やらなきゃ損でしょ?
そろそろノーネット世界に行く時期が近づいてきました。少なくともデスブラ編は畳んでいきますのでご安心ください。
GTレクスへの挑戦権……?
なんだそれ?こんなの俺は知らないぞ。万が一これがフレンド戦の申し込みだとしたら、《GTレクスからの挑戦状が届いています》になるはず。いや、フレンド戦をしたことないから実物見たことは無いんだけど。
分からないな。安易に答えていいのか、これ?
でも差出人はデスブラ運営だし……。
ブゥン。
よくわからないメッセージを前に悩んでいると、何も操作をしていないのに3Dホログラムモニターが起動した。
え、これストーリーモードで敵キャラの紹介やお偉いさんからオーダーが来る時以外使ったことないんだけど。何で今起動してんの?
『JEABDに所属する魔人諸君。今日も世のため正義のために力を振るってくれていること、誠に感謝する。JEABD総司令、一 正義だ』
でたなおっさん!JEABDストーリーで指令をぶん投げてくる白髪交じりの強面中年親父!
普段は魔人連中になにを言われても毅然としてるくせに、デスパレードの出現地域に高校生の娘が巻き込まれると、途端に慌てふためいて全JEABD出撃せよ!とか急に職権乱用しようとするパパじゃん!そしてこの娘がまたよく巻き込まれるんだよなぁ……。
『君たちも知っての通り、我らJEABDと憎きデスパレード、双方の最精鋭同士が激突した。その結果、悔しいが総合的に見て私たちは敗北したと言わざるを得ない』
そう言えばそうだ、クリエイターとアイスロードしか勝ってないな。全部いい勝負だったんだけどなぁ。今回はデスパレード側が一枚上手だったな。
『だがしかし!我らJEABDの正義の心は、その程度で折れはしない。今回戦いに参加できなかった者たちの中に、こう思う者がいるだろう。俺に戦わせろ、と思う者が』
思わず頷く。当り前だ、あれだけ熱い戦いを見て、体が疼かないやつはゲーマーじゃない。ゲームは見て楽しむことも出来るけど、やはり本質はプレイしてなんぼだ。
『そうだ、そうだとも。その通りだ。巨悪を見て萎縮する者など、我らJEABDにいるはずがない。そこに悪がいるのなら、速やかに正義を執行する。それこそがJEABD!我らが誇る精鋭が敗れた、だがそれがどうした!相手がどれほど強大な存在であろうと、どれほど仲間が倒れようと!正義が折れる理由には、悪が栄えて良い理由には断じてならん!今こそ立ち上がれ、正義の魔人たちよ!!』
グッと握った拳を胸の前で震わせ、熱く語る総司令。
ストーリーではコミカルな面もあったけど、基本的には熱く、真面目で、一直線。被害に遭った一般市民に心を痛め、殉職した魔人に涙を流す、その名の通り正義の人だ。
気づけば俺も拳を握っていた。熱意とは、思いとは人にうつっていくものだ。
『……だが、私とてむやみやたらと君たちを散らせたいわけではない。現在追跡班が補足している、JEABDの最精鋭を返り討ちにした4体のデスパレード。これと戦いたいと思う者は多いだろうが、やつらの強さは知っての通りだ。追いかける者は命を捨てる覚悟が要る。ゆえに、まずはこちらからランダムで追撃者を選出させてもらった。今頃選出された者の手元に、追撃の意志を問うメッセージが届いているだろう』
これだけ派手な演出をしたんだ、多くのプレイヤーが戦いを観るだろう。そして相手は今まさに最強の称号を手に入れた真の猛者。
これはどれだけ一位が強いかを当て馬となり身をもって知らしめろと、そういう意味にもとれる。そう思えば酷いもんだ、ボコボコにされて無様に負ける姿を晒せと言うのだから。
だけど、それがどうした?
『先に言っておく、これは命令ではない。純然たる君たちの意志を問うものだ。そのため、敢えて追撃指令ではなく巨悪への挑戦権とした。そう、権利だ。そして権利ゆえに放棄も自由。その場合、その権利は別の者へと移行する。よく考えて挑戦するかを選びたまえ』
考える時間なんて必要ない。俺が選んだ答えは、当然YES。それ以外に何がある?俺の他にこのメッセージを受け取ったプレイヤー全員がそう思っているだろう。
最強に挑める。ただそれだけで承諾する理由には十二分。
負けるとか恥とか、そんなのどうでもいい。そんなの気にしてゲームを楽しめるか。
こちとら金を貰ってるプロじゃない。ランキングが一つ上下しただけで生活が変わる様な身分じゃないんだ。純度100%、好きでやってる趣味なんだよ。
だったら楽しまなきゃ損だろう?こんな宝くじに当たる様な幸運、もう来ないかもしれないんだ。やるよ、やるやる。やるに決まってんだろ。
『……そうか、全員同意か。ありがとう、武運を祈る』
にっこりと笑った総司令のホログラムが消えたと同時、俺は戦場へと転送された。
戦場は何の変哲もない市街地。適度にNPCがいて、適度に建物が乱立しているベーシックなフィールドだ。
……緊張する。当然だ、相手はどう考えても俺より格段に強い。というか、現時点でビーストタイプの頂点に立つ存在だ。そんなのを相手にして平常心でいれるほど俺の心臓は強くない。むしろ興奮しすぎていつぞやの様に精神異常センサーに引っかからないかが不安なくらいだ。
SINGLE BATTLE! READY………FIGHT!!!
実力に大きな差があるプレイヤー同士のマッチング、特にデスパレード側が上級者の場合、JEABD側は開幕破壊行為をどれだけ早くに阻止できるかに全てがかかっている。
ここでもたついて多量のボーナスを得られてしまうと、勝利の可能性は著しく低下する。テクニックで負けている側が格上に勝とうと思うと、ボーナスの強化に頼らざるを得ないからだ。
候補は二つ。スクランブル交差点か、飲食店が並ぶ広場か。今回のマップだと、このどっちかになるはず……。
ドゴォン!……メキメキメキメキ……ズズゥゥン……!
今の音は……広場の方か!分かりやすくて助かるけど、どうしてこんなことを?
とにもかくにも現場に急行だ。せっかく向こうから居場所を教えてくれたのだから、どんな意図があるにせよ有り難く乗っておこう。
何本もの電柱が倒れている広場の中に、やつはいた。
上には派手なアロハの前を全開にして羽織っただけの、ボロボロのジーパンをはいた大男。厳つい顔と筋骨隆々の身体には無数の傷跡がついている、見るからに狂暴そうな外見だ。一目見ただけでお関わり合いになりたくないヤバい人臭がプンプン臭ってくる。
暇そうに首をボキボキ鳴らしながら哀れな被害者を足蹴にして立っていたそいつは、俺に気付くと獰猛そうな笑みを浮かべた。
「よォ。テメェが俺様のことをチョロチョロ嗅ぎまわってるってェクソバカか?ほっといてもウゼェから呼んでやったけどよォ、懲りねェなテメェらも。あのワンコロをぶっ殺した敵討ちってかァ?」
ああ、向こうにもそういう感じの説明はあったのか。つまりこの戦いは大牙 vs GTレクス戦のすぐ後ってことでいいんだな。
「違う。俺はあくまで家族のためだけに戦っている。他の魔人がいくら倒れようと関係ない。彼らもそれは覚悟の上だ」
「そうかィ、じゃあとっととやろうや。あの犬は食いでがあったが、テメェはどうなんだろうなァ!?“切り裂け牙よ!響けよ咆哮!食物連鎖の頂点に立つ王、それが俺様よォ!【竜血転身】!!”」
「 “母なる紺碧に感謝を捧げる。【海血転身】”。……狭い陸で粋がるなよ、トカゲ」
精いっぱいの煽りを返し、出来る限り堂々とGTレクスを見据える。戦い自体はどうであれ、せめてロールプレイくらいはこなして見せる。
「誰がトカゲだ、魚風情が!教えてやるから“平伏せムシケラ!俺様の名はGTレクス!この世の全てを食らう者だ!!”」
「シャチは魚類じゃない、哺乳類だ。俺は“コードネーム、サードオルキヌス。悪鬼の血により赤に染まりしこの体、より濃く染めて見せようか”」
体の大きさはほぼ同じ。相手の迫力に負けないよう、なるべく太々しくかつ自信満々に。俺たちはまるで野生動物がばったり出くわしたかのように、ガンを飛ばし合いメンチを切る。
めっちゃ怖いし今すぐ一歩引きたいが、何とか堪えて踏みとどまる。ここで後ずさりしたらその瞬間に負けが決まりそうな、そんな気がしたんだ。
つーかホントに怖い。迫力があり過ぎてマジで食われるかと思った。今まで何度も完成度の高いロールプレイを見てきたけど、これはちょっと凄いな。リアルとかそういうのじゃなくて『それそのもの』なんだよ。気を抜いたらGAME OVER的なものではなく、『死』的な終わりが来るというのが体と心にビンビン来ている。
「ほォ、俺様とにらみ合うたァ度胸はありやがる。いいぜ、“お前は俺の腹を満たせるか!?”」
「勘違いするな、お前が俺の腹に入るんだ。“荒れ狂う海がお前を呑みこむ。せいぜい気をつけろ”。『海鳴・クリック』!」
一瞬とは言え、初手でスタンを撃たせてもらう!
とにかく距離を取らないと、殴り合いになればまず負ける。アタッカーとシューターというスタイルの差はもとより、プレイヤーそのものの技量が違うのにどうして相手の土俵で戦えようか。
GTレクスも俺が本当にシューターだとは思わなかったのか、スタンは無事に入った。その隙にバックステップで距離を取り、近接戦のレンジから少しでも脱出する。
「チィ、くだらねェ手を使いやがって。その顎は飾りか!?」
「何でもかんでも噛みつき吠える、底が知れるぞ。俺がこの顎を使うのは、命を食らう瞬間だけだ『海鳴・ショックテイル』」
「だったら使うことはなさそうだなァ!!『暴竜走破』!」
GTレクスがその逞しい脚を地面も砕けよと踏みしめた瞬間、爆発的な加速で一直線に突進。その威力に俺の発した衝撃波はかき消される。これが悔しいところだが、ビースト・シューターのスタン攻撃はこの手のアーツを途中で止めることはできない。
基本的にアーツをアーツで正面から迎え撃つ場合、トリックスターの罠などの一部を除いて、純粋に威力で上回らなければならないのだ。そして俺の遠距離スタンはその一部には入っていない。
「『ペック・スラップ』!」
回転しながら裏拳を放つ近距離迎撃用アーツだが、まあ今回は撃ち負けるだろう。それでもいくらかダメージを軽減できれば……。
「あめェんだよォ!『暴竜尾撃』!」
裏拳が当たる寸前で身を翻し、空を切った俺の右腕をあざ笑うかのように、竜の尾ががら空きになった胴に叩き込まれる。
「ぐっふぉ……!」
あまりの衝撃にまともな言葉も出ない。
完全に読み間違えた、この相手がただの突進で終わるわけがないだろうが。
マズイ、早く距離をとらないと……。
「オラオラオラァ!!どうした手も足も出ねェか!海にプカプカ浮かんでりゃいいもんが、陸で調子乗ってっからだバカがァ!!」
剛腕が、牙が、蹴撃が、尻尾が。暴風雨のように俺の身体に叩きつけられる。
平たく大きな腕鰭でガードを試みるも、乱打の様に見えるその攻撃は的確にガードの隙間を縫ってくる。
「クソっ……この野郎……!」
止むことなく降り注ぐ攻撃に耐えかね、苦し紛れに放った尻尾がこともなげに掴まれる。
「なんだこのしょっぺェ攻撃はァ?攻撃ってのはなァ、こうやんだよォ!!」
尻尾を掴まれたまま振り上げられ、一瞬の浮遊感の後に地面へと叩きつけられる。背中に伝わる感触から、広場の舗装が砕けたのが分かる。
BPを消費する特殊なアーツではない、純粋な攻撃。そのため見た目の派手さに対してダメージはそこまででもないが、足掻きすら通らない圧倒的な実力差に心が打ちのめされる。
マジか……こんなに強いのか。こっちの攻撃がまともに入らないのに、向こうからは一方的にボコボコにしてきやがる。見るのとやるのは大違いとはよく言うけど、ここまでか……。
こっちはもう体力4割以上削られてんのに、向こうはほぼフルじゃねーか。やっべぇ、心折れそう。
あーちくしょう、どんだけこのゲームをやりこんだらここまで強くなれるんだ?スゲェよ、これが一番になれるようなプレイヤーか。これだけいいようにやられたら悔しくもないわ。
……いやいや、悔しいよ。悔しいに決まってる。このサードオルキヌスを作るのにどんだけ時間かけたと思ってんだ。こんなにあっさり負けそうになって、悔しくないわけがない。
ゲームで負けるのは恥じゃない。そりゃあ広い世界の中には無敗のチャンピオンとかいるかもしれないけど、ほとんどのプレイヤーは大なり小なり負けてるんだ。勝率が5割6割を超えたら十分強いさ。
でも『負けてもいい』と『負けても悔しくない』は別だろ?負けたって何も感じない、悔しくもないなんて、それホントに対戦楽しんでる?
「そうだ……最期のその時まで、抗い続けるとも」
まだ体力は半分ちょい残ってる、正義が折れるにはまだ早い。
戦意を喪失した相手を倒すなんて、そんな戦闘ですらない作業をこの相手にさせるなんて俺にはできねぇ。どんだけ惨敗を喫しようと最後まで戦わないと、相手と俺に失礼だろ?
「ゲハハハハ!足が震えてんぜ、そのまま寝てた方が楽に死ねるんじゃねぇのか?」
「……そうはいかん。“愛すべき家族がこの世にいる限り、戦うことこそが我が使命”。お前のような奴をのさばらせると、いずれ俺の家族にも害が及ぶ」
自分でもびっくりするくらい言葉がスラスラ出てくる。ああ、俺、今だいぶ熱くなってるな。
「そォかい。“そんなことで腹が膨れるのかよ?”俺様にゃあわからねェな」
そんなこと言って、立ち上がるまで待っててくれたのわかってるぜ。アンタも手ごたえ無いサンドバッグ殴るのは面白くないよな。そこまで劇的に変わるわけじゃないだろうけど、ちょっとは楽しませられるようにがんばるからよ。
「分からなくてもかまわない。さあ、仕切り直しだ」
大海原での戦いの日々を思い出せ。何のために俺がシャチをモチーフにしたと思ってやがる。たかが二足歩行になったぐらいで、ラオシャン魂忘れんなよ、俺。
どんな勝負やゲームにしろ、勝ったら嬉しいし負けたら悔しいものですよね。
桃鉄やドカポンをしたことがある人なら、隣に座ってニタニタ笑ってるやつをぶん殴りたくなるほど悔しい思いをした経験の一つや二つはあるんじゃないでしょうか。
ちなみに私はそれが原因で友達と取っ組み合いのケンカをしたことがあります。