平凡な俺が、エリートな今の恋人と、エリートになった告白を断った幼馴染と、チームを組むことになった件
「え!? 落ちこぼれの俺が特殊任務部隊の隊長にですか!?」
訓練校の卒業時の成績もギリギリで、今でも現場ではMOAのパイロットとして、小隊長や先輩にどやされてばかりいる俺"神月 碧"には、にわかに信じられない人事が下される。
しかもそれを伝えにきたのが俺の所属する日本共和軍の軍人からではなく、国連軍参謀本部からやってきた白石特務大尉なのだ。
国軍から国連への出向者は大体エリートが……というのが、相場なのだが……
「なんだ不満か?」
「いえ! 過分なご差配が俄かに信じられず動揺してしまいました!」
「貴様が信じようが信じまいが、これは参謀本部の決定事項だ」
「はっ!」
「出向するのは貴様だけではない。あと2名、貴様に随伴する者がいる。入れ!」
白石特務大尉が声を上げると。扉が開いた。
なんだかとても感じたことのある、二つの気配。
まさか……!?
「花形 あのん少尉。本日ヒトサンマルマルをもって国連参謀本部への出向を命じる」
「はっ!」
白石特務大尉へ凛々しく敬礼するも、一瞬の隙をついて、俺の方へチラッと青い瞳で視線を寄せてくる金髪の可愛いこの子こそーー"花形 あのん" 今、俺が所属しているMOA隊のエースで、長い金髪に、青い瞳、ご立派な胸が特徴な、自慢の恋人だ。
世の中、侵略生物ジュライ&ペストとの戦争で、愛とか恋とかいっている場合じゃないのはわかっている。だけど、俺たちはせめて、人類の自分達の未来を信じて、付き合うことにした。
平和が訪れた際には、幸せな家庭を築こうと約束している。
まぁ、この意思が芽生えたのはごく最近のことで、以前は愛とか恋とか諦めていたんだけど……だから、そんな過去の自分が、今の俺を、大変な事態に落とし込めようとしている。
なぜかと言えば……
「木下 いつみ少尉。花形少尉と同様の命令を下す。神月、花形と共に人類の栄光を勝ち取るために励め」
「は、はいっ!」
久々に見たいつみのおどおどした態度に懐かしさを覚える俺だった。
そういや、いつみも配属先の隊で大活躍しているらしい。
だから国連軍への出向者に選ばれるのはわかるんだけど……どうしてこうなった!?
この黒髪ショートカットで、スレンダーな美少女、木下 いつみは俺の幼馴染だ。
そしてMOA搭乗者訓練校入校前に、ずっと俺のことが好きだった告白された。
しかし今のご時世、愛とか恋とか言ってられないとのことから、告白を断ってしまった相手である。
「以上3名はこれより国連軍参謀本部直轄の実験部隊"T01"として、作戦へ参加してもらうこととなる。よろしく頼むぞ」
昇進は歓迎すべきことだけどーーどうして今の恋人と、告白を断った幼馴染とチームを組まにゃならんのだ!?
●●●
「改めて……花形 あのんです! よろしくね、いつみさん!」
「あ、ええっと、はい……花形さん……?」
「いいよ、あのんで! 私たち同い年だし、チームだし、任務の時以外はフランクに行こうね!」
新たな配属先である国連軍横須賀基地へ向かう輸送機の中。
なぜか俺を挟んで座るあのんといつみは目の前で、固く握手を交わしていた。
正直、今のこの状況をどう飲み込んで良いか困惑している俺である。
「にしても、碧くんとまた一緒の隊だなんて嬉しいよ! やっぱ、私たちって離れられない運命なんだねっ!」
あのんは一応周りの目を気にしつつも、俺の左腕に抱きついて、大きな胸を寄せてくる。
「お、おい、あのん! 離れろって! こんなところじゃまずいだろ!?」
「大丈夫、誰もこっち見てないから♩」
「だけどよ……」
いつみ以外はこっちを見ていないけど……いや、この状況はいつみには特に見られたくない状況なのだが……
「あ、あのっ……! あのんさんと"おいくん"の、その、ご、ご関係って……?」
おい、いつみ! 今、その呼び方やめろ! と言いたいが、もう遅い……
「おいくん……?」
やっぱり何かを感じ取ったあのんは、俺へ怪訝な表情を向けてくる。
「あーいや、その、いつみとの関係は……」
「いつみぃ? もしかして、いつみさんと碧くんってお知り合い?」
俺もうっかり昔からの癖で"いつみ"と言ってしまった。
まずいぞ……あのんが、ますます疑問を顔に浮かべて、俺のことを見始めている……!
「あ、えっと、ぼ、僕とおいくんって、昔は近所に住んでて、良く一緒に遊んだりとかしてたんです。だから、その、つい懐かしくて昔みたいな呼び方しちゃって……」
おお、いつみナイス! 確かに間違ってはいない!
「ところで、あのんさんと、おいくんのご関係って?」
おいおい……ようやく状況が落ち着いてきたのに、やっぱりそこを聞きたいのか、いつみよ……
「ここだけどの話だけど……付き合ってるんだ私たち」
「そう、なんですか……やっぱり……」
そして明らかに落ち込んだ表情をみせるいつみだった。
そりゃ、告白を断った幼馴染が、他の人と付き合ってるって聞けば、そうなるわな……。
「ね、ねぇ、碧くん、これってどういうこと……?」
あのんも女の勘でなにかを察知したのだろう、俺にそっと耳打ちをしてくる。
「これはその……」
やはり言うべきか? これから戦場で背中を預け合うもの同士、こう言った話は早めに解決しておくべきか!?
と、そんな中、突然輸送機が激震に見舞われた。
機内の赤色灯が灯り、警報が鳴り響く。
窓の外に見えたのは並行飛行する、トンボのようなドラゴンのような人類の天敵の片割れーーペスト。
「この機はもうダメです! 神月少尉はMOAで降下し、脱出してください!」
「で、でも!」
「あなた方をここで失うわけには行きませんし、これが我々の任務です。さぁ、急いでください!」
随伴の軍曹がそう促してくる。窓の外ではあのんやいつみのMOAを積んだ輸送機もペストの強襲を受けている。
「りょ、了解です! 行くぞ、あのん、いつみ!」
「「了解っ!」」
俺たち3人は迷わず輸送機の格納庫へ向かってゆく。
出向組がまだ成果を挙げず戦死してしまうなどあってはならならないことだ。
それに俺はまだしも、あのんもいつみも人類が勝利するためには、必要な人材なのは誰が考えても明らかだ。
俺たちはすでに降下準備が完了している10式MOA「烈火」へ、3人で乗り込んでゆく。
MOAとは「Mobile offensive armor」の略称の全長15メートルの人型機動兵器で意思伝導式人工筋肉「フリージア」を搭載した、人類がジュライとペストに唯一対抗できる手段だ。そしてこの「烈火」は国産初のMOAであり、最新式。俺がかつて乗っていた90式「焔」とは一線を画する。
「し、しっかり体を固定しろよ?」
「うんっ!」
「んっ!」
そして脱出のためとはいえ今の恋人のあのんと、かつて振ってしまったいつみがMOAの操縦席内で俺にしがみついている……
あのんの巨乳はいつもながら柔らかいが、いつみも小さいながらもしっかり成長していて……ああ、もう! なんなんだよ、この状況!
……と憤っている中、格納庫へ火の手が回る。
そろそろ脱出しないと、随伴軍曹たちの厚意を無駄にしかねない。
「降下しますっ! ハッチ開けてください!」
『今、開けます! ご武運を……! 日本の、人類の未来を頼みますっ……!』
オペレーターの胸の詰まるような言葉と同時に、輸送機のハッチが解放され、機体の固定ベルトを解除された。
カタパルトが動き出し、俺たちを乗せたMOAは大空へ投げ出される。
幸いペストは輸送機の破壊に夢中なようで、落下する俺たちや機体には全く関心を示さなかった。
そして輸送機は空の藻屑となって消えてゆく。
俺は輸送機スタッフの冥福を祈りつつ、彼らの厚意に報いるためにも、MOAを安全に降下させるべく操作を開始する。
パラシュートにジャンプブースターの逆噴射、そして人工筋肉【フリージア】を用いて、難なく森林地帯の開けた場所に着地することがでできた。
だが、あのんといつみの2人は、未だ俺にくっついたままだった。
「つ、着いたから、そろそろ離れてくれない……?」
「ごめん、さすがに降下はびびった……! もうちょっとこのままで……」
いつも元気なあのんが少し震えているので、そのままにしておくことにした。
「おいくん、僕も……」
いつみも俺にしがみついたまま、離れる気配をみせない。
「とりあえず、2人の機体のところまで行こうか……」
男冥利に尽きる状況なのだが、なんとも言えない複雑な心境で、俺は2人をそれぞれの機体に乗せてゆくのだった。
「各機状況を報告せよ」
『あのん機問題なーし! 絶好調だよ! いつみさんは?』
『あ、うん、こっちも問題なし……えっと、現在地調べておいたから、データリンクします……!』
いつみ機からデータが送られ、現在地がかつて大きな街だったことが示唆される。
『半年前まではこの森は無かったと……となると、ここヤバイね』
『んっ。どう考えても、ここはジュライのダンジョンの中……』
『ここさえ3人で切り抜けられれば大丈夫だよ! ここから10キロ先に国連所属の補給基地があるし、そこへの緊急通信は入れといたから!』
『さすが、あのんさん……!』
『いつみさんが迅速に位置データを調べて送ってくれたからだよ!』
俺よりも遥に優秀な2人は、着々と脱出の算段を練っている。
なんでこんな優秀な2人の指揮官に俺なんかが任命されているんだろ……
『ってことで、良いよね碧くん?』
『僕もあのんさんに賛成。あとはおいくんの判断だけだよ?』
「じゃあそれで。縦型移動隊形で移動。ポジションはこれまでのもので」
『『了解っ!』』
長刀と円盤状の回転鋸などといった近接格闘装備のあのん機を前衛、多目的発射機構と両手に36mmマシンガンを装備した後方支援型のいつみ機を後衛、ジュライへのとどめの兵器である91式炸薬注入杭を装備した俺の機体を中心に据え、行軍を開始する。
『碧くん、ちょっと良いかな』
と、行軍中にあのん機より、俺へ映像通信が入ってくる。
珍しくあのんの青い瞳が弱々しく震えている。
「どうかしたか?」
『その……こんな時に聞くことじゃないかもしれないけど、やっぱりはっきりとさせておきたくて……』
「……いつみのことだろ?」
あのんの金髪がかすかに揺れた。
『うん、ただの幼馴染じゃないよね?』
「……告白されたことがある。軍に入る前だけど……」
『そうなんだ。付き合ったの……?』
「いや、断った。前の俺、だったから……」
いつみの想いを振り切った時、俺はどうしようもないガキだった。自分のことで精一杯で、人を想う気持ちが欠如していた。
それはつい最近まで続いていたのだけれど、そんな俺を変えてくれたのが、あのんだ。
あのんと出会い、心を通わせたことで、俺は人として一段階成長したように感じている。
『久々にその……いつみさんと、会ってどう……?』
「どうって……」
何を緊急を要するときに、甘っちょろいことを考えているのだと思う。
その時、機内へ緊急アラートが響き渡る。
「各機警戒せよ! ジュライが来るぞ!」
それぞれの機がその場に立ち止まり、臨戦体制を取った。
そして程なくして、周囲から無数の緑の触手が湧いて出る。ジュライの蔓だ。
ーー1983年7月、ペストよりも先に、巨大植物ジュライはこの星に現れた。
ジュライは母樹と呼ばれる巨大植物を中心に、陣地である密林のような"ダンジョン"を形成。
そこへ侵入してくる、あらゆる存在を大小様々な蔓によって攻撃してくる。
ジュライの目的は未だ不明。しかし2020年台の現在、日本は西方面を、世界ではユーラシア大陸のほとんどが、この巨大植物の制圧下に置かれてしまっている。
『母樹確認。距離3000! どうする碧くん!』
あのん機は長刀と回転鋸を駆使した鮮やかな斬撃でジュライの蔓を切り裂きつつ、判断を仰いできた。
『強行突破して補給基地に向かうのもありだけど、僕はおいくんの判断に従うよ!』
いつみ機はマシンガンと小型ミサイルで、あのん機を援護しつつ、そう聞いてくる。
やっぱりこの2人はすげぇよ。初対面なのにこんなにまで連携が取れてて。
そんな2人をこんなところで失うわけには行かない!
「このまま逃げ切ろう! たった三機で無理に戦う必要はない!」
『だね! ペストも出てきたら最悪だし、さすが碧くん!』
『行こう、おいくん!』
方針が決まった俺たちは、ジュライの蔓を切り裂きつつ、先へと進んでゆく。
危険を避けての行軍となるため、母樹を叩くルートよりは遠回りになる。
それでも蔓が密集している母樹付近を通るよりは遥にマシだ。
レーダー上の母樹表示から俺たちはどんどん離れてゆく。
離れるたびに発生する蔓の量も減少するはずなのだが、なぜか密集度合いが減ってゆかない。
まさかーーと思った、次の瞬間、機内に警戒アラートが響き渡る。
『ーーーーっ!?』
「いつみ!」
『いつみさん!?』
ヘッドデバイスを通じていつみの息を呑む声が聞こえた。
そしてほぼ同時に、地面から巨大なジュライの母樹の影が、俺とあのんの機体に落ちてくる。
どうやらこのダンジョンの支配者であるジュライは地下茎を、俺たちの想像を超える広い範囲にまで拡大させていたらしい。
更に最悪なことに、母樹の天辺が開き、赤い不気味な花が開く。
すると、花に惹かれて、レーダー上には無数のペストの反応が現れた。
しかし今逃げれば、俺だけはまだ助かる可能性はある。だけどーー
『おいくんっ! 僕のことは良いから、早くあのんさんと逃げて!』
ジュライに囚われ、身動きの取れないいつき機から切羽詰まった声が送られてきた。
『ちょっとだけでもね、おいくんにまた会えたの嬉しかった! 昔みたいに柔らかい顔をしてるおいくんの顔を見られてよかった! 僕、もう十分!』
「いつみ、お前……!?」
『どうかこれからも、あのんさんとお幸せ……』
『諦めないでっ!』
そう強い声を放ったのは、あのん機。
あのん機は、俺の機体を横切って、いつき機を救出しようと動き出す。
『ああーー!!』
しかしあのん機もまた、突然沸き起こった蔓に絡め取られてしまう。
『おいくん! 逃げて!』
『碧くんっ! 私ももうだめ! だから! いくよ、いつみさん!』
『んっ!』
2人の機体は頭部を母樹へ向け、頭部内蔵マシンガンを発射し始めた。
表皮の硬い母樹にとって12.6m mの弾丸など、焼石に水。
しかし、注意は2人の機体に集中はしている。
確かにこの状況で、俺だけが逃げることは可能だ。
でも、それで良いのかと考えた。
そしてほぼ同時に、俺にそんなことができるのか? という疑問が湧き起こる。
2人を見捨てられない。だけど、2人よりも明らかに実力が劣る、俺が飛び出したところで救出ができるのか。
せっかくの2人が、俺だけでも生き残ってくれてといってくれているのに、その想いを無碍にするのか。
だけど、やっぱりそれでもーー俺は、2人を助けたいと強く願う。
すると、操縦席の背後でどこかのファンが周り始めたような音がする。
「な、なんだこの音……?」
初めて耳にする音に、疑問が湧く。
そういえば、この烈火って……
『なお、貴様らには新型の人工筋肉を搭載した10式を与える。詳しい内容は横須賀で聞いてくれ』
そんなことを白石大尉が言っていた。
ならこれは、その新型の人工筋肉の起動音で、起死回生の一手になるかもしれない!
「ええい! やってやるぞぉー!」
何が起こるかわからないが、俺はとりあえず機体を前進させた。
ふと、鉄の箱の中にいながら、自分の頬が風を切ったように感じる。
それだけではない。まるで機体が足が自分のもののような、機体そのものが自分の体のような感覚を覚える。
ーーこれなら、MOAの操縦があのん・いつみほどに上手くできない俺でもいけるっ!
俺のMOAは華麗にジュライの蔓の応酬を避け続ける。
そして敵の弱点である、地表スレスレの"成長点"へ狙いをロックする。
「枯れて消えろぉぉぉ!」
右腕部に装備した鉄杭を成長点へ叩き込む。
腕部に内蔵されている炸薬が破裂し、鉄杭を押し出すと同時に、"枯渇剤"を一気に流し込む。
途端、ジュライの基幹部がミイラのように干からびた。
周囲にわいていた蔓も、次々と褐色化し、チリとなって消えてゆく。
当然、蔓に囚われていたあのん機・いつみ機も解放され、地面へ舞い戻る。
「2人とも無事か!?」
『あ、あのん機問題なし!』
『いつみ機も……おいくん、今のMOAの動きって……?』
「よくわからん! でも、今のうちに脱出を!」
幾ら目の前のジュライを枯渇させたとはいえ、あくまで地下茎のものだ。
母樹が生きている以上、この場はまだまだ危険である。
『行こう、いつみさん! 碧くんを信じよ!』
『んっ!』
「よし、一気にいくぞぉー!」
俺たちは勢いそのまま、ダンジョンへMOAを疾駆させる。
だが、またしてもジュライの蔓の雰囲気が……雰囲気? なんだこれ?
レーダーにも反応はまだないし、これじゃまるで"勘"で捉えているような?
「あのん! 正面にメタルグラスソーを振り落とせ!」
『え!?』
「良いから! あと、いつみは仰角65でマイクロミサイルを掃射!」
『んっ!』
2人の機体は一瞬戸惑いながらも、指示通りの動きを見せた。
すると、あのん機は発生したばかりの蔓を切り裂き、いつみ機の放ったミサイルは接近しつつあったペストを撃ち落とす。
『すごい! 碧くん、どうしちゃったの!?』
『おいくん、か、かっこいい……!』
「よくわかんないけど、肌感覚でわかるんだ! できる限り俺が指示を出すから、2人は適宜攻撃をよろしく!』
『『了解っ!』』
俺たち3人は、先ほどからの勢いを維持しつつ、ダンジョンを駆け抜ける。
そして、なんとかこの場を切り抜け、目的地である補給基地に到達するのだった。
●●●
「いつみ!」
ようやく一息ついたところで、格納庫の隅っこにいたいつきに声をかける。
「おいくん……?」
「一つ、言っておきたいことがある」
「なに……?」
「今日みたいな自己犠牲的な発言や行動をするのはやめてくれ。俺が言えたことじゃないかもしれないけど……」
たぶん、いつきは俺のあのんが付き合っていることを知って、やけになった面もあるのだろう。
俺はいつきに対して、とても失礼で、残酷なことをしている自覚はある。
だけど、それでもーー
「俺はその……いつみには生きていてほしいし、これからも一緒に戦いたいんだよ……!」
「……」
「やっぱり、嫌か?」
いつみは首を横へブンブンと振る。そして決意に満ちた視線で、俺のことを見上げてきた。
「おいくんが、そう言ってくれるなら……僕、頑張る! もうあんなことは言わない! 今日はその、ごめんね……?」
「よ、よろしく頼むよ……」
くそっ! なんなんだよ、俺! どうしていつみにドキドキしてるんだよ!?
これじゃまるで……
「あー2人とも! 何私に隠れて秘密の相談してるわけ!? 同じチームなのに酷くない?」
大きな胸をばいんばいんと揺らして、やってきたあのんは、とても不満そうな表情だった。
「い、いや、これは!」
「おいくんね、今日の戦闘でバカなことをした僕を注意してくれてたの!」
「本当にそれだけぇ? 特に碧くん、なんか顔がへにゃへにゃしてる! えいえい!」
「ちょ、それやめっ! あひゃ!?」
あのんはお得意の人の脇腹ツンツン攻撃を仕掛けてきて、俺を悶えさせた。
「碧くんってこれ弱いの! いつみさんもやっちゃえ!」
「そ、そうなんだ……! え、えい! えい!」
「ぐはっ!? い、いつみもなんでぇ!?」
今の恋人と、振ってしまった幼馴染とチームは、これからもなにかと大変そうだ。
でも、2人に死んでほしくないという気持ちは確かなもの。
これから、なんとかうまくやってゆかないと、と思う俺なのだった……。
●●●
「人の感情を従来の80%増しで受け取る新型の人口筋肉ねぇ……」
白石特務大尉は、横須賀から送られてきた、神月 碧の戦闘記録と人工筋肉の稼働率の資料を見て、呆れたようにそう溢す。
「神月が花形と木下のことを想った結果、この成果が記録されたっと……」
とりあえず、資料を元に、そう記録を施する。
この結果から、人間関係に由来する感情の起伏が、新型人工筋肉に与える影響がわかった。
そしてそういう結果が得られるよう、白石は神月の恋人と、幼馴染をわざと同じ隊とした。
そしておそらく、この先でもっと面白いデータが取れるとも考える。
でも、そのために、少年少女らの人間関係を弄んでいるといった罪悪感があるのもまた確か。
しかしこうしたことをしなければならないほど、人類は追い詰められてしまっている状況にあった。
「なんでもやるしかないわ……人類を滅亡を防ぐためにも……!」
白石は端末を閉じ、そして実際に神月・花形・木下の関係が、どのようになっているかを確認するため、横須賀へ赴くのだった。
<おわり>