振り返った時に笑えるのが思い出、死にたくなるのが黒歴史
黒歴史ではありませんが作者の恥ずかしい思い出を一つ。
下痢で授業中にトイレ行って事を終えた後に紙が無いことに気づき、男子トイレの全個室を半ケツで探すも一つもなく、途方に暮れるも決心して女子トイレへ。
ついに紙を見つけて神に感謝して女子トイレから出ようとしたところで、少しだけ早く授業を終えたクラスの女子とばったり遭遇。神はいないことを知った高校一年生でした。いや、言いふらさなかったあの女の子が神でした。
男子トイレで悩まずにさっさと女子トイレに行けばよかったんですよね。判断が遅い。
アリーナ。それは対人戦の舞台。我こそは最強であるという自己顕示欲の塊が集まる場所……というだけではなく、ストーリーでもたびたび来なければならない場所でもある。まあ、その場合戦うのはストーリー内のNPCなんだけど。
元々は空港か何かだったらしい設定のアリーナでは、フリー大戦やランキング戦が昼夜を問わず行われている。個人戦だけでなく、5VS5のチーム戦もあるようで、そちらはそちらで別のランキングになっているそうだ。
行われている試合はリアルタイムで観戦することも出来る。特に上位ランカー同士の戦いともなれば観戦者数は軽く千を超え、中には固定ファンがついてアイドルの様になっている有名プレイヤーもいるそうな。
「あー、人多すぎて酔いそう」
「そこまでかなあ。立ってる人がいない電車くらいの人口密度しかないけど」
スラクラの時はひたすらインターフェースを眺めることで事なきを得たが、今回は人を探して会話までしなくてはならない。なんだそれは拷問か?当たって砕けろでナンパするチャラ男ってどんな精神構造してるんだろうな、そのチャレンジ精神に超マジリスペクトっすよ。
事前に青が調べていてくれたおかげで、クチナシがどんなアバターを使っているのかはわかっている。まあ、予想通りと言おうかなんと言おうか。こう、クールビューティー目指しました感のあるぱっつんショートの超美少女だった。これがデフォルトならスゲーけど。
ちなみに俺と青はほぼデフォルト。自他ともに認めるパッとしない顔の俺は置いといて、そこそこ売れてるモデルの青はデフォルトでいいのだろうか。
「顔?ああ、別にばれても構わないよ。それに有名人やゲームキャラの顔を真似てアバター作るのは珍しいことじゃないし。この人この間ゲームにいたような……って感じでちょっとでも顔が売れれば儲けものだしね」
はーん、なるほど。親父やじいちゃんの世代はいろいろと偏見もあったらしいけど、今じゃあVRゲームは一種のスポーツだしな。トップクラスのプロゲーマーはマジで一流アスリートと遜色ない扱いだし、むしろVRギアとネット環境さえあればどこでも試合ができるプロゲーマーはTV番組なんかでもよく見る。
メディアへの露出が増えたおかげでイケメンと美人が多くなったなぁ……と親父がしみじみと言ってたっけ。
っと、何しに来たのか忘れそうになってた。クチナシはどこだ。多分ランキング個人戦のロビーにいるはずなんだけど。
キョロキョロと青と2人でそれらしいところを探していると、割とあっさり見つけることができた。今まさに対戦を終えたようで、戦場からの帰還者用の通路から出てくるとそのまま仏頂面でロビーのベンチに座った。
「チャンスじゃん、行ってきなよ」
「今更だけどめっちゃ帰りたい。なあ青、考えてみてくれ。中二病患者の女子高生にコミュ障の大学生で話し合いになると思うか?」
「思わないけど、少なからず接点がある赤とは違って僕は完全な他人だから。一緒にいてあげるけど僕の方に話振らないでよ?『モデルの青山春人、ゲーム内で女子高生をナンパ』とかSNSに上げられたら死活問題だから」
ですよねー。はあ、もうどうにでもなれ。俺と優芽の関係を言って、対戦まで持っていければその後勝とうが敗けようが後は知らね。やってやれないことはないかもしれないけど、ランカーに勝てる自信はないわ。
そもそも十年くらい前にはよく遊んでたんだから完全な他人ではない。大丈夫大丈夫、いけるいける。俺ならやれる大丈夫。そうだ信吾、脳内シミュレートだ。挨拶→優芽が心配してる→対戦で勝ったら話聞いてあげて→対戦→終了。完璧じゃないか。
意を決してクチナシに近づき、声をかける。当然、何かあった時には無茶振りする気マンマンで青を連れて行くのを忘れない。
ベンチに座り、インターフェースを操作している彼女に、精いっぱいの人当たりよさそうなさりげない笑顔を向ける。がんばれ俺の表情筋、クジラに戻りたがらないで。
「あ、あのー……クチナシさん、ですか?」
「なんですか、それがどうしましたか」
凄い怪しいものを見る目で邪険な感じの返答が返ってきた。
あ、やっべ。第一声がそれがどうしたとか、メンタルブレイクされそう。
いやいや、見知らぬ人とは言えいきなりなんでそんな警戒レベルマックスなの。俺ちゃん寡黙でおとなしい超一般ピーポーよ?
「端的に言って顔が気持ち悪い。普段の無表情の方がまだ100倍マシだよ。なに?笑顔はもともと威嚇行為だったって言いたいの?」
隣に立っている青から小さな声でとてもとても辛辣なお言葉を頂戴する。個人的には朝のおはようテレビのアナウンサーを目指した爽やかスマイルだったはずなんだけど……。
どうやら俺のアバターの表情筋は死んでいるらしい。これは運営に言えば治るのかな?
「あの、本当に何なんですか?用がないなら近寄らないでください」
少し落ち込んでいるうちにクチナシの警戒度がバリバリ上がっていく。アメリカを舞台にしたクライムアクションゲームなら手配レベルマックスに近い。そろそろ武装ヘリが飛んでくるかもな?
マジで通報されても困るので、どうにか警戒を解いてもらいたい。手っ取り早く優芽の名前を出そう。
「きーちゃん、といった方がいいか。まて、怪しいものじゃない。赤石優芽の兄です。優芽に頼まれて君を見に来た」
それでいいんだよ、55点。と青の評価はやや厳しい。ええわい、単位は出てるもんね!
いきなりリアルのあだ名で呼ばれたクチナシは一瞬これ以上ないほどに不審な目をこちらに向けて来たが、優芽の名前を出すことで事なきを得た。あぶねえ、マジでGMコールされるかと思った。
「あーちゃんのお兄さんですか、お久しぶりですね。……しかし、放っておいてと言ったのにお兄さんまで巻き込んで何がしたいんでしょうか」
やれやれ、と芝居がかったように肩をすくめて見せるクチナシにVR空間だというのに何故か胃が痛くなってくる。やめてくれよそのクールな強キャラのムーブ。見てるだけでこっちが恥ずかしくなる。
絶対この子優芽以外に友達いないだろ。言葉は悪いけどむしろなんでこんなのと友達なんだ妹よ。あ?お前がそんなこと言える義理かって?心の中なら何言っても罪には問われねーんだよ。
「ああ、うん。対戦で勝ったら妹の話を聞いてくれるんだろ?」
「はあ。そんなことも言いましたね。それで、お兄さんが代理で戦うってことですか?」
「俺もこの間やり始めたばかりだから勝てるとは思わない。やるだけやってくれ、それで優芽も納得する」
ストーリーも全クリしていないルーキーがランカーに勝てるか。優芽には悪いが、人生どうにもならないこともあるし、話が通じない人間もいるということを勉強してくれ。
自分から負けようとも思わないけど、だからと言って現状で勝ち目はほとんどない。特にミスなく追い込むタイプのクチナシは、その性質上格下に滅法強いはずだ。弱者が強者に勝つには油断を誘うかミスに付け込むしかないが、それがないのだから。
ちゃっちゃと終わらせよう。
そう、思っていたのだが。
「ランキングにも載っていない人と戦うのは時間の無駄ですけど、それであの鬱陶しい付き纏いがなくなるなら、まあいいでしょう。正直もううんざりしてましたし。学校に行こうだの家族が心配してるだの、くだらない。私は私の才能を生かしているだけなのに」
「……対戦は三日後でいいか。まだ始めたばかりで納得いくレムナントが組めてなくてな、さすがに適当に負けるのは優芽に悪いから準備がしたい。それまでは付き纏わないように言っておく」
なにか青が驚いているようだがその言葉は俺に届かない。
ふうん、と見下す態度を隠そうともしないクチナシは、さも興味はありませんよとでも言いたげな風にこちらを見上げる。
「別に構いませんが、お兄さんも無駄な時間を積み上げる趣味があるんですか?こういうのはさっさと終わらせておくべきだと思いますけど」
「そう言わずに。三日後なら土曜日で優芽もいる。あいつの目の前で勝敗を決めれば食い下がることもないだろ?こういうのはきっぱりと見せつけてやらなきゃな」
おそらく、その時の俺はとてもいい笑顔をしていただろう。これ以上なく爽やかな、好青年この上ない笑顔。
まるで、妹の願いが叶わないことが楽しくてしょうがないとでもいうかのよう。そんな風に、クチナシには見えたのだろう。
「へぇ……。お兄さんもなかなか酷い人ですね」
「そうかな?そうかもな。でもそれでいいといったのは俺じゃないから。俺は自分にできることを全力でやるだけ」
それじゃあ、三日後の午後二時にここで。それだけ言い残し、俺はアリーナから出てガレージへと戻った。