魔術を秘匿するデメリット
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軍事機密。他国へのアドバンテージを得る為、各国は秘密裏に独自で魔術を研究する。一方、開発中の隣国の魔術を調査し、己の国の魔術を更に発展させようと尽力する。
仕方ないことだが、どの国ももし隣国と戦争になった際のことを考えて行動している。大規模な効果を発揮できる魔術は戦争の勝敗に影響を与えるというのは、この世界の常識だろう。
だが、その常識には一つ大きなデメリットがある。
それは、魔術の発展が遅れるということだ。
各国ごと魔術の研究には大きなウェイトを置き、予算や人材の投入もしていると思う。事実、各国の魔術研究にはそれぞれ特色があり、個性的な魔術も開発されているようだ。
しかし、それは国単位の見方でしかない。魔術学という分野で見たとしたら、非効率的な部分があることは否めないだろう。
だからこそ、私は魔術という分野においてのみ、国と国との垣根を破壊したい。
見た限り、このクラウン・ウィンザーという魔術師は、私の思惑に協力してくれそうな雰囲気を感じていた。
「おぉ、これは良い! これなら魔術の実験に使える!」
クラウンは両手を広げて喜びの声をあげた。練習用の広場の入り口に立ち、周りを確認している。
それを確認してから、私は広場の真ん中の方で固まっている生徒達を見た。
「そうですね。では、ひとまず生徒を広場から出しましょう」
「ん? 実験に付き合ってもらえば良いじゃないか」
「え?」
クラウンの言葉に、私は首を傾げつつ振り返る。
「メイプルリーフの魔術を公開することになりますが、大丈夫ですか?」
一応そう指摘をしておいた。生徒からすれば良い勉強になるし、私が気にすることではないかもしれないが、クラウンの立場からすると良くはない筈だ。
「そんなことは気にしない。私が知らない魔術が見れるなら、なんでも公開しようじゃないか」
迷いの一切見られない顔でそんなことを言われてしまった。これには私も思わず返事が遅れる。
願ってもないことだが、クラウンはメイプルリーフの宮廷魔術師である。国家機密とまで言われる最高クラスの魔術を堂々と公開して良いのだろうか。
流石に、クラウンの立場が心配になる。無関係な私ですらこうなのだから、これでクラウンと同郷の者が近くにいたら不安どころか危機感すら抱くかもしれない。
「クラウン!」
そう思った瞬間、広場の入り口に大柄な男が現れてクラウンの名を叫んだ。
メイプルリーフ聖皇国の騎士、アラバータだ。般若のような顔で走ってくると、クラウンの隣に移動して肩に手を乗せた。
「まだ、何もしていないな!?」
「するもなにも、まだ着いたばかりですが」
アラバータの言葉にクラウンは苛立ちを隠さずに返答する。アラバータはそんなクラウンの態度を気にすることなく、すぐさま私に向き直った。
「クラウンは魔術のこととなると見境が無くなってしまうのだ。どこまで話が進んでいたかは知らないが、どうか今回はここまでで留めていただきたい。お互い、秘匿したい魔術もあるだろう?」
アラバータが険しい顔でそう口にしたが、私は無意識に首を左右に振っていた。
「いえ、別に」
そう答えると、アラバータは目を瞬かせて固まり、その後自らの額を片方の手の平で音が鳴るほど叩く。
「ど、同族……! なんということだ……!」
と、意味のわからない言葉を発して嘆きだした。何故か腹が立ったが、アラバータが見るからに苦悩している為何も言わないでおく。
「アラバータ殿。アオイ殿が魔術を披露してくれると言うのだから、こちらも多少は良いでしょう」
「そんな気軽に見せるものか! 大体、相手が見せたからといって、こちらも見せて良いとはならん!」
クラウンが軽いノリで提案した為、アラバータのこめかみにまたも血管が浮かぶ。しかし、クラウンは鼻を鳴らして笑った。
「この学院にはフォア殿がいて、魔術を見せているんでしょう? それなら今更……」
「フォア・ペルノ・ローゼズは各国でも知られている既存の魔術を主として独自に研究を重ねた魔術師だ。研究室出身の宮廷魔術師とはスタートから違う。対して貴様は聖皇国独自の魔術を主とする魔術者だろうが。貴様が適当に魔術を幾つか放つだけで、立派な情報漏洩だと思え……!」
早口に捲し立てるアラバータに、クラウンは肩を竦めてみせる。
「そんなに聖皇国の魔術を秘匿したいなら、私を連れてこなければ良かったでしょうに……魔術師隊から選べば実力的には十分……」
クラウンが口を尖らせて文句を言い始めると、アラバータは目を見開いて怒りの顔を作った。
「貴様……! やはり、聞いていなかったのか! 貴様を連れてきたのはアオイ殿にオリジナル魔術を見せて、聖皇国へ興味を向ける切っ掛けとなるように……!」
アラバータは私がいることも忘れてそんなことを口走りながら、クラウンへ説教をし始め、すぐにハッとした顔で振り向いた。
釣られるように、クラウンもこちらを振り向く。
大男二人に険しい顔で見下ろされながら、私は口元で片手を握りながら咳払いをした。
「……そのくらいは最初から予想してましたので、気になさらず」
そう答えると、アラバータはホッとしたような顔になり、クラウンに向き直る。
「アオイ殿と魔術を披露し合うのは良い。多少ならば魔術について議論することも許可しよう。だが、必ず他の者がいない状況でやれ。聖皇国を出る際、私はそう伝えたはずだ」
先程よりも幾分トーンダウンしてそう口にした。クラウンは浅く息を吐きつつ、曖昧に頷く。
「はぁ、そうでしたかね。記憶にありませんが」
「貴様……」
拗ねたような態度で返事をされて、アラバータの目に殺意が浮かんだ。
立場的にはアラバータの方が上のようだが、クラウンにとってはどうでも良いのだろう。これでよく宮廷魔術師になれたものだと思うが、それだけ凄腕なのは間違いない。
「アオイ殿、明日は必ず二人で会おう。なんとか、この男を振り切って行く」
「やってみるが良い。首を物理的に飛ばしてくれる……む、なにがこの男だ、貴様っ!?」
「大声を出さないでほしいですね。耳が痛いですから」
「なんだ、その言い様……!」
と、気がつけば二人はいがみ合いながら、こちらに背を向けて歩いて行ってしまった。
その後ろ姿を見送り、私は静かに首を傾げたのだった。
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