青年と婚約解消
リリムとの死闘を終え、ルーデル達は副団長のドラゴンに近くの街まで送り届けられた。流石に六人で乗ると狭いドラゴンの背中で、ルーデルは終始ご機嫌だった。憧れの騎士団の副団長に街まで送って貰えるのだから、喜んでも仕方ないだろう。
「はしゃぐなルーデル。これからが大変なんだ。私やユニアスの実家なら手紙を出せば、それなりに動いてくれるかもしれない。だけどお前の実家は……」
言い難そうに最後の言葉を濁すリュークに対し、ルーデルも苦笑いして応えた。ルーデルの家庭環境は、リュークもユニアスも知っている。次期当主であるはずのルーデルに、必要以上……いや、異常に厳しいのだ。厳しさも将来を考えた物ではない。ただ辛く当たるだけの物。
そんなルーデルの実家が、手紙一つで動いてくれるとも思えない。逆に、ルーデルの意志とは反対に動いてもおかしくない。リュークはそう考えていた。
「大丈夫さ。父も母も、この手の事はもみ消すから……余り俺にも関心が無いから、手紙を出さない方が良いかも知れないけどね。学園に来てから手紙も書いてるけど、事務的な物以外は返ってこないし」
ユニアスが、暗くなる話題を振ったリュークを肘で突く。そうして街までは、少しだけ気まずい雰囲気で過ごす事になる。
◇
国境近くの街にて、ミースはボロイ布に包まって表通りを歩いていた。布自体も酷く臭いが、ミース自身が逃げるために使った煙幕の臭いが染みついて酷く臭い。
「ちくしょう……宿の極秘資料なんかは回収したけど、即出ていけとか酷くない? それにどこの店も私に対して冷たすぎるわ! 買い物一つまともにできないなんて……だから王国は嫌いなのよ!!!」
逃げるために使った臭いつきの煙幕は、ドラゴンから逃げるためには役に立った。だが、今度はその臭いで追いかけられる事をミースは知っている。実際に目立つのだ。臭すぎて!
「お腹すいたぁ……アツアツのステーキ食べたい。いっだ!」
下を向いて歩くミースは、そう呟いた後に前から歩いてくる人物とぶつかった。それは街に戻ってきたルーデルだ。バーガスとバジルは病院へ向かい、リュークとユニアスと共に宿に帰る途中のルーデルの腕には屋台で買った串に肉を刺して焼いただけの食べ物が抱えられている。
それを見たミースのお腹が盛大に鳴ると、ルーデルは笑顔で串を一つ取り出して差し出した。ミースはそんなルーデルが眩しく見えた。しかし
「一串、五セスだ」
「お金を取るの!」
叫ぶミース。渋々と財布からお金を取り出し、ルーデルに渡して代わりに食べ物を手に入れた。それをすぐにかぶりつくミース。そんなミースをリュークもユニアスも少し離れた所から見ていた。……臭いからだ。
「買おうとしても買えなかったのだろう? さっきから独り言が大きくてすべて聞こえていたぞ。それとも恵んで欲しかったのか?」
「えっ! ど、どこから聞こえていたのかしら?」
「宿から追い出された所からかな。まぁ、その臭いでは仕方ないと思うが……王国を嫌いだと叫ぶのは止めた方が良い。今は騎士団がピリピリしているからすぐに連れて行かれるぞ」
慌てるミースはすぐに街から出る方法を考えた。しかしまだお腹は空いているし、国境を超えるにはこの状態では不味い。もう少し食料が欲しいミースは、ルーデルの腕にある沢山の串を涎をたらして見つめる。
その姿に串の入った袋ごとミースに渡そうとしてルーデルはいう。
「全部で55セスだ」
「っ……! わ、分かってるわよ! 全部買うわよ! 買わして貰いますわよ!」
恥ずかしいのか嬉しいのか自分でも分からないミースは、金をルーデルに渡すと袋を受け取る所でルーデルの顔を見た。更に恥ずかしくなって顔をそむけたミース……それが不味かった。
ミースの手元が狂って、しかも恥ずかしくて急ごうとしたミースの手が掴んだのは……ルーデルのズボンだった。更に悪い事に、ルーデルのベルトはリリムとの戦いで壊れていたのだ。勢いよく引っ張ったミースに、油断していたルーデル。その結果は……
「な、何をするんだ!」
「え? ……ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!! おっきいぃぃぃ!!!」
なんとミースはルーデルのパンツごと引き下ろしてしまったのだ。下半身を丸出しにされたルーデルは慌てるしかない。しかもまじまじとミースに見られた上に、本人は串の入った袋を持って逃走……リュークやユニアスも離れており、そこには下半身丸裸のルーデルが取り残された。
運が悪いのか、その場にカトレアが現れる。
「ここに居たんですか。学園まで送り届けるように副団長が……って! 何してんのアンタ!」
「ち、違う! 今さっきズボンを引き降ろされただけだ」
そう言ってズボンをはきなおすルーデル。呆れたカトレアだが、自分もちゃっかりルーデルの下半身を見ていた。ズボンをはいたルーデルに興味を無くして周りを見れば、何やら書類らしきものが散乱している。てっきりルーデルの書類だと判断したカトレアが、拾いながら愚痴をこぼそうとして気付いた。
「全く……何があったかは知りませんが、書類はもっと大事に扱って下さい。騎士になれば嫌というほど書類を書かされ……これは?」
書類の内容を少し見て怪しむカトレア。内容は何かの観察日記のような物だったが、その書き方や字から少し気になった。それを読み進めていくと、今回の帝国兵士の動きに説明がついた。
「それは俺の物ではないです。さっき女の子が落とした書類ですよ。はぁ、届けないといけないな」
「その子を追うわ。特徴は!」
「えっ? ……臭いがきつい事かな」
カトレアはその言葉を聞いて笑みがこぼれる。決して優しい笑みではない……暗く、難い敵を見つけたような獰猛な笑み。その笑みを見て、臭いはきついがカトレアも美人だなと関係ない事を考えるルーデル。
(私に恥をかかせた帝国の女……絶対に見つけ出して拷問にかけてやる!)
「私はすぐにその女を追うから、あなた達はすぐに宿屋に戻っていなさい」
そう言ってその場から走り出したカトレア。そして最後にはルーデルだけが残った。
「……宿屋に帰るか。それよりもリュークにユニアス! 笑っていないで助けてくれよ」
いつのまにか集まった野次馬達をかき分けて、笑うのを堪えたリュークと大笑いしているユニアスが現れる。
「い、いや、悪かった。あまりにも突然すぎて反応が遅れた」
「こんな大通りで下半身丸出しって……流石ルーデルだな。イズミにも教えてやらないといけないな」
「ま、待て! イズミは関係ないだろう」
笑いながら宿屋に帰る三人。ミースの落とした書類により、リリムの罪が軽くなったのは三人が学園に帰ってからになる。
強化型オーガという兵器の実験を行っていた帝国。その標的になってしまったルーデル達を偶然とはいえ救ったのだ。リリムはこの事実で処罰が降格と謹慎ですむ。オーガとの戦闘の後に、ルーデルと殺し合った事はルーデル自身が許し、未だに婚約関係にあった事で見逃された。
しかし、今回の事件やこれまでの行動から、正式にカトレアとリリムはルーデルとの婚約を解消する事になる。