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070.お兄ちゃん、感謝を伝える

「本当によく頑張りましたね。セレーネ様」


 感慨深げに言うアニエス。

 剣の師匠と言っても過言ではない存在の彼女に、そんな風に言ってもらえることは、僕にとって何よりも嬉しいことだった。


「同時に、心から申し訳ありません。セレーネ様の珠の肌をこんなに傷つけてしまいました」


 そう言って、アニエスは僕の太ももに出来た青あざに柔らかく触れる。

 彼女の少し冷たい手のひらに触れられて、僕は痛みよりも心地よさを感じていた。


「本気で稽古をつけて欲しいと言ったのは私自身ですから。アニエスが気に病む必要はありませんわ。むしろこの10日間、私の無理に付き合ってくださって、本当に感謝しています」

「セレーネ様……」


 その時だった。

 僕は背中側からグッとアニエスに抱きしめられていた。

 彼女の平均よりも豊満であろう胸の感触が背中越しに伝わって、非常に具合が悪い。


「ア、アニエス?」

「……セレーネ様は、やはり聖女になりたいのですか?」

「えっ?」


 すぐ耳もとで問われた言葉は、少しだけ意外なものだった。


「こんなに必死に試験に臨んでいるのは、やはり……」


 ああ、確かに、自分からこんなにしんどい事をやろうとするのだから、どうしても聖女になりたいと思われるのも当然か。

 いやしかし、実際のところは破滅エンドや恋愛エンドを回避するためだなんて、伝えられるわけもない。


「聖女になりたい気持ちはあります。ですが、それ以上に、私は自分の力を試してみたいのです」

「自分の力を……?」

「ええ」


 それは嘘だった。

 でも、100%の嘘じゃない。

 自分の中には、あのヒロイン──ルーナと全力でぶつかってみたいという感情がいつの間にか存在していたのだ。

 それは、悪役令嬢という役柄を与えられた僕の、世界に対するささやかな反骨心から来るものなのかもしれない。

 破滅エンド、恋愛エンドを回避することが一番の目的なのには変わりないが、お兄ちゃんでも悪役令嬢としてでもなく、セレーネ・ファンネルとして、力の限り彼女と勝負してみたい、そんな気持ちが僕の中には芽生えつつあった。


「私は今まで、どこか自分の事を客観的に見すぎていたような気がします。公爵令嬢として、王子の婚約者として、そして、聖女候補として。でも、こうやって全力で何かに取り組むことで、初めて、ただの自分として、能動的に何かを為そうとしていると感じることができたように思えるのです」

「だから、こんなにも一生懸命だと?」

「ええ、アニエスの満足いく答えではなかったかもしれないけど」

「いえ、そんなことは……」


 ゆっくりと腕を解いたアニエス。

 僕は彼女の方に振り向くと、笑顔を向けた。


「だから、本当にアニエスには感謝しているのです。私がしたいと思ったことに、いつだってあなたは全力で協力してくれました。あなたのおかげで、私は、私でいられる気がするのです」


 本当の目的を伝えようのないもどかしさ。

 それでも、少なくとも自分が彼女に対して感じている信頼や感謝が伝わるようにと、私はアニエスの手を自分の両手で包んだ。

 彼女は俯きながら、その手をじっと見つめている。


「本当に……本当に……勿体ないお言葉です。私にとっても、セレーネ様といられることは、いつの間にかこれ以上ない喜びになっていました」


 ゆっくりと視線を上げたアニエスの頬は、どこか紅潮しているようだった。


「私は、セレーネ様が何者になろうと構いません。必ずお傍にいます。いえ、ずっとお傍にいさせて下さい」


 まるでプロポーズのようなその言葉に、僕の方も思わず顔が火照ってくる。

 アニエスは本当に真摯で、誠実で、心の綺麗な人だ。

 いつかきっと、破滅エンドを回避したその時、本当の意味でのただのセレーネ・ファンネルとして、僕は彼女と過ごすことができるだろうか。

 そんな未来へと思いを馳せるようにして、僕は、アニエスの長くて綺麗な髪をゆっくりと手で梳いた。


「アニエス。今日は、私にもあなたの背中を流させて下さい」

「そ、それは…………いえ、是非、お願いいたします」


 裸の付き合いだ。

 アニエスもそれをわかってくれたのか、最初は戸惑いながらも、首を縦に振ってくれた。

 背中を向け、長い髪を身体の前へと流したアニエス。

 しなやかに鍛え上げられた美しいその背中を、僕は一回一回感謝を込めて、丁寧に磨き上げた。

 この10日間。いや、2年間、彼女から教えてもらったこと。

 それを最大限出せるよう、全力で試験に臨むことを僕は改めて誓うのだった。

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