皇帝
「よくぞ参った。皆の者、楽にしてよい」
そう声を掛けられて、私は顔を上げる。
石造りの壁や柱が物々しい雰囲気を感じさせる広間で、中心に敷かれた赤い絨毯の上に私やストラス、エライザが跪いている。私たちの後ろには生徒代表としてコートだけが同行していた。
採光が少ないのか、広間は少し薄暗い。柱や壁にはそれを補う為にランプが設置されているのだが、それが更に重い雰囲気を作り出している。
そして、我々の目の前には十段もある階段があり、階段の上には黄金のローブに身を包んだ痩せた中年の男の姿があった。髪が薄いのかボリューム感が無い。そのうえ目の下に隈があり、頬がこけているせいで少々貧相な印象を受ける。頭には金の王冠を載せているが、その外見には冗談にも似合っているとは言い難かった。
服に着られるとはこのことか。
そんなことを思いながら、階段の上から立派な玉座に座し、こちらを見下ろすメイプルリーフ聖皇国の皇帝を見上げた。
私が顔を上げたのを見て、私たちの斜め前で跪いていたアラバータが咳払いをして口を開く。
「おほん。改めまして、ディアジオ陛下。こちらがウィンターバレー、フィディック学院から来られた上級教員のアオイ・コーノミナト殿。そして同学院の教員であるストラス・クライド殿とエライザ・ウッドフォード殿。最後にフィディック学院の優秀な生徒であるコート・ヘッジ・バトラー殿であります。他にも何名か生徒の方に来ていただいておりますが、そちらは別室にて待機を」
そう告げて一度頭を下げると、ディアジオ皇帝が鷹揚に頷いた。
「ふむ。皆、ずいぶんと若い様子。その年齢でかのフィディック学院に在籍し、なおかつ教員まで任されているとは恐れ入る。コートとやらは見覚えがあるが、今は良しとしよう」
満足したように頷いてから、ディアジオは私をじっと見てきた。
「そして、アオイ・コーノミナト殿。貴殿が例のいきなり上級教員として招かれたという魔術師、であるか。想像していた姿とは違い、余は混乱しておるが、よくぞ我が国に来てくれた」
その言葉を受けて、私は小さく首を傾げつつ返事をする。
「ありがとうございます」
すると、ディアジオは肩を揺すって笑った。
「どんな想像をされていたか気になったか。いや、我が国が誇る一流の魔術師であるフォアを超える魔術師という先触れであった為、年齢を予想することも困難な怪しい女か、余よりも歳上の外見を想像しておったのだ。許せ、他意はない」
そう言って、ディアジオは一人愉快そうに笑い続ける。機嫌が良さそうなのは良いことだが、どうも調子が合わない。そんなことを思いながら眺めていると、アラバータがまた咳払いを一つして口を開いた。
「陛下、それではそろそろ本題へ」
「ん? おお、そうか。では、貴殿に頼みたいことがある。アラバータより聞いているやもしれんが、我が国の魔術発展に寄与してもらいたい。報酬は成果次第でいくらでも出そう。ああ、それと、この国での待遇は他国の大臣等級とする。追って、それを証明するリングを貸与する。問題無いな」
と、ディアジオは依頼や条件、待遇などを提示していき、最後に一応といった形で私の反応を確認した。内容に問題はないどころか、恐らく破格の待遇なのだろう。
ディアジオは形式に則っただけで、元から断られるとは思っていない様子である。それについてはこちらも問題ないし、どちらかというと接しやすい王ではないかと思う。
だが、最初に確認をしておきたいことが別にあった。
「ちょっとよろしいでしょうか」
私が口を開くと、ディアジオとアラバータが揃ってこちらを見る。後ろからも視線を感じたが、そちらは気にしないことにする。
「ディアジオ陛下。依頼内容と待遇は了解しました。しかし、報酬については少しお願いしたいことがあります」
そう告げると、アラバータが眉根を寄せて口をへの字にした。そして、ディアジオは首を傾げながら聞き返す。
「なんだ? 貴重な魔術具か何かか?」
その言葉に、私は首を軽く左右に振った。
「いいえ、違います」
「では、なんだ」
少し焦れたような態度で再度質問される。それに頷いてから、私は自らの最も欲するところを口にした。
「私が求めるのは、メイプルリーフ聖皇国のすべての魔術を私に開示することです。また、その魔術の一部を全世界へ公開してもらいたいと思っています」
そう告げると、二人は目を丸く見開いたまま、ぴたりと動きを止めてしまった。