魔法陣の知識
「……ほう?」
低い声を漏らし、バルブレアが振り返った。
「この腕に刻まれているのが、魔法陣だと分かったか」
少し嬉しそうになったバルブレアに、どことなくオーウェンと似た匂いを感じる。
「まぁ、他にないでしょう。ちなみに、エライザさんも魔法陣の研究をされているので、一目で分かったと思いますよ」
「えっ!? あ、は、は、はい! な、何となくわかりました!」
急に話を振られて驚いたのか、エライザは慌てて返事をした。それにバルブレアだけでなく、アラバータやキャメロンの視線も向いた。
「成る程。フィディック学院の多様性を考えると、魔法陣の研究も多岐に渡るのだろうか。いや、これは興味深い話になってきた。ならば、後でもう少し詳しい話が出来るように場所を用意しよう。そこで正式な交渉をする」
「ありがとうございます」
色々と用意をしてくれると言うので、お礼をしておく。すると、バルブレアはアラバータの方に目を向けた。
「アラバータ殿。非常に面白い来客をありがとう。後で話をする際も是非同席してくれ」
「む、承知した」
アラバータの返事に満足そうに頷くと、次にキャメロンに顔を向ける。
「キャメロン。話は聞いていたな? 西側屋上を会場とする。準備をしておいてくれ」
「に、西側ですか?」
バルブレアの言葉にキャメロンが驚く。しかし、バルブレアの目が鋭くなるとすぐに口を噤んだ。
「話は以上だ。後は、キャメロンの案内に従ってもらいたい」
キャメロンが押し黙ったのを確認して、バルブレアは話を切り上げた。そして、我々は学院長室の外へと出る。
廊下に出てすぐに、アラバータがホッと息を吐いた。
「アオイ殿、ハラハラしたぞ……」
恨めしそうにそう言われて、私は何のことかとストラス達を振り返る。すると、半眼になったストラスの顔があった。ストラスは疲労感を滲ませるエライザに顔だけ向けて、口を開く。
「……バルブレア殿とアオイは似ているな。強引なところと、真っ直ぐにぶつかりに行くところが特に」
「言葉遣いとかは対照的なのに、不思議と姉妹のようでしたね」
苦笑いをしつつ同意するエライザ。
それに、私も首を傾げる。
「良く分かりません。私としては全く似ていないと思いましたが」
外見もさることながら、バルブレアはとてもコミュニケーション能力の高そうな女性に思えた。あまり前に出ることが出来ない私とは真逆である。大人しい性格からすると、パーティーなどの多人数が集まった空間で自分からどんどん発言できる人は凄いと思う。バルブレアはまさにそちらのタイプだ。
そんなことを思っていたのだが、どうやら二人はそうは思わなかったようだ。
「いや、とても芯の強い女性の対決という感じでしたが……」
と、何故か今日会ったばかりのキャメロンにまで同意されてしまった。アラバータに視線を送ると、こちらもしっかりと頷いている。
気が付いたら味方がいなくなっていた。
仕方がないので、不毛な議論はやめて話を進めることにする。
「……そういえば、キャメロンさん。先ほど、西側の屋上と聞いて戸惑っていたように見えましたが?」
尋ねると、キャメロンは一瞬言い淀んだ。しかし、すぐに諦めたように短く息を吐き、廊下の窓の方へと向かう。窓からは小さめの中庭のような景色が広がっており、入り口側の学院の校舎壁面が見えている。
その白い壁を指し示しながら、キャメロンが説明をする。
「この学院は正面に怪我をした方が入れるようにしている為、入口すぐの場所に壁となるような形で治療棟があります。その奥には各中級以上の魔術講義室。そしてこの中央棟があります。これらがすべて学院の東側という扱いです。西側には教員の宿舎、図書館、研究所があります。西側の屋上は学院内でも外から目視し辛い為、開発中の魔術や機密にあたる魔術を行使する際はそこで行っております。つまり、西側には聖都の魔術研究室と同等の重要な機密が多数あり……」
「それは好都合ですね」
キャメロンの説明を聞いている内に私は思わず心の声が漏れてしまった。なにせ、そこに行けば全ての資料が揃いそうなのだ。効率的に癒しの魔術について学ぶことが出来るだろう。
そう思ったのだが、キャメロンとアラバータは渋面を作って顔を見合わせた。
「……大丈夫だろうか」
「不安でしょう? 分かります」
アラバータの発言に、キャメロンが深く頷いたのだった。
中庭を通り、奥の西側の棟へと移動する。どうやらキャメロンは考えることを放棄したらしく、重要な設備もすべて解説しながら案内をしてくれた。
「こちらが一般教員まで入れる図書館で、奥は一般教員用の研究室です。次が上級教員用の図書館で、同じく上級教員用の研究室があります。この学院で上級教員になれているのは癒しの魔術師と水の魔術師の一人のみです。以前は火と風の魔術を研究する上級教員もいましたので、現在は研究室が少し余っている状態ですね」
「教員の人数が少ないのですか?」
「いえ、学院長の求めるレベルに達する教員が少ないだけで、教員の数は変わりません。なので、今は上級の火、風、土の魔術を教えることが出来る教員がいないのです」
聖都魔術学院の現状を赤裸々に話してから、キャメロンはこちらをチラリと見た。
その視線に首を傾げていると、エライザが私に抱き付いてくる。
「アオイさんはあげませんからね?」
エライザがそう告げると、キャメロンは乾いた笑い声をあげながら、廊下の先を指さした。
「そんなことは言ってませんよ。さぁ、この奥に屋上へ行く階段があります。どうぞ、こちらへ」