080.お兄ちゃん、実家の風呂に浸かる
「うわぁ……凄く広いお風呂です!!」
ルーナが嬉々とした表情でファンネル家の浴室を見渡している。
そう、見渡している、だ。
もくもくと湯気が立ち上る風呂は、壁まで見通せないほど驚くほど大きい。
おそらく、国中探しても、こんなに巨大で豪華な浴室を有している貴族などいないだろう。
そんな王族でもびっくりするほど大きなこの浴室は、風呂好きだった僕の母のために、父がわざわざ後付けで屋敷に建設したもので、総工費はそれこそ屋敷の一つや二つくらいは余裕で建つレベルだろう。
もっとも、生前の母は大きすぎて落ち着かなかったようで、もっぱら隅の方で落ち着いて湯船に浸かるのが好きだったそうだが。
そんな巨大な浴室に驚いたのは、何もルーナだけでなく、同じ貴族であるルイーザですら目を見開いていた。
「公爵家……規格外すぎますわ」
まあ、その感想が普通の感覚だと僕も思うよ。
ってなわけで、そんな風呂場に女子4人。
僕とルーナとルイーザ、そして、ミアも一緒だ。
皆、タオル一枚身に着けただけの姿で、元男の僕にとってみれば、なかなかにむふふな状況ではある。
こうやって見ると、やはりルイーザはかなりスタイルが良い。
僕自身を基準にするのもあれだが、アンダーが細いのか、大きさ自体はあまり変わらないだろうに、やけに胸が膨らんで見える。
そばかすこそあれ、顔立ちも美人な部類に入るだろうし、あのドリルヘアーさえ止めれば、おそらく男性からもっとモテるだろうになぁ。
もっとも、本人にはあまり男性にモテたいという欲はなさそうだけど。
ルーナは小柄なだけあって、身体のパーツも全体的に小作りだ。
乙女ゲームのヒロインの多くは、男性が求めがちな身体的パーツ──胸やお尻があまり強調されていない印象があるが、ルーナもそのイメージに違わず、細く華奢な体型をしていた。
いわゆる少女漫画体型というやつだな。
そして、ミアは、そんなルーナよりもさらに細くて小柄だ。
病気のせいで、あまり外に出る機会もなかったミアは、肌さえもまるで雪のように白い。
とはいえ、その身体を蝕んでいた無数の痣が綺麗さっぱりと消えているのが確認出来て、僕はホッと胸を撫で下ろした。
「セレーネお姉様とヒルト公爵様のおかげで、身体もこんなに綺麗になりました」
僕の視線に気づいていたのか、ミアがそんな風に言って、自然に笑った。
本当にすっかり元気になって……。
思わず涙腺が緩みそうになったが、さすがに客人の前で涙を流すのも憚られ、僕はグッとそれを飲み込んだ。
と、そんな僕の横を通り過ぎるように、ルーナが湯船へと向かって走り出した。
「わーい!!」
「ちょ、ルーナちゃん!!」
広い風呂にテンションが上がったのか、そのまま湯船に飛び込むつもりだ。
おっと、かけ湯もなしに湯船に飛び込もうたぁ、お天道様が許しても、江戸っ子のオイラが許さねぇ!!
「ルーナちゃん!! ストップ!!」
「へっ!?」
覚えたばかりの身体能力強化を使って、慌ててルーナの眼前へと滑り込む。
よし、飛び込み阻止完了!
「入浴にも手順があります! まずは、身体を清めてからですわ!!」
「わ、わかりました! セレーネ様!!」
そんなわけで、公爵令嬢セレーネによる正しい入浴講座の開始だ。
まずは、かけ湯で身体を軽く清めるとともに、水の温度に身体を馴らす。
そして、次は身体を洗っていく。
丁寧に泡立てた石鹸(これも庶民はあまり使わない高級品だ)で、身体の隅々の汚れをふき取っていく。
4人で並ぶようにして背中を流せば、すっかりみんな珠の肌だ。
男ならばここで終わりだが、女の子には一番大事な部分が残っている。
そう、髪だ。
ショートボブ程度のルーナはともかく、ロングヘアーの部類に入る僕とルイーザ、そして、ミアは髪を洗うのにも相応に時間を使う。
「はははっ!! ルイーザちゃん、凄い髪の長さ!! 床まで届きそう!!」
「ちょ、あんまり見ないで下さいまし!! セットしていないとどうにも……」
あのドリルヘアーを解くと、こんなにも長いのか……。
というか、普通のストレートヘアーになると、やっぱりルイーザってかなり可愛いのでは……。
「ミア様は変わった髪色をしていますのね。これも上位貴族のトレンドなのかしら」
「ああ、それは……」
説明しようとして一瞬躊躇する。
ミアは髪の根元の方は黒色をしているのだが、先端の方に行くに従って、徐々に透き通るような水色になっている。
グラデーションのようになった髪は、なかなかに美しいので、見ようによっては確かにわざとそう言った染め方をしているようにも見えるのかもしれない。
「うふふ、トレンドではありませんわ。これも病気の治療法の一環なのです」
話しても構わないというように視線を送ってきたミアから、僕は説明を引き継ぐ。
「ミアの病気は、魔力が際限なく体内で増え続けてしまうというもの。ですから、その治療法の一つに、余剰な魔力を安定的に体外に排出するという方法があるのですわ。そして、その排出手段というのが、髪に魔力を流すという手段なのです」
「髪に魔力を……」
「ええ、ミアはリハビリの末、自身の髪の毛を余剰魔力のコンデンサーとして利用できるようになったんですの。今は先端の方だけが青くなっていますが、魔力がさらに溜まっていくと、徐々にその範囲が広がっていくというわけです」
「髪の毛ですので、いざという時は、切ってしまえば、安全に魔力を体外に放出することもできます」
「なるほど、ですわ。けれど、髪の毛に魔力を貯めておくなんて……考えたこともありませんでしたわ」
実際、最初は僕も半信半疑だったのだが、父の言う通りに訓練を続けると、本当にできてしまったのだから凄いものだ。
母を助けたかった父の想いが、こんな風に他の誰かを助けることになるなんて、ゲームの世界とはいえ、なんともエモいものを感じるなぁ。
「もう飛び込んで構いませんか? セレーネ様!」
「そもそも飛び込むのはダメ。ついでに泳ぐのもダメですからね、ルーナちゃん」
「ええー!!」
なんとも気の抜けたやり取りをしつつも、僕達は湯船に浸かって、ゆっくりと旅の疲れを癒したのだった。
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