返済を続ければ、領地を維持することは――」

「やめなさい、オパール。その返済金をどこから捻出するつもりだ? まさかお前の財産に手をつけるつもりではないだろうな?」

「ですが、今までも領地のために使ってきました」

「そのことに私が反対しなかったのは、しっかり見返りが――短期的に回収できる投資だったからだ。確かに私もマンテストの土地購入については考えた。開発が難しいことで、かなりの安値になっていたからな。しかも、私なら融資を受けずとも購入できるだけの資金がある。だが、今の我が国の技術力では開発に着工するだけで少なくとも五年はかかるだろう。そこから鉄道を引くのに早くて五年。あの土地が不良資産から優良資産に変わるだけでも十年はかかるんだ。そこからようやく投資資金の回収が始まる。もちろん先のことを全て読むことはできない。それでも今の段階では順調にいっても利益を生み出すのに二十年だ」

「二十年……」

「要するに、全て順調に進んで投資金を回収できたとしても、その時に私が生きているかどうかさえ怪しいのだよ。別に私はお前たちに金を遺すのを渋っているわけではない。私は単に自分の目で成功を見届けたいのだ。実際、投資家とはそんなものだろう。そして、あの土地を購入し開発できるだけの資金を持っているのは、老いぼればかりだということだな。……オパール、悪いことは言わない。かなりの損失ではあるが、マクラウドには早々にマンテストの土地を手放すように勧めるべきだ」


 すっかり黙り込んでしまった娘を見て、伯爵は大きく息を吐き出した。

 伯爵が反対しても聞かなかったのだから、オパールが反対してもヒューバートは聞き入れないだろう。

 二人の結婚は間違いだったとずっと後悔していた伯爵は、娘のためにも無謀な計画を立てている公爵に少し手を貸してやろうと決めた。

 しかし、その前に確認しておくべきことがある。


「どんなにマクラウドが財産を作ろうとも、今はそれを継ぐべき子供がいない。お前が公爵夫人としての最大の務めを果たすつもりがないのなら、お前たちは離縁するべきだろう? マクラウドはどういうつもりなんだ?」

「さあ、それは私にはわかりません。今までにも、他の方との結婚を望まれるのなら離縁すると、土地は継続して売ると申しているのですが、その様子もありませんし……。身分に問題のある方なら、その方との子を私の子とするのもかまわないと申しております。気の毒ではありますが、その方には乳母になってもらえばいいのではないか、と」

「……そうか。マクラウドはともかく、お前の考えはよくわかった」


 そう言うと、伯爵は真っ直ぐにオパールを見つめた。

 その視線には強い意志が宿っており、オパールは怯みそうになるのを必死に堪えていた。


「とにかく、マクラウドが破産しようがそれは自業自得だ。お前が失うものは書類一枚で手に入れた公爵領だけなのだから、これ以上手を出すことはない。結果が出るまで待っていなさい」

「では……では、最後に一つだけお願いがあります」

「何だ?」

「この開発が上手くいかなかったとして、公爵領からの収入が融資の返済に足りない場合――公爵領が売りに出された時は、お父様が購入してください」

「……馬鹿馬鹿しい話ではあるが、マンテストの土地に投資するよりは余程賢い選択だろう。――わかった」

「ありがとうございます!」


 援助を受けることはできなかったが、どうにか最悪の事態は免れて、オパールはほっとしながら書斎を後にした。

 確かに父の言う通り、この先はどうなろうとヒューバートの自業自得であり、オパールが気にする必要はないのだ。

 もう領民の心配をする必要もない。


(何だか、疲れたわ……)


 今まで結婚してから四年近く、あの騒動から七年近く、オパールは虚勢を張って生きてきた。

 その疲れがどっと出てきたようで、オパールはふらふらしながら自室へ戻った。

 そして、部屋に入った途端に激しい眩暈がして慌てて椅子に座る。

 だが気分がすぐれることはなく、そのままオパールは二十日近くもベッドで過ごすことになったのだった。




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