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人体を知る必要?

「骨があり、血や臓器、筋肉や脂肪、皮となりますが、癒しの魔術を使う際には、私も人体の構造や仕組みを知ることが大切だと考えています」


 そう口にすると、アウォードが腕を組んで骸骨の腹部を見下ろした。


「まだまだ知識の足りない者に多いことだが、表面だけ治して内部では出血が続いていることがある。それが最も起こり得るのは腹だ。何故だと思う?」


「腹部には内臓が集中しています。胃や腸以外にも肝臓や腎臓、胆嚢、膵臓など、重要な臓器が詰まっています。肉や皮、血管を治しても、内臓まで治さないと完治はしないでしょう」


 答えると、アウォード以外の研究員が困惑した表情で顔を見合わせた。


「タンノウ?」


「内臓の名前か。あの灰色のものだろうか」


「濃い茶色のほうじゃないか?」


 臓器の名称が違うのか、上手く伝わらなかった。しかし、アウォードは少し顎を引き、何かに納得したように唸る。


「ふむ……傷を治したように見えて失敗することがあるが、それが原因か。上級の癒しの魔術を使えるものは人体についても研究できている、と。しかし、聖人や聖女になった者でも中には人体の事を詳しくない者もいるが」


「詳しくない? では、どうやって魔術を?」


 そう聞き返すと、アウォードは腕を組んで考え込む。


「……どう、と言われても難しいな。知っているだろうが、癒しの魔術師の初代聖女と呼ばれた者は、僅か十歳で初めて魔術を使った時に瀕死の者を瞬く間に癒したという」


「それは……直感的に傷の場所や深さが分かった、ということですか?」


「ふむ。私は人体の研究をして聖人と認定されるまで癒しの魔術を研鑽してきた。そういった天才肌の者の感覚は理解し難い」


 アウォードはそんなことを言って、研究室の奥を見る。


「……てっきり、貴女も天才型の魔術師かと思っていた。しかし、今の癒しの魔術についての知識や考え方を聞く限り、違うようにも思う。不思議だ」


 ぶつぶつとそんなことを言いながら、アウォードは奥の方へと歩いて行き、片開きの扉を開けた。


「時間は有限だ。アオイ殿の魔術をみせてもらおう」






 三台の診察台が広い広間に置かれており、壁には書棚や謎の器具を置いた棚がびっしりと並び、薬草か何かを入れた箱なども置かれていた。


 診察台には重傷者らしき人がそれぞれ寝かされており、周りに十人ほどの白衣の男女が立っている。


 日本の病院などに比べると明らかに異質だが、ここはメイプルリーフにとって最高の医療を受けることが出来る治療室なのは間違いない。


「中央の者がこの中では最も重傷のものだ。怪我は右腕の損失、腹部及び右足に深い裂傷」


 言いながら、アウォードが診察台の側に行って怪我人の状況を口頭で伝える。


 その周りにいた男女もアウォードに気がついて一歩分距離をとった。私はアウォードの後についていき、診察台の横に立つ。


 近くで見ると、寝かされている人物が三十代ほどの男であることが分かった。髪や髭が随分と長く、手入れもしっかりはされていない。止血はできているが、怪我をしたばかりらしく、生々しい傷跡には目を背けたくなる。


「……裂傷も随分と深く、骨にまで達しています。しかし、刃物による切り傷ではありませんね。魔獣による怪我ですか?」


「その通り。この者は絞首刑を言い渡された罪人だ。急を要する患者がいない時は、こういった罪人を魔獣と戦わせて怪我人を作る」


 そんな言葉に、ストラス達がギョッとするのが分かった。癒しの魔術師たちにとっては普通なのか、アウォードの割り切った発言にも反応は無い。


 確かに、他の魔術に比べて実践する機会は少ないだろう。それこそ常に戦場に身を置かねばならなくなってしまう。


 結果、効率的な魔術の実験や練習として、罪人を利用しているのだろう。


 ただ、気になることが一点。罪人は怪我が治って完治した場合、まさか再度怪我を負わされてしまうのか。そうだとしたら、これ以上の罰はない。


「……この方は、何をして絞首刑に?」


 そう尋ねると、アウォードは無表情に目を細める。


「この者は何十人もの一般市民を騙し、人身売買を行った。また、売った先は違法な娼館であり、そこでこの者が売った女性達は無残な死を遂げている。他にも」


「分かりました」


 アウォードの言葉を途中で遮り、返事をした。


 明確な女性の敵であるが、苦しんでいる様を見ているのは居心地が悪い。


「一先ず、私が先に癒しの魔術を」


 そう前置きしてから、癒しの魔術を行った。単体を治療する上では最上級の魔術である。


 怪我の補填には、無事な反対の腕を見て想像することにより対応する。腹部の傷も深い為、正常な内臓や骨を丸々イメージする必要があった。


 そうして、重傷だった男は約一分半ほどで完治する。魔力的には残り二十人くらいなら治療可能だろうか。


「完治しました。無事な体に古傷などがある場合は残ったままですが」


 そう言って振り返ると、大半の者達が目を開いたまま動かなかった。しかし、アウォードだけは真剣な表情で完治した男を見下ろす。


「……瞬く間に治ったな。治療速度は聖人や聖女と同等以上だが、過程が違う。どうやら、我々の癒しの魔術とは別種のもののようだな」


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― 新着の感想 ―
[一言] 江戸時代も蘭学の解剖を学ぶためにしたいを五臓六腑を分けて見る腑分けとしてやられていたし。
[気になる点] アオイさん……やろうと思えば生命創造もできるのでは?
[一言] 犯罪者を実験台に医療技術の発展、はあるからねぇ
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