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陛下が、何故。


陛下と言えば、あの立ち姿だけで他を屈服させるかのような絶対的な威圧感。そして何よりかなりの切れ者だと有名だ。


陛下が即位したのは今から二十年以上前、陛下自身が二十歳の頃だと聞く。

様々な改革を行い、王宮内で根強く行われていた汚職等の悪事を片っ端から綺麗にして行った。

また、今の実力主義がここまで定着したことも陛下が行ったことの一つだ。


結果平民であっても、騎士団や魔術師団では出世する術があること。

そして重い税を課していたり、領民に非道な仕打ちを行なっていた貴族が裁かれたこと。


これらのこともあり、民からの支持は厚い。



ちなみに王妃様は元は隣国の王女であった。戦後に隣国との間に結んだ同盟を縁組みにより、更に強固な物とする意味があった。

完全なる政略結婚ではあるが、その点においては貴族のほとんどが政略で婚姻を結ぶのだから普通のことであろう。


元々隣国とここ、デュトワ国は同じ国だった過去があるが、何百年も前に国が二分した。その後は国交さえ結んでいなかったのだから、同盟は結んだものの王妃様が輿入れする時には問題が多かったそうだ。


そのような経緯から、陛下と王妃様の仲が悪いという噂が囁かれ続けているが、実際のところは不明だ。

何より王妃様が表舞台に出てくるのは、王宮舞踏会や年に一度の王妃様主催のお茶会など、最小限なものだ。


私自身、王妃教育として王宮に来ることはあっても、王妃様と会う機会は少ない。

だがとても綺麗で穏やかな雰囲気を持ち、印象でいえばとても殿下に似たものを感じる。



とは言え、今日は陛下からの呼び出しだ。 

緊張するなと言う方が無理だろう。

お父様から早急に準備をということで、大慌てであったがいつにも増して気合の入ったサラによって、陛下の前であっても失礼のない装いになった。



「ラシェル、急なことでさぞ驚いたことだろう」

「いえ、お父様も知らなかったことなのでしょう。⋯⋯どのような話かはご存知なのですか」


お父様と二人、重い沈黙の中でゴトゴトと馬車の揺れる音だけが響く中で、先に口を開いたのはお父様であった。


「いや、それはまだ聞いていない」


お父様の表情を見てピンと来た。

一瞬逸らした視線。そしてあえて優しく微笑む顔。

家族でなければ分からない僅かな動揺が見て取れた。


「分かりました。

聞いてはいないけど、大体は察している。そう言う事ですね」

「ラシェル」


私の深いため息のあとに告げた言葉に、お父様は明らかに狼狽えたように視線を彷徨わせた。

そして私を慰めるように、静かな声で私の名を読んだ。


このお父様の反応。

⋯⋯つまりは、この呼び出しは私にとって良くないことなのだろう。


このタイミングでの呼び出しだ。

嫌な予感がする。

それがただの予感で終わればいいのだけれど⋯⋯。


馬車が王宮へと入っていく中で、私の不安はどんどん大きく増すばかりであった。





王宮に到着するとすぐ、お父様と共に謁見の間に案内される。何を言われるのだろうと緊張感が襲う中でも、背筋を伸ばし微笑みを顔にのせることは忘れない。


ここまで案内してくれた侍女に礼を告げる。

そして目の前の大きな扉をただジッと見つめた。



この中に陛下が。


そう思うだけで、伸ばした背筋が更に伸びる。





ドアの左右に立つ騎士が両扉をゆっくりと開けた。

お父様と共に部屋の中へと歩みを進めると、視線の先に、この国のどの椅子よりも煌びやかな椅子に腰掛ける人物。


玉座には既に陛下の姿。



隣に立つ宰相と何やら会話をしていたようだが、私たちが入っていたことで視線を前へと向けた。



その場で深々と頭を下げると、「頭を上げよ」というバリトンの低くて通る声が部屋に響き渡る。

その声を聞いてから、お父様と共にゆっくりと顔を上げた。


視線の先には長い脚を組み、殿下と同じ蒼い瞳でこちらを見る陛下の姿。


同じ瞳の色だと言うのに、殿下のそれと輝きや力の入り方が違うのか、全く別のように感じる。

何よりも見る者全てを凍り付かせるかのような、氷のような視線。

それが対峙した相手に、恐怖感さえも感じさせ、逆らってはいけない人物だと本能が思わせるのかもしれない。



「さて、マルセル侯爵。そしてご令嬢。

わざわざ済まないな」

「いえ⋯⋯」


陛下は私たちに一言かけると、近くに立つ宰相に何やら小声で何かを言付けた。

それに宰相が「はっ」と答えると、宰相は腕に持つファイルを確認し陛下へと見せている。

それを陛下が確認し、何を書き込んだ後に宰相はまたそのファイルを受け取り、元の位置へと戻った。 



「あまり時間も無いからな。用件だけを言おう」

「はい」


陛下は発した言葉と共に、空気すらもピリッとしたものに変化させた。

その急に変わった空気に、思わず身構える。




⋯⋯やっぱり、嫌な予感がする。



思わず背中に流れる冷や汗を意識しないようにしながら、黙って陛下の言葉だけを待つ。


何を。

何を言うのだろうか。



そして、たっぷりの沈黙の後。

陛下がまた口を開く。



「今回の王太子との婚約であるが、解消とする」



え?



今、陛下は⋯⋯何と。




婚約⋯⋯婚約?


解消、というのは私と殿下の?



何故、何故。




陛下は何でもないことを言うかのようにサラッと事実のみを私に告げた。

言われた言葉を理解はしているのだろうが、自分のことだと思えない。ただ混乱する私を他所に、陛下は更に言葉を続ける。



「マルセル侯爵令嬢には、責任を持って王家が次の婚約先を見つけよう。此方から婚約の申し込みをした上での解消であるのだから、勿論悪いようにはしない」



頭を鈍器で殴られたような、大きな衝撃が襲う。


婚約先?



殿下ではない、他の誰かの?


どうして⋯⋯。

何故そのような⋯⋯。




だって、今回は違うじゃない。


今回は、私⋯⋯何も。

前みたいなことは何一つしていない。



それなのに、何故⋯⋯。

何故、婚約の解消、などと。




表情が強張り、黙ったままの私を庇うかのように隣に立つお父様が、一歩前へと出た。


「何故でしょうか。

我が娘は何か解消されなければいけないような事をしましたか」

「いや、其方の娘は何も問題ない」

「では王太子殿下が希望された、ということですか」


王太子殿下、その言葉にハッとする。


殿下が希望した?



まさか、そんな筈が無い。

だって、殿下とは想いが通じた筈。つい最近貰った手紙にも、私の体調や周囲を心配する言葉と共に、思わず心から喜び顔を染めてしまうような言葉さえも書かれていたというのに。


だからこそ、婚約解消だなんて信じられない。



「そうではない。今回のこと、全ては私の独断による決定だ」



陛下から発せられたその一言は、とても低く重く私の耳に入る。



独断による決定。



陛下から言われたことは、解消を願うものではない。決定を告げたまでだ。

私や殿下の気持ち、意向などは考慮する価値もない。


つまりは、命令。

そう言うことだ。



嫌⋯⋯。



陛下の命令に逆らうことなど出来ない。

だけどここで頷いたら、私はもう殿下の婚約者ではいられない。


そんなのって無い。

殿下の婚約者で居られなくなる。

嫌、嫌、嫌。

そんな思いだけが私の身体中を駆け巡る。


前回、婚約破棄を告げられた時。

その時は、ただ王太子殿下の婚約者という位置から降ろされたことだけが悔しかった。惨めな想いがした。


だが今は違う。



殿下と。

殿下と離れたくない⋯⋯。




殿下、殿下はこの事をどう思っているのだろう。


脳裏に優しく穏やかに微笑む殿下の顔が思い浮かぶ。あの蒼い瞳が真っ直ぐに向けられ、甘く私の名を呼ぶ殿下。




「⋯⋯王太子殿下と話すことは可能でしょうか」

「殿下はこの解消に同意をされたのですか」


震えような唇を必死に動かし、何とか陛下に訴える。


頭も口もろくに働きはしないけど、それでも今何か足掻くことをしなければ、もうどうにもならなくなる。その一心だけで、言葉にする。

私の気持ちを察するかのように、お父様からも陛下に声をかけた。



「王太子には、これからだ。だがそんなことは些末なこと」

「そんな⋯⋯」


陛下の眉間に若干皺が入り、言葉に微かに苛立ちと棘が含んだように聞こえる。


これから⋯⋯。

殿下は、まだ知らない?


いえ、もしかしたら一度話を蹴ったのかもしれない。

だからこそ、陛下は私に承諾するように命じているのではないだろうか。



僅かに目元に力が入るのを感じる。



殿下が、もし殿下が納得していないなら。

婚約を継続することも可能ではないだろうか。


そんな私の思いなど浅はかだと言わんばかりに、陛下は一度目を閉じて、再度私へと視線を向ける。


その視線は先程の氷のようだと感じたものよりも更に力強い。まるで氷の壁の中に閉じ込められたようで、全身に痛みを伴う。


そんな威圧感に、言葉を失う。




お父様さえも、唇を噛みしめ何も言えないようだ。




「もう一度言おう。いいな、これは決定だ」



話は終わりだ、とばかりに陛下は席を立つとその長い脚を動かし、私の脇をすり抜けていく。



呆然とするままに、私の口からポツリと言葉が漏れる。



「聖女様、でしょうか。

彼女が⋯⋯何かを希望されたのでは」



殿下は解消を希望する筈が無い。


だとしたら⋯⋯。

あの少女の顔が思い浮かぶ。




陛下は私の横で、一瞬足を止める。

チラッと視線を私に向けただけで、その凍てつく鋭い視線に肩が若干上がる。



「書類へのサインは宰相に頼んであるから、必ずするように。その後は侯爵と共に帰宅して良い」


だがその陛下の視線は一瞬のもので、言葉を私に掛けると直ぐにまた扉へと歩みを進める。




後ろで無情にもバタン、と閉まる扉の音を私はただ聞くことしか出来なかった。


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[良い点] いや、国を思うが故なのかも知れないけど、無理です。認めません。はげてください。
[一言] 王死すべし!!
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