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4:友人の友人はおかしい

閑話。短いです。



 私の友人は、変な人だ。

 寮の部屋に帰りつくなりベッドに突っ伏したレナリアを見つめ、ジュリエッタはしみじみ思う。


 寮の二人部屋はそれなりに広いが二人で使うためあまり広く感じられない。入ってすぐのところに机が二つ並べられ、その隣にそれぞれの本棚がある。ベッドはその奥の窓際だ。テーブルやソファを置く余裕もなく、話をするときはたいていベッドの上に寝転んでいる。


「レナリア、大丈夫?」

「友だちのやさしさが身に沁みる……。心の友よ~」

「はいはい」


 学生寮で暮らすのは地方出身の生徒だ。食堂と浴場は共同だがトイレは部屋についており、基本的に自分のことは自分でやらなければならない。実家に余裕のある者なら世話役のメイドを連れて掃除や洗濯をしてもらうが、レナリアとジュリエッタは学費と寮費で精一杯だった。


「殿下もそうだけど側近のみなさままで役に立たない。というか、やることなすこと裏目に出るって逆に器用じゃない? 高位貴族のお坊ちゃんってみんなああなのかな」

「周りの人たちが先回りしてなんでもやっちゃうから、気づかいとかしてこなかったんじゃないの?」

「そんなんが将来この国のトップとか。大丈夫かこの国」


 大丈夫じゃないからこんなことになっている。


 レナリアは長女のせいか面倒見が良い。女官志望で勉強熱心だし、頼まれ事には全力を尽くす。気さくな性格で友人も多い。


 同室ということでジュリエッタは彼女と一番親しくしているが、エリックの浮気相手に選ばれてしまったレナリアの焦りを察してクラスメイトもさりげなく情報収集に動いていた。


 アイリーンとエリックが不仲なのは周知の事実だが、だからといってあれはない。レナリアはそういうキャラを作り、アホの子になりきっていた。エリックの前限定の変貌とその後の疲労具合にジュリエッタ他の友人たちも深く同情している。


「だから宰相様がいるんでしょ。殿下や側近のみなさまも、卒業すれば嫌でもしごかれるんだもん、今くらいは気楽に遊んでもいいとお考えなのかもよ」

「そうかな……そうかも! 私も就職前に礼儀作法のおさらいしとかなくっちゃ!」


 がばっと体を起こしたレナリアは、本棚から礼儀作法の教科書を取り出した。ベッドに寝ころんだまま読み出す。


 一口に王宮女官といっても、コネも後ろ盾もない下位貴族の令嬢はまず奥向きのハウスメイドからになる。結婚の箔付けや行儀見習いになると表向きのメイドとして働き、貴族と顔を合わせる機会が増える。こちらはいわゆるパーラーメイドだ。そこで働きが認められたり、気に入られれば王族や要人付きの女官に昇進する。トップの女官長ともなると王宮全体を掌握し、王に直接発言することもできた。信頼と実績の女官長である。


「今さらおさらいしても、あのキャラのインパクト強すぎて意味なさそう……」

「うっ。痛いとこ突くわね」

「事実だし」


 クラスメイトにも女官志望がいるし、噂はすでに広まっている。エリックの肝いりで内定になった新人に、王宮はとんでもない問題児が来ると戦々恐々しているだろう。


「いっそのこと殿下付きに採用してもらったら?」

「止めてよ。バイト終わってまで殿下の尻拭いとか無理。気まずいし」


 あて馬がエリックの側付き女官など、どんな顔してアイリーンに会えばいいのかわからない。


「ちょっと、それだとアイリーン様と殿下が上手くいかないって言ってるようなものよ」

「あっ、そうなっちゃうか」


 実際どうなのだろう。ジュリエッタは身を乗り出した。


「私のところにまでアイリーン様のご友人が聞きに来たわよ。はじめのうちは殿下とバカップルって感じだったけど、最近はずいぶん頼られてるみたいだし。もしかしてレナリアに乗り換えるつもりとか……」

「ないない! それはないって! 殿下のしょーもないところが見ていられなくてツッコミ入れちゃうだけだから!」


 それもどうなんだろう。

 本を閉じたレナリアは胡坐を組んだ。


「殿下にツッコミ。しょーもないってあんた……」

「顔だけはいいからそうは見えないけどね。殿下だけあって堂々とした態度だし。でもそうか、周りにも聞きに来てるのか」

「本気で浮気してるわけじゃなくて、殿下に誘われて断れず、とは言っておいた。アホの子ぶりっ子も殿下対策の演技です、って」

「おお、ありがとー。そのわりにアイリーン様にはお似合いって言われちゃったなぁ」


 アイリーンの気を引くためのあて馬なのに、とっくにばれている。知っていてあの態度では百パーセント脈なしだ。


「……ならもう外堀から埋めていくか。あのね、殿下たちは今、セイリオス様の捜索をしてるの」

「セイリオス様? 今さら?」

「今さらだけどね。セイリオス様を心配してるアイリーン様を気づかうこともなく俺に惚れろ、じゃアイリーン様は頑なになるだけでしょう。せめてもの誠意を見せなくちゃ」


 アイリーンが次の恋に進むためにもセイリオスを吹っ切ることが重要だ。それにはジュリエッタもうなずいた。


「そうね……。いない人を想い続けるのもお辛いでしょうし……。もう三年か、なにか見つかったの?」

「それがさっぱりみたい。セイリオス様は政務官だったから、出勤記録とか取り寄せて調べてるそうだけど、王宮を出てからの足取りが摑めないんだって。私はその頃実家にいたし、噂しか知らないからお手伝いできなくて任せっきり」


 駆け落ち説があるのも足取りが摑めないからだろう。若く優秀な貴公子。おまけに公爵家の跡取りでもある。さぞや誘惑が多かったことは想像に難くない。たちの悪い女に引っかかったとしてもおかしくなかった。


「ダメじゃん」

「ダメってことはないわよ。セイリオス様のことを諦められないアイリーン様のためになにかしたいっていう姿勢が大事」


 結婚を前に、昔の恋人を忘れられない婚約者を思いやり、憎い恋敵を探している。そんな姿が人の目に留まれば、美談としてアイリーンの耳にも届くだろう。


「……アイリーン様にはきっかけが必要なんだと思うの」


 忽然と消えた恋人を待つ女の気持ちはジュリエッタにも、レナリアにもわからなかった。


「殿下に恋をするきっかけ?」


 ジュリエッタの問いに、レナリアは悲しそうに首を振った。


「セイリオス様を過去にすることを許す、きっかけ」

「…………」


 待ち続けるのは辛いだろう。三年間も音沙汰がなく、生死もわからない状態では精神が擦り切れる思いに違いない。心が壊れてしまう前に、誰かが認めてあげるべきだ。セイリオスを忘れようとするアイリーンを。


「ねえ。……レナリアはさ、殿下とアイリーン様が上手くいくと本気で思ってる?」


 レナリアの行動は、エリックとアイリーンのこじれまくった仲をなんとかしようとしているように見える。

 しかし言葉の端々にエリックへの非難の響きがあった。


「思わない」


 レナリアは即答した。


「一時和解しても、殿下はアイリーン様と強引に婚約したって後ろめたさがあるもの。すぐにまたこじれるわね。そしてそうなった時、殿下がやるのは逃げの一択。アイリーン様に難癖つけて責めることで後ろめたさから逃げようとするはずよ」


 近くでエリックを見ていればわかる。逃げとごまかしがエリックの基本行動だ。自分の弱さから逃げ、精神的苦痛をごまかすために誰かのせいにする。なまじ外面がいいので自分を被害者に持っていきやすいのだ。誰かを断罪して安心し、それにまた罪悪感を抱いて加害者を作り上げる。アイリーンは格好のスケープゴートだろう。


「それがわかってるのならもう辞めたら? あて馬として充分働いたよ」

「そうなんだけどね~」


 レナリアは持ったままだった礼儀作法の教科書で頭を叩いた。


「馬鹿な子ほど可愛いっていうか、殿下と側近そろってまるでダメな子なものだから、放っておけなくて……」

「ほだされてどうするのよ……」


 エリックが泥舟だとレナリアもわかっているのだ。このままエリックが王になっても宰相に操られるだけで、父王と同じく王のプライドも男の充足感も得られないまま怠惰に過ごすことになるだろう。エリックによる親政でもろくなことにはならなそうだが、王の権威が落ちたままでは国が保てなくなってしまう。


「だから、アイリーン様にはしっかり殿下の手綱を握ってもらって欲しいのよ」

「レナリア、それダメな息子を持った母親が嫁に言うセリフよ」


 長女気質で放っておけなくなったのかと思いきや、母目線になっている。結婚もしていないのに、なんだか不憫になってきた。


 でも。


「レナリアらしいわ」


 ジュリエッタの友人は真面目におかしくて、そして底抜けのお人好しなのだ。


真面目に考えて真剣にアホの子やってる。プロ根性。

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