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導き出された答えと、その結果がもたらすもの

「たっくさん動いて、たっくさん食べたわねー! お昼もぐっすり眠れば、みんなかっこいい子になるわよ? 女の子はアタシ以上の美人になるかしら?」


「えー、シビラよりびじんとかむりだよー」


「挑む前に諦めちゃ駄目。まあアタシは世界一の美人だから超えるとか無理だろうけどね」


「いってることむちゃくちゃじゃーん」


 子供に囲まれながら、シビラは子供達を寝かしつけにいった。

 さすがにシビラだけだと両手に余るので、残りの子は護衛も兼ねてエミーが連れて行く。


 キッチンに戻ろうとするフレデリカに、折角なのでと俺は洗い物を立候補して担当させてもらった。

 さすがにこれぐらいはやっておかないと、作れないのに食べてばかりというのは申し訳ないからな。


 洗っている俺に、フレデリカは後ろから声をかけてくる。


「もう、いいのに〜」


「やらせてくれ。いつまでもお世話になっている孤児じゃないんだから、フレデリカとも対等にありたいんだよ」


「なんだか真っ黒になってから、かっこよくなっちゃったね。本当は【聖者】ってだけで、ずーっと私よりも上なのよ?」


「ふん……こんな職業、たまたま太陽の女神がなすりつけてきただけだ。俺は自分の行動以外で偉くなるつもりはない」


 特に、シビラがあそこまで嫌がった『赤いネックレス』のように、肩書きみたいなものだけで頭を下げられるようなのは心底御免だ。

 そうでなければ、俺自身がシビラの隣に立つ資格を認められないからな。


「ふふふ……本当に、かっこいい。表面的な良さってんじゃなくて、芯がいいっていうか」


「褒めても何も出ないぞ」


「洗い物してくれる男の人ってぐらいで、十分報酬としてはもらいすぎよ。作るだけ作って、鍋置きっぱなしにしちゃう人も結構いるんだから」


 そういうものなのか? 俺が結局料理を作れるようにならなかったので、その辺の感覚はよく分からんな。

 だが、料理を作るフレデリカが喜んでくれるのなら構わない。

 押しつけがましい恩を売るつもりはないからな。


 ……そういえば、フレデリカとばかり会話していて気付かなかったが、こういう時に賑やかな奴が静かだな。

 俺は鍋に水を入れながら、後ろを振り返る。

 そこには、珍しく表情を消して俺のことをじっと見ているアシュリーがいた。


「……ほんと、本当に……本当にラセル様って、本っ当に、かっこいいですね」


「なんなんだアシュリーも……偽物のかっこいいがありそうな言い方だなおい。あと様はいらん」


「ありますよ、偽物」


 何故か、妙にはっきりと言われた。


「どうしたんだ、一体」


「……あ、あっ! ああいえ! 何でもないです! はは……。いやー、フレデリカさんがいい奥さんになるのなら、ラセル様はいい旦那さんになりますね!」


 慌てたアシュリーは本当に何気なく、俺達を見たままに言ったに過ぎないのだろう。

 だが、その二つを並べたような言い方は……どうしても、別の想像をしてしまう。


「……」


 フレデリカが、恥ずかしそうに上目遣いでちらちら見ながら、その聖職者にしては目の毒になるものを両腕で抱き寄せる。

 俺は昔からの癖で、目を逸らす。……決してアシュリーに言われたことを意識したから目をそらせたわけではないからな。


 俺達の様子を見て、自分の言ったことにようやく気付いたアシュリーが慌てた。


「……あっ……あ、ああーっ……! す、すみません、そんなつもりじゃ」


「もう、駄目よ。私がよくても、ラセルちゃんは嫌がるじゃないの」


「嫌がる、は言い過ぎだろ。そんなに狭量に育ててもらったつもりはないぞ。あと洗い終わったからな」


「あっ……えっと、ありがとう。ラセルちゃんって、器用で手早いわよね。料理も習ってみる? 一緒にキッチン立ってみたり」


 俺は黙って首を振った。

 昔はそれも憧れたが、キッチンナイフを持つのをエミーに止められていたからな。


 フレデリカもダメ元で聞いてみたつもりなのか、少し寂しそうに一歩引いた。


「……ラセル様、そこは頷きましょうよ」


 アシュリーは事情を知らないだろうから、無視。


 ただ、エミーは【宵闇の騎士】になって、内面も少し変わった。もしかすると今のエミーなら、俺がナイフを持つことも受け入れてくれるかもな。

 気が向いたら、聞いてみるか。




 寝室に戻ると、シビラとエミーが既にくつろいでいた。


「あっ、ラセルおつかれー。洗い物してたんだね」


「俺だけ何もしてなかったからな。二人も寝かしつけご苦労」


「ん、寝付きのいい子ばかりで助かるわ。きちんと育てられているのね」


 シビラは子供好きだ。その子供達のことを褒めながら話す時は、いつものいたずらっ子のような顔から、穏やかな母親のような……それこそ女神のような表情になる。


 ……なっている、と思っていた。


「どうした、シビラ」


 違和感に気付かない方が無理、というものだ。

 シビラは子供のことを語りながら、ずっと眉間に皺を寄せていたのだ。

 有り得ない。こいつの性格を知っていると、今の会話でする表情とはとても思えない。


 まずシビラは、エミーに何か異常がなかったか聞いた。


「えっ? えーっと、留守の間はフレデリカさんが料理を作って、今日も同じだったぐらいだよ。アシュリーさんは買い出し」


「食材を買いに行くのがアシュリーなのね。特に変な様子はなかった?」


「うーん……なかったかなあ。帰りが結構遅いってことぐらいかな? 買ってきたのは見ての通りの野菜とお肉だけだよ」


 話を聞く限り、おかしいところはない。

 だがシビラは腕を組みながら、溜息を吐いた。


「次、ラセルが気付いたことはある?」


「そうだな……」


 俺は先ほど、フレデリカとアシュリーの調理で不自然に感じた部分を話した。

 何故自分がこんなに不思議に思ったのかは分からない。

 だが、どうにもひっかかったのだ。二人の調理している風景が。


「調理風景が引っかかったと。一つずつ思い出してもらってもいいかしら」


「あまり詳しく覚えている自信はないぞ。……ええとだな」


 まずは、フレデリカが肉のブロックを小さく切り分けていたな。

 アシュリーもその辺りを手伝っていた。


 フレデリカは野菜も手早く切る。

 手慣れたもので、人参も芋も同じぐらいのサイズになり鍋の中に落ちる。


 それから……砂糖と塩を取ってもらっていたな。

 フレデリカは粉末状になった砂糖を入れ、岩塩をミルで挽く。

 アドリアでも見たから、その調理方法はシビラも見た筈だ。


 ……やはり、その辺りで何か引っかかるんだ。


 シビラにそのことを伝える。

 今の部分で、何かおかしいところはなかったかと。

 それに対して、シビラは一つのことを聞いてきた。


「ラセル。アタシの気のせいじゃなければ、アシュリーも調理……というより、調味。味付けしたんじゃないかしら」


 俺は、シビラの問いに頷いた。

 あれは何かの肉だったから、確か塩を振ったのだと思う。


「有り得ないわ」


「お前が一緒に味付けしたって言ったんじゃないか」


「そうね。だけど……有り得ないのよ。味付けを二人がするというのは、非常に危険よ。特に塩は有り得ない。今日の味は、優しい薄味……ああ、なんでこんなことに気付かなかったのかしら」


 シビラは苦悶の表情で頭を振る。

 俺とエミーは顔を合わせると、シビラの続く言葉に集中した。

 恐らく、ここからが核心だ。


「フレっち……フレデリカが料理をしに来る前から、調味料の棚があった。砂糖の瓶と塩の瓶。それはつまり、アシュリーも料理をしていることに他ならない」


 そりゃあそうだろう。買い物に行っていることからも分かるし、第一アシュリーが料理できずに子供達の食費をまかなうことなどできるはずがない。


「料理ができる人が、互いに確認もせずに塩を使うことは有り得ないわ。塩は少量で、食べられなくなるぐらいに味が変わるもの。一度でも塩を使った料理をすれば、それは分かるはず」


 シビラは思い出すように目を閉じて指を立てて、瞼の裏にある調味料の瓶を一つずつ指していく。


「砂糖、塩、ホワイトペッパー、ローズマリー、クローブ、クミン、シナモン、後は乾燥して細かくしたのはバジルかマジョラムかタラゴンか……昨日のジェノベーゼから察するにバジルかしら? 凄いコレクションよね、フレっちが孤児のために、あそこまで揃えていることに驚きよ」


 俺は、料理してないのに棚のものを全部記憶してるお前に驚きだよ。


「——それが、最初から間違いだったの」


 ところが、シビラは自分の言った内容を即座に否定した。


「フレっちの料理の特徴。それはピンクの岩塩をミルで挽くことよ。だからどの孤児院にも、塩は粉末ではなく岩塩の方を用意させてある。彼女のこだわりなんでしょうね」


「……!」


「ラセルも気付いたわね」


 そうだ。

 完全に先入観に囚われていた。


 白い調味料が二つ並んでいると、勝手に砂糖と塩だと思い込んでいたのだ。

 ……違った。

 孤児院が全て岩塩をミルで挽く形式にしている以上、白い粉が塩であることは有り得ないのだ。

 そこから導き出される疑問は一つ。


 ——アシュリーは一体、何を入れたんだ?


「シビラ」


「行きましょう、アタシ達はこれを確認する必要がある。エミーちゃんは引き続き、フレっちのそばにいて。可能性としては低いけど、人間に狙われようものなら遠慮なく『盾』の力を使っていいわ」


 方針を固めると、俺達は立ち上がって部屋を出た。




 一階に降りると、フレデリカが既に晩の仕込みを見ながら本を読んでいた。

 漬け込みのように見える。ならば、調味料をすぐに触ることはなさそうだ。


「アシュリーなら、買い出しに行ってるわよ」


 留守か、それは都合がいいな。

 俺とシビラは目を合わせて頷くと、調味料の棚の瓶を二つ取る。

 エミーはフレデリカの隣で一緒に本を読み始め、シビラが部屋に……ではなく、外に出たところで俺も後を追う。


 人のいない昼の街。

 シビラは、孤児院の裏庭に来て、木の棒を拾った。


「子供達は、みんな元気だった」


「そうか」


「今日は、ね」


 引っかかる言い方だな。

 ……いや、今までの話の流れから察するに、シビラが一体何がいいたいのかも分かってきている。


 そうだ、帰り道に言ったじゃないか。

 この街の原因は『食べ物』だと。


「命は全てに宿る。動物でも、植物でも。綺麗事は抜きで、全ての生き物は命を食べて、命を生んで、命を繋げて生涯を走り抜ける。……だからアタシは、食べ物を無駄にするのって本当に嫌なのよ」


 あれだけ怒りを顔に滲ませていた理由は、それか。

 命を繋ぐ、か……。シビラはそういうものを、ずっと見てきたのだろう。


 シビラは二つの瓶を見る。どちらも白い粉だ。

 一つを開けて、傾けて舐める。


「予想通り、少し湿り気を感じるこちらが砂糖ね」


 そして、さらさらとしている粉の方を見る。

 見た限り、塩にしか見えない。


「ラセル。キュアを準備して」


「言われるまでもない」


 この街に住む者の体調不良の原因となるものが、その手元にあるのだ。

 いくら女神でも、身体能力は人間並みのこいつに無理はさせられない。何か異常があればすぐに解毒する。


 シビラは瓶を開け、粉を出す。

 匂いを嗅ぐが、眉間に皺を寄せるばかりで反応はない。


 そして恐る恐る……口に入れる。

 その瞬間、目を見開いて手の平を横に払った!


(——《キュア》!)


 その尋常ならざる反応に、俺は反射的に治療魔法を使った。

 粉の汚れもなくなり、シビラは元通りになった……はずだ。


「大丈夫か?」


「……」


 シビラは、見るからに不機嫌な顔になり瓶を見る。

 その反応は、明らかにそれが何であるか知っている反応。


「なあ、その瓶の中は何なんだ?」


「かつて、一世を風靡した調味料があったの。名前は味覚覚醒粉っていうんだけどね」


「……」


「赤い実から採れた白い粉は、味をいい感じに良くするの。……だけど、この粉は副作用があった。倦怠感による無気力症。着いたばかりの時にアシュリーがやつれていたのも、これが原因の一つ」


「何故この粉のことが分かったんだ?」


「兵士に突き出したあの男が、神の粉をもらっていると言っていたからよ。……勝手に神を、こんなもので騙られるなんて……ね。信じてしまったのか、それ以外の理由なのかは分からないけど……」


 シビラは孤児院の方へと足を進めた。

 その顔は苛立ちつつも悔しそうな、複雑な表情をしていた。


「……ラセル。夜を待つわ」


「ああ」


 シビラの方針に、俺も従う。

 一通りの流れを見て、これから何が起こるかを予想しながら。


 つまり……そういうことなのだろう。


 無言で孤児院へと戻るシビラの背中を見る。

 ……今の俺も、シビラと同じ表情をしているのかもしれないな。




 日が傾いて、茜色の空が街を包む。

 暖かい色だ。

 赤い色に対して、僅かな期間にここまで敵対心を覚えるようになるとは、な……。


 エミーには、フレデリカのそばにいるように。

 フレデリカには、俺達が裏庭にいるように、それぞれ伝えてある。


 シビラと二人で、黙って孤児院の裏庭に来ていた。

 周りには、誰も居ない。シビラが索敵魔法を怠っているとは思えないからな。

 俺達がここに来た理由は、一つ。

 アシュリーが、元気よく帰宅した声を聞いたからだ。


 ……どれぐらい待っただろうか。


 俺はずっと、孤児院に背を向けて空を見ている。

 赤い、赤い空を。

 ふとシビラが、俺に小さく声をかけた。


「六時」


「……そうか」


 そう呟いた瞬間……背後から魔法の発動した音が響く!


「——ぎッ……ィ」


「《ストーンウォール》」


「がはっ……!」


 シビラが魔法を使ったと同時に、その石の壁に背中を強打して膝を突く影。

 その首筋に、俺は剣の先を突きつける。


「……やっぱ駄目だったかぁ。どう考えても、聖者と聖騎士従えてる人が只者なわけないもん。……ああ、でもこうなると……あの子は……」


 そこには、シスター服をボロボロにしたアシュリー。

 修道女の黒い布の下は、赤い布が見える。


 そして……彼女の足元には、ナイフが転がっていた。

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