034.お兄ちゃん、聖女と呼ばれる
「もしかして、あれは……」
「ああ、白き魔力を使った」
「間違いない」
「セ、セレーネ様は……!?」
「聖女様だ」
「えっ?」
集中していたせいか、額ににじんだ汗を拭こうとしたその耳に、周囲のざわめきが飛び込んでくる。
あ、やばい。
今更だが、人前で聖女としての力を使ってしまった。
聖女候補であるうちは、王族と教会関係者以外の前では、口外しないようにという話だったのに、口外どころか、実際に使っているところを見られてしまった。
これだけ多くの貴族たちの前で、だ。
「え、えーと……」
「凄いですわ!! セレーネ様は聖女でいらっしゃるのですね!!」
いつの間にか近くにいたルイーザが、大きな声でそう言ったことが皮切りになった。
ホールは、突然舞い降りた聖女と思しき少女の魔法に、大歓声を上げたのだった。
「はぁ……お父様、申し訳ありません」
散々、様々な人々からの賞賛の声を浴びた僕は、見かねた父に連れられる形で、公爵家にあてがわれた休憩室へと戻っていた。
「正式に聖女として認められるまでは、他の方々には知られないように、と仰せつかっていたというのに」
「ああ、可愛いセレーネ。君が気に病む必要はない。優しさからの行動を、誰が咎められようか」
父は、ふふっと、鼻で笑うと、なぜだか少し上機嫌だ。
「お父様、もしかして、喜んでます?」
「さあてね。まあ、自慢の娘が賞賛されている姿を見るのは、悪い気はしないさ」
どうやら、僕が、周囲から一目置かれるような状況になったのが、事の他気持ち良かったらしい。
まあ、自慢の娘が、ちやほやされている姿を見ると、親としては嬉しいのか。
「そ、それで、あの……」
「わかっているさ。あのミアという娘に罰を与えることはしない。愛娘を命の危険に晒したことは許せないが、彼女の事情も子爵から聞いた。それに、せっかくのセレーネの尊い行動を無駄にしたくはないからね」
「お、お父様……!!」
うーん、厳しいところもあるけど、やっぱりこういうところは良い人だよな。
「大好き!!」
「こ、こら、セレーネ。も、もう、パパ困っちゃうなぁ」
ついには自分の事、パパとか言い出した。
なんとなく、父様ではなく、本当はパパと呼んで欲しいのが垣間見える。
「あ、あの、父様。ミアをお見逃し下さって、ありがとうございました」
私の横に座っていたフィンが、丁重に頭を下げた。
「あくまで、セレーネのためだ。お前が頭を下げることではない」
「でも、やっぱり、彼女の元兄として、感謝します。ありがとうございました」
真摯な姿勢で頭を下げるフィンの姿を見ていると、いかに今回の処置が寛大かがわかるというものだ。
「お前は律儀だな。フィン。しかし、そういうところも信頼が置ける。立派な後継ぎとして育ってくれて、私は嬉しいよ」
「父様……」
この半年の生活で、父様は、すっかりフィンを跡取りとして認めたようだ。
彼に向ける視線には、僕に向けるのと同じ、家族としての親しさがにじみ出ていた。
「それでな。フィン。あの後、マイヤー卿と話をつけた。あのミアという娘、うちで引き取ろうと思う」
『えっ!!!?』
あまりに驚きすぎて、口調がハモる僕とフィン。
「で、でも、ミアは……」
「ああ、あの娘の侵された病気。あれは、おそらく妻の命を奪ったものと同じ病気だ」
「え、えっ?」
ミアが、母様と同じ病気だって……?
「市井の娘ながら、魔力を持っていた妻は、時折あの子のように魔力を暴発させることがあった。身体の中で魔力が増幅されていくせいで、体調がずっと優れなかったのも同様だ」
「えっ、だとしたら、ミアは……」
「ああ、放っておけば、妻のように長くは生きられないだろう」
父の言葉に項垂れるフィン。
だが、僕はわかっている。
父の話にはきっとまだ続きがある。
「だが、助かる可能性は十分ある」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、私は当時、妻を助けるために方々から知識を集めた。だが、治療法を見つけた時には、妻にはもうそれを受けるだけの体力が残っていなかった。しかし、まだ、年若い彼女なら、十分に治療を受ける体力があるはずだ」
「じゃ、じゃあ……」
「ああ、彼女は、君の妹は助かるよ」
再び泣き出すフィン。
「良かったですわね。フィン」
「はい……!! 本当に……本当に……!!」
「しかし、ミアがうちに来るということは、また、家族が増えてしまうということですわね」
「妹が増えるのは嫌かい?」
「まさか、大歓迎ですわ」
妹ができるのは初めてじゃないしね。
色々あったが、とりあえずは丸く収まったといったところかな。
馬車の窓から空を見上げる。
ぽっかりと浮かぶ紅と碧の月。
今日はそれが、やけに近く感じる。
「あれ、もしかして……」
「どうしたました。姉様?」
「ううん、なんでもないの」
首を振るう。
もしかしたら、今日はあの日なのかもしれない。
さあ、僕の"初代"妹に、これまでの経緯を話すとしましょうか。
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