【別視点】研究室の衝撃
【水の魔術研究員】
驚異的な水の魔術を披露したアオイに、クラウンが拍手と共に笑みを向けた。
「素晴らしい! 流石はアオイ殿! 水の魔術でこれだけのことが出来るとは! ここでは、水の派生である氷の魔術も研究している。是非、氷の魔術も見せてもらいたい!」
子供のようにワクワクした表情でクラウンがそんなことを言う。
それに、アオイは片手を上げて待ったをかけた。
「……恐縮ですが、一点だけ訂正をさせてください」
「ん? 何か間違えていたか?」
そんな言葉に、クラウンが首を傾げた。それに首肯を返して、魔術の準備をする。
「水を発生させて、性質を氷に変化させる場合は水の魔術の派生と言えるでしょう。しかし、こうやって……」
言いながら、アオイは片手で水を空中に撒いた。そして、何かしらの魔術を発動する。
空中に散った無数の水滴は、白い靄のようなものを纏い、穴の開いた天井へと飛翔した。矢で射ったよりも更に早く、それは天井へと飛んでいく。
見えたのは空中から放射状に広がる瞬間だけで、気がつけば鋭い音を立てて天井に小さな穴が無数に開いていた。もう天井はいつ崩壊してもおかしくない惨状だ。
皆が穴が開いた天井を見上げて動かなくなったのを横目に、アオイは天井を指差して口を開く。
「このように、水の性質を変えなくても、物質を構成する分子や原子といった小さなものの動きを止めてしまえば、殆どの物は凍り付くこととなります。その温度はマイナス二百七十三度にもなり……」
アオイが意味の分からない言葉を諭すように呟いているが、頭に入ってこない。
いや、恐らく、まともに聞いても分からないだろう。
「……魔導の、深淵」
無意識に、そんな言葉が口から出た。
例えば、魔術学院に通い始めた子供に宮廷魔術師が上級の魔術を教えたところで、全く理解など出来ないだろう。魔術の基礎を学び、初級から順番に覚えていく。
そして、何年も同じ系統の魔術を研究し続けたなら、いずれは上級の魔術まで理解出来るようになる。
恐らくはそれと同様のことだろう。
この場合、我々は魔術を習い始めた子供のようなものだ。高度な魔術であればあるほど我々には理解が出来ない。
「……分かりましたか?」
こちらが一言も発さないでいると、アオイはこちらの様子を窺うようにそう聞いてきた。どう答えたら良いのか。素直に、分からないと言った方がよいのか。それとも小さな魔術師としての自尊心を守るべく、答えを曖昧に濁した方がよいのか。
これまでの魔術師としての研鑽が全て覆されてしまったと感じて、冷静に考えることも出来ない。
だが、そんな我々の様子を見て理解していないと察したのか、アオイが両手の手のひらを上に向けて口を開いた。
「物体は全て目に見えないほどの小さなモノが集合して出来ています。それはこのように……」
そう言って、口の中で小さく何か呟く。すると、アオイの手のひらの上で小さな砂のようなものが集まり、すぐに人型を形作っていく。それは両手を広げて笑うクラウン・ウィンザーの姿となった。
「……そ、それは……!?」
驚愕する誰かの声を耳にしながら、その砂の人形を凝視する。異常に精密な出来だ。アオイの顔ほどの大きさだろうが、名工が作り上げた銅像のように見事な人形だが、これも魔術によるものなのだろうか。
いや、詠唱は聞こえなかったが、土の魔術なのは間違いない。
「その土の人形のように、どんな物も小さな粉のような物が集まって出来ている、ということか?」
隣に立つ仲間がそう尋ねると、アオイは薄っすらと微笑んだ。
「その通りです。本当に皆さんが考えているよりも遥かに小さなものが集まって出来ていると思ってください。その小さなものが早く動くと熱が生まれ、逆に動かなくなると冷えていく……大雑把ではありますが、この考え方が火と水の魔術に大きく関係してくるのは間違いありません」
アオイが嘘を言っていないことは何となく察することができた。だが、やはり簡単には理解できそうにない。
「火の魔術も使えるのですか……」
溜息混じりにそう呟くと、クラウンが目を輝かせて口を開いた。
「そうだ、良いことを考えた!」
と、声をあげる。なにかと思って視線を向けると、クラウンはアオイに対して口を開いた。
「今の極意を二人や三人で聞いても殆どの魔術師が理解出来ないだろう。しかし、十人や二十人で聞いたなら、誰かが理解出来るかもしれない」
そう言ってから、クラウンは口の端を上げて自らの考えを述べる。
「各研究室の魔術師を引き連れて、アオイ殿の教えることの出来る全ての属性をご教授願おうじゃないか!」