056.お兄ちゃん、手合わせする
「はて……」
目の前には、半裸で木剣を構えたレオンハルトがいた。
同じく僕の手にも木剣。
そして、そんな相対する僕らのちょうど真ん中では、アニエスが僕らのことを見守っている。
えーと、どうしてこうなったんだっけ。
そうそう、レオンハルトとトレーニング談議をしている最中、どうせなら一度胸を借りてみないか、という話になったのだった。
つまるところ、僕の剣士としての腕前をレオンハルトに見極めてもらおうというのだ。
いや、確かにそれは有益な事かもしれないけども、レオンハルトの少年漫画じみた筋力に驚かされたばかりだ。
見た目はイケメンだが、肉体に宿っているのはもはやゴリラだ。正直、怖い。
「俺からはもちろん手は出さない。思いっきり打ち込んでくればいい」
「わ、わかりましたわ……!!」
まあ、彼は基本的には紳士なので、本当に言ったことは守ってくれるだろう。
しゃあない。ここは一つ、全力でやってみよう。
邪魔にならないように纏めていたポニーテールを結いなおすと、僕は木剣を両の手で構えた。
「良い構えだ。さすがアニエスから学んだだけのことはある」
「行きます!!」
じわじわと距離を詰め、僕は大上段から木剣を振り下ろす。
僕がアニエスから教えてもらった剣術は、騎士団流の剣術であり、盾を持たない。
そもそもこの世界には、魔法というものが存在するせいか、前世の西洋剣術とは大きく異なるようで、どちらかというと和風の剣術に近いのだ。
両腕で剣を持ち、真っ向から振り下ろしたその剣をレオンハルトは片手で持った剣で受け止めた。
びっくりするほどビクともしない。
やはり、根本的な筋力が違いすぎる。
「どうした、セレーネ。もっと全力でいいぞ」
「あ、煽っていらっしゃいます?」
若干、カチンと来た僕は、全力で突きを繰り出す。
僕が剣術を習い始めたそもそものきっかけは、ある程度、自衛の手段を持っていた方が良いという考えからだ。
邪教徒に襲われた時に、自分でも多少は対処できる力を身に着ける。
だから、力では劣っていても戦えるようにと、アニエスはそういった技を重点的に教えてくれていた。
非力な自分では、真っ向や袈裟斬りなど、剣身を使った線での攻撃は、今みたいに受け止められてしまう可能性が高い。
だが、突きならば、一点に力を集中させることができる。
「実利的な剣だ。いいな」
僕が全力で放った諸手突き。
けれど、彼はそんな全体重を込めた攻撃を、剣の峰で簡単に受け流してみせた。
「わわっ!?」
そのまま勢いあまって倒れ込もうとする僕を、レオンハルトがその逞しい腕で抱き留める。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
一応返事こそできたが、僕の頭は完全に茹っていた。
完全な密着状態。
しかも、レオンハルトは半裸だ。
細身ながらも、驚くほどに鍛え上げられた大胸筋が僕のすぐ目の前にある。
それを見るにつけ、なぜだか顔が熱くなってくる。
「どうした? 怪我でもしたか?」
僕の様子を心配したらしい彼が、顔を覗き込んでくる。
2年前はほとんど変わらなかった身長が、今では頭一つ分近く彼の方が大きい。
下から見上げることになった彼の顔は、接近戦に十分耐え得るほどに超絶的に美形だった。
そ、そして、仄かに香る汗の匂い。
こ、こんなん反則じゃない……?
「だ、大丈夫ですから!!」
慌てて、レオンハルトから離れた僕は、ふぅ、と深呼吸をした。
ダメだ。
あまり攻略対象に近づきすぎるのは危険だ。
また、強制力のせいか、心臓がバクついてしまう。
「まだ、元気はありそうだな」
「と、当然です!」
「では、次に行くか」
そうして、いつの間にか、完全なガチ稽古へと突入した僕らの試合は、結局一太刀もまともに浴びせることができないまま、僕の体力が先に尽きてしまった。
「はぁはぁ……」
芝に倒れ込み、肩で息をする。
さすがに剣戦で入賞しただけのことはある実力だ。
もはや、一般人に毛が生えた程度の僕では、ハンデがあってもどうにもならない。
「身を護る分には十分な実力だ。アニエス、よくセレーネに指南してくれたな」
「いえ、セレーネ様の筋が良かったものですから」
一応、そう言ってくれるあたり、レオンハルトの実力がいかに天上にあるのかわかるというもの。
アニエスに助け起こされた僕は、水分補給をし、ようやく膝に手を当てて立ち上がった。
「はぁ、これでは聖女試験が思いやられますわね……」
「聖女の試験にも剣術があるのか?」
「あ、はい、そう聞いています」
言ってしまってから、少しマズいことに気づく。
妹の話では、聖女試験の内容については、試験官であるあの人から、直前に伝えられることだそうだ。
本来のセレーネはもちろん、ルーナも、まだ試験の内容を知っていてはおかしいのだ。
とはいえ、聖女試験のレギュレーションなんて、それこそ当の試験官と前任の聖女様くらいしか詳しくは知らないだろうし、直接的に関係のないレオンハルトにそれを伝えるのも、そこまで問題ではないか。
「ふむ……」
と、僕のそんな考えとは裏腹に、なぜだか、レオンハルトは何かを考えるように視線を明後日の方向へと向けていたのだった。
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