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18.書類

 

 公爵邸へと戻った時には、もうすぐ夕食という時間になっており、執事のロミットや家政婦からは迷惑そうな表情を向けられた。

 それでもオパールは気にせず、夕食はヒューバートたちと一緒にとると告げ、驚くロミットたちにベスを着替えの手伝いに客間へ寄こすようにと命じた。

 ついでに喉が渇いたので、お茶も持ってくるようにと付け加える。

 ロミットも家政婦も怒りを押し隠して、それぞれ動き始めた。


(まあ、まだ怒りを隠そうとしているあたり、マシなのかしらね……)


 客間に入るとしばらくして不機嫌な表情のベスがやって来た。

 しかも持っていたトレイを乱暴に置いたせいで、茶器が甲高い音を立てる。


「ベス、何を苛立っているのか知らないけれど、その茶器が少し欠けでもしたら、あなたに弁償できるの?」

「旦那様は私たち使用人の失敗を咎められたりなどなさいません」

「普通の失敗ならね。でも、故意的に乱暴に扱って割れてしまうようなことがあれば、ここの主人は喜ばないと思うわ」


 オパールの言葉にベスは何も言わなかったが、反抗的な視線がその心情を物語っている。

 どうでもいいのでオパールはかまわずにお茶を一口飲み、顔をしかめた。

 途端に、ベスがしてやったりといった表情になる。


「あなたは、お茶も満足に淹れられないの? これはとても渋いわ。しかもぬるい。このようなことが続くのなら、転職先を探したほうがいいわよ。その時には紹介状にしっかり書いてあげるわ。お茶を淹れるのは下手ですってね」

「な、何を偉そうに……」


 もう我慢することをやめたオパールは、ベスに向かって居丈高に告げた。

 今まで使用人に対して、このような態度を取ったことはなかったが、公爵邸の者たちには気遣いも何も必要ないと思ったのだ。

 ベスは顔を真っ赤にして口答えしかけ、それをオパールは片手を上げて制した。


「実際、私は偉いのよ。身分云々ではなく、私はここの女主人で、あなたはここで雇われているのだから。それを認めたくないのなら辞めればいいわ。その場合、どこかの街角で会おうと、どこかのお屋敷で会おうと、私とあなたは関係ない。だからもう、私に偉そうに言われることもないのよ。さあ、どうぞ好きになさい。私は今日の夕食に緋色のドレスを着るけれど、用意するの? しないの?」


 ベスは青ざめ震えていたが、最後通牒のようなオパールの言葉を聞いて、悔しそうに衣裳部屋へと入っていった。

 そして黙々と準備を始める。


「そうそう。後でロミットたちに私のことを言いつけるのなら、ついでに伝えてほしいことがあるの。夕食後のお茶の席で、私は旦那様とノーサム夫人に大切な話をするわ。でもそれはあなたたちにも関係あることだから、ロミットだけでなく興味のある者たちは誰でも居間にいらっしゃい、と」


 笑みを含んでオパールが告げると、ベスは痛むほどに強くオパールの髪を梳いていた手を止めた。

 主人たちの会話に使用人の誰でも同席していいと聞いて、訝しんでいるようだ。

 しかし、鏡の中でオパールと目が合うと、きゅっと唇を引き結んで頷いた。


「……かしこまりました」


 少しの間を置いて、ベスは小声で了承の意を伝えた。

 今までにない強気な態度のオパールに、ようやく異変を感じたらしい。

 だがもう、オパールは覚悟を決めたのだ。

 ヒューバートはもちろん、ノーサム夫人にも使用人たちにも、オパールがこの状況に甘んじているつもりはないことを知らせなければならない。

 態度を改める者たちには寛大な処置をするつもりもある。

 オパールはこれから起こるであろう騒動に怯みそうになりながらも立ち上がり、夕食の席へと向かった。


 部屋に入ると、先に席に着いていたヒューバートは立ち上がりはしたが、席までエスコートすることはなかった。

 ノーサム夫人は座ったままだが、オパールは気にすることなく、ヒューバートの流行の上着を見て、服も仕立て直したのだなと、どうでもいいことを考える。

 そして席に着いたオパールに、ヒューバートがさっそく攻撃を始めた。


「あなたは何様のつもりなんだ? 先ほど、ベスを解雇すると脅したそうだな?」

「ずいぶん、お耳が早いのですね? ですが、その情報は間違っております」

「どういうふうに?」

「脅したのではなく、本気ですから。以前より思っておりましたが、こちらの使用人は私情に左右され、己の職務を全うしておりません。ベスについては何度か注意しても直りませんでしたので、これが最後だと勧告を行ったまでです」

「何を……あなたにそんな権利は――」

「あります。私はこの屋敷の女主人です。本来、使用人をどうするかの裁量は私の仕事であり、旦那様が気になされるようなことではございません」

「なっ……」


 きっぱりと言い切ったオパールの態度に、今までよりも強い意志を感じたのか、ヒューバートは言葉を詰まらせた。

 それまでほくそ笑んで成り行きを見ていたノーサム夫人はぽかんと口を開けている。

 給仕のメイドと従僕は顔色が悪く、ワインを注いでいた執事のロミットも手の震えを抑えるためにか、一度ボトルをグラスから引いた。

 その状況に気付いて、ヒューバートは咳払いをする。


「――このような話を皆の前でするべきではない」

「始められたのは旦那様です。それに、すでにお耳に入っているようですから、お伝えする必要はないかもしれませんが、この食事の後に居間で大切なお話があります。ベスにも伝えておりますように、この屋敷の使用人たちにも関係することですので、興味のある者は集まっていただきます。どうぞ、お気を悪くされませんようにお願いいたします」

「いったい何を……」

「それは、後ほどおわかりになります。今は食事を楽しむべきでしょう」


 今まで公爵という肩書に守られ、これほどに強く他人から言われたことがないのか、ヒューバートは結局それ以上は何も言わずに食事を進めた。

 しかし、どうしても気になるらしく、ちらちらとオパールを窺う。

 ノーサム夫人も食事が喉を通らないのか、皿の上の料理はほとんど減っていない。

 オパールは他の二人とは違ってしっかりと食事をとった。


「では、私たちは先に居間でお茶をいただきましょうか?」

「え、ええ……」


 食事が終わり、オパールが立ち上がって声をかけると、ノーサム夫人は不安そうに頷いた。

 すると、ヒューバートも立ち上がる。


「今日は私もこのままお茶をいただこうと思う」

「……そうですか」


 オパールの話を早く聞きたいのか、ヒューバートはお酒などを楽しむ時間を惜しんでいるようだ。

 しかし、オパールはこの話し合いに必要な大切なものを取りに、一度部屋へ戻るつもりだった。


「ノーサム夫人、私は一度部屋に戻ってあるものを取ってきますので、お茶の用意をお願いしてもいいかしら?」

「え、ええ。わかりました」


 ノーサム夫人はおどおどした様子で答え、ヒューバートは不審げに目を細める。

 オパールはその視線を背に受けながら部屋を出て客間に戻り、軽くなった鞄から数枚の書類を取り出すと、居間へと入った。


「お待たせして申し訳ありません」


 居間にはすでにロミットや、家政婦、ベスなどの侍女やメイドと従僕が数名立って待っていた。

 ヒューバートとノーサム夫人はソファに座っており、お茶には二人とも口をつけていないようだ。

 オパールはもう一つ用意されたカップの前――ヒューバートの向かいに座ると、さっそく切り出した。


「昨日より、このお屋敷はもちろん、公爵領地、領地にある領館などの公爵家の財産は全て私のものとなりました。――というわけで、あなたたちには五日の猶予をあげるから、その間にここを出ていくか、残るか決めなさい」


 最初の言葉をヒューバートとノーサム夫人に向けて、次に使用人たちに向けて、オパールは宣言した。

 途端にヒューバートが怒りをあらわにする。


「何を馬鹿なことを! 確かに、ここは――公爵家はあなたの持参金によって持ち直した。だからといって、あなたには何の権利もない! 愚かなことを言って、皆を動揺させるな!」

「持ち直した? それは違います。公爵家は私の持参金によって、一時的に凌いだだけです。今までも『来年こそは』というオマーの言葉を信用なさって、ご領地を担保にお金を借りて凌いでおられたようですが……。その金貸しはよほど口の堅い者なのですね? ですが、このままだと近いうちに、再び借金をしなければならなくなるでしょう」


 使用人たちの前で恥をかかされて、ヒューバートは屈辱で顔を真っ赤にしていた。

 対して、オパールはあくまでも冷静だ。

 そんなオパールの冷ややかな表情を目にして、ヒューバートはますます怒りが募ったらしい。

 今までになく声を荒げて命じた。


「出ていけ! あなたとはもう離縁する! 今すぐここから出ていけ!」

「旦那様、離縁されるのでしたら、出ていくのはあなたのほうです。昨日の午後、旦那様は全ての土地屋敷を私に譲渡するとの書類に、署名なさったのですから」




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