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躾け

 頭にきた。


 その言葉がこれほどしっくりきたのは生まれて初めてのことだった。


 呻きながらも立ち上がり、口元に滲んだ血を指で拭うロックスと、肩を揺すって笑うフェルター。


 その数メートル手前には、地面に倒れたまま震えるシェンリーと足から血を流すコートの姿がある。


 子供の喧嘩とも、単なるイジメとも違う。そんな言葉は生優しすぎるのだ。


 私はすぐにシェンリーの肩に手を乗せて、魔力を込めながら「癒しの水(ケア)」と口にした。


 癒しの魔術がシェンリーの身体を内外から治癒する。


 細かな擦り傷、打撲、目に見える傷は癒えたように思える。次に私は満身創痍といった様子のコートの方へ向かった。


命の水(オードウィール)


 両肩を掴んで支えるようにして魔力を込め、癒しの魔術を発動する。これで、もし内臓に重大なダメージを受けていたとしても完治している筈だ。


 怪我がみるみる間に治り、コートは驚きの表情で自らの足を見下ろしている。


「大丈夫ですね」


 確認してそう呟き、私は改めてロックスとフェルターを見た。


「こんなことをした理由を述べなさい。たとえ喧嘩から始まったとしても、他人に怪我を負わせることは悪いことです」


 そう言うと、ロックスは鼻を鳴らして笑い、私を指差す。


「それは、たとえ王族であっても平民を害することは罪である、ということか?」


「当たり前です。貴方は馬鹿なのですか? 意味も義もなく平民を殺す国王がいたとして、そんな国は長く続きません。ローマ帝国じゃあるまいし、人心を無視した王が国を治めていれば、衰退の道を辿るでしょう」


 答えると、ロックスは声を出して笑った。


「馬鹿は貴様だ! 王を誰が裁く!? 我がヴァーテッド王国が、六大国の括りでも一歩抜きん出た世界最大の国が、どうやって衰退する!?」


 さも当たり前のようにそう言って笑うロックスに、何故かコートとシェンリーは悔しそうに俯く。


 その様子に首を傾げつつ、私は肩を竦めた。


「歴史上不滅の国は無いでしょう? それに、暴君は長くは君臨出来ませんよ。その後の未来は大抵惨めなものです」


 と、過去を持ち出して諭してみる。六大国のどの国も、歴史は長くて数百年だ。それより以前は三大国と呼ばれる強豪国があったようだが、そちらも数百年保てば良いくらいだっただろう。


 地球でも同じだが、この世界でも人間が創るものである以上、永遠は無いということだろう。


 しかし、ロックスには通じなかった。


「我が国をその辺の有象無象と比べるな! ヴァーテッド王国の統治を知りもしないで巫山戯たことを……! 己の無知を恥じるが良い!」


「私が無知なのは認めましょう。それで、ヴァーテッド王国の偉大さを知るにあたり確認しますが、貴方は自分に常識や良識が備わっていると思いますか?」


 確認すると、ロックスは自らの胸を叩き、鷹揚に頷く。


「当たり前だ。ヴァーテッド王国が誇る才人や、宮廷魔術師、騎士団長から様々な教育を受け、この学院でもトップクラスの成績を持つ俺が証明している。我が国の素晴らしさをな」


 自信たっぷりに言われた台詞を聞き、私は深く溜息を吐いた。


「それでその程度ならば、ヴァーテッド王国も永くは無いでしょうね。残念です」


 そう言った瞬間、ロックスは怒りをそのまま突進力に換えて向かってきた。


 魔術も使わずに殴りかかる気だろうか。さては、女だから肉弾戦ならば負けないと思っているな。


 舐められたものだ。


 そう思って迎撃を考えていると、ロックスは服の内側からギラリと光るものを取り出した。


 刃渡り五十センチはありそうなナイフ、いや、短剣だ。刃の表面には魔術刻印が施されており、相当な品だと分かる。


「後悔しても遅いぞ! 炎の五連槍(フィフス・クリムゾン)!」


 ロックスが魔力を込めた瞬間、手元の空間に多重魔法陣が浮かび上がった。そして、ロックスの前に水平に五本の炎の槍が現れる。


 空気が熱で歪み、炎の槍の向こう側に立つロックスの笑みまで歪んで見える。


「喰らえっ!」


 怒鳴り、魔術が発動した。


 炎の槍は瞬きする間もなくこちらに向かってくる。


 だが、炎の槍は私に近づいた瞬間、連続して破裂して炎上した。目の前に炎の壁が出来上がり、周りにある物を焦がす。


 その勢いは上級下位といった威力だが、もしあの炎の槍が別々に飛来するならば特級に匹敵する脅威だ。


 王家の秘宝か。普通の敵を相手にするならば、これで勝負を決することが出来るほどの魔術具だ。


 ロックスはもう勝利を確信したのか、炎の壁の向こうで何か言っている。


「ふん、くだらん。この俺に逆らうからこうなるのだ」


 そう言って、くつくつと笑うロックスに、私は溜め息を吐いて魔術を行使した。


氷の狀(フロストエッジ)


 魔力を込めながら口にした瞬間、足元に水溜りが出来上がり、見る見る間に広がっていく。


 炎の壁を超えて半径三メートルほどまで広がった水は、波紋を広げながら波立ち、水の柱となった。


 そして、幾つもの水の柱が上がると、ロックスが作り出した炎の壁を巻き込んで凍りつく。


「……な、なんだと……」


 炎の壁が凍り付いて砕けると、その向こう側には目を見開いて固まるロックスの姿があった。


「……ロックス・キルべガン君」


 私が名を呼ぶと、ロックスはびくりと背筋を震わせる。


 まさか破られるとは思っていなかったのだろう。もはや声も出ないといった様相だ。


「同じ学校の生徒……それも複数に怪我を負わせるほどの魔術を使ったこと。あまつさえ、教員にまで炎の魔術を行使したこと。これは重大な問題として取り扱います」


 そう告げると、ロックスは警戒心を出しながら舌打ちをした。額からは冷や汗が流れている為、思ったより精神的ダメージは大きいのか。


 そんなロックスに、私は柔らかく微笑みかけ、口を開いた。


「……三者面談を行います」

 

 はっきりとそう告げるが、ロックスは怪訝な顔をするばかりだ。


「な、何をする気だ! この化け物め!」


 怯えを怒鳴り声で打ち消そうとしているのか、ロックスは野獣のような顔で叫ぶ。


 その言葉に笑みを深め、地面に広がる氷の池を踏み割った。


 我ながら凄い音を立てて氷の池は全て粉砕される。


 笑みを消すと、びくりと震えたロックスの顔を真っ直ぐ睨んで口を開く。


「貴方のご両親をここに呼び、しっかりとお説教させていただきます。覚悟しなさい。国王だろうが帝王だろうが、子の育て方を間違えた親に掛ける情けはありません」


 そう告げると、ロックスは引き攣ったように笑ったが、やがて私が冗談を言っているわけでは無いと知り、顔色を変えたのだった。






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[一言] 前の方で授業参観って書いてたのは単に親呼び出しのことだったのかな
[一言] 敵をバケモノと呼ぶということは自分自身を相手に対してムシケラだと認めるに等しい
[良い点] 面白い!ここまで堂々とした主人公はいなかったと思う。 今の日本に必要な教師だと思う。とらわれた固定概念ではなく間違ったことは正していく、素晴らしいね
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