【勇者パーティー】エミー:なくしものは、どうして無くす前にもっと大切に持っておこうと意識できないんだろう
目の前で、ラセルが壁にもたれかかっている。
頭から血を流していて、指一つ動いていない。
珍しくジャネットが慌てながら回復魔法を使っている。
それを私は、まるで他人事のように呆然とみていた。
一番、なってほしくないと想定していたものを、更に悪くしてしまったような、悲惨な結果。
あまりにも嫌な結果に、無意識に指が震える。
左手の盾が、手から音を立てて落ちた。
信じられない。
信じたくない。
でも、本当に嫌なのは——
——何よりも、この結果を引き起こしたのが、自分であるということ。
以前からパーティー内で、感じられていたこと。
それは、ラセルが活躍していないということ。
決してラセルが悪いわけじゃないし、彼の能力が低いわけじゃない。
だから、私はラセルと離れるなんてこと、全く考えていなかった。
だって、ずっと一緒に育ってきたのだ。
いつも一緒だったから、隣にいるのが当たり前だったのだ。
ラセルは、お転婆な私の忘れ物や落とし物を、よく見つけてきてくれた。
なくしたものが、後からとても大切なものだと気付いたとき、子供の私はわんわん泣いてしまっていた。
いつも探し出すのが下手で、ラセルに見つけてもらうまで、全然自分じゃ見つけられないんだよね。
だからラセルが、泣いてる私に困ったような顔を向けながら『これ』と私の手に乗せてくれるのを、私はいつも待っていた。
ラセルは気が利くから、いつも私を助けてくれるのだ。
これからも何度でも助けてくれるものだと思っていた。
四人は、ずーっと一緒にいるものだと思っていた。
……そんなことを思っていたのは、私だけだったみたいで。
「なあ、エミー。ラセル、そろそろ無理なんじゃね?」
「最近は厳しそうだよね。ちゃんと【聖騎士】として守らないと」
「いや、ちげーよ。もう一緒に潜るの無理なんじゃねえかって話」
「……え?」
ヴィンスから出た言葉の理解に、少しかかった。
そして、ヴィンスがラセルを、私たちのパーティーから追い出そうとしているのだとじわじわ実感が沸いてくる。
「本気なの?」
「ああ。ジャネットには予め言ってある」
「……ジャネットは同意したの?」
「したぜ」
そう、なんだ……。
にわかには信じられなかったけど、でも最近のラセルが危なっかしいのは確かだった。
最初はとても凄い職業で、しかもラセルは女神教から一番の期待を受けていた。
伝説の【聖女】の再来だと。
だからラセルがどれぐらい活躍できるか、期待していたのだ。
でも、結果から言うと、ラセルは【聖者】としての能力は、一度も発揮されることはなかった。
皆、とっても強い。それはもちろん悪いことじゃないし、怪我しないのはいいこと。
そして……ジャネットが回復魔法を覚えた。
私は反射的にラセルを見てしまった。彼は、何か見てはいけないものを見たような、ひどい顔をしていた。
そして、私も……回復魔法を覚えてしまった。
魔法職でもない戦士の私が、回復術士と同じ魔法を使える。だったら回復術士は何のためにいるんだ。
ラセルは私が回復魔法を覚えたことを知ると、筆舌に尽くしがたい、見ていて痛々しい笑顔を浮かべて部屋に籠もり……その日以来、彼からの私への会話はゼロに等しくなった。
——正直に言おう。
この時ほど、自分の職業が優秀であることを呪ったことはない。
そして、今日。
ラセルのレベルが低いことに気付いた中層の牛頭の魔物ブラッドタウロスが、ラセルを狙って襲いかかってきた。
私はもともと聖騎士として、誰かを守るのが得意なように出来ている。
そのため、ラセルを庇った結果、少し腕に怪我をしてしまった。
受けたと同時に回復魔法を使ったので、痛くはあったのだけど大した怪我でもないし、むしろ守れた安心感の方が勝るぐらいだった。
だけど、ヴィンスはそれがどうにも許せなかったらしい。
私は、一緒に冒険できなくなる程度のことかと思っていた。
でも違った。ヴィンスは、ラセルをそもそもパーティーから追い出すつもりだったのだ。
そして、言い争いみたいな形で判断方法も決まり、ラセルが上段に構えて私へ剣を打ち込んできて、今に至る。
ジャネットの回復魔法を受けて怪我の跡がなくなったものの、ぐったりと倒れたまま起き上がってこないラセルを見て、ヴィンスが心底見下したように吐き捨てる。
「ハッ、決まりだな。ラセルはもうパーティーにはいらない」
「ッ! ち、違う! 今のはおかしい、ノーカンよ! 私、変なスキル発動しちゃってた、そんなつもりじゃ!」
「……俺は確かにラセルが言ったのを聞いたぞ。まさか『ラセルは怪我したら出て行くって言ったのに、触るだけで一撃で気絶しちゃったけど君は悪くないからまた一緒に組もうね』なんて言うのか?」
「……っ」
「大体、これはエミーがやったことだぞ?」
言い返せない。
そうだ。私が……私がやったんだ。
「それに、ラセルは起き上がった後、エミーに対して何て思うだろうな?」
「それ、は……」
私がそのことに気付いて、最初に思ったこと。
思ってしまったこと。
————怖い。
ラセルが、私に対して何を思うのか。
木の枝でチャンバラして、みんな仲良しで、でも男の子には全然敵わなくて。
ヴィンスに比べて、ラセルは一歩引いた柔らかい雰囲気で、優しくて。
でも男の子としてのプライドがあって。だんだんラセルはヴィンスから、勝ちを拾うぐらいに強くなって。
そして、身体も大きくなって。
さっき久々に近くで見た時には、すごく男前になってて……。
……そんな、沢山努力してきた彼が、私の女神からもらった職業一つで気絶。
どう思われるだろう。
既にラセルは、回復魔法を使える私に対して負い目がある。
私は、中層の魔物の攻撃を直撃しても、全く恐怖なんて湧かないのに……ラセルに避けられることが怖い。
あまりにも身勝手な、自分かわいさ十割の恐怖。
「……わかった」
私たちは、パーティーの荷物を集めた。そして、彼の持ち物を除いた全てのものが部屋からなくなる。
ラセルのタグは、ヴィンスが早々に回収した。もう、パーティーのメンバーじゃなくなるんだ、明日から一緒じゃないんだと思うと、涙が出そうになる。
なんで、私たち、こんなことになっちゃったんだろう。
村を出るときは、世界一のパーティーになるぞって決めていたのに。
なんで、私たち、こんなことになっちゃったんだろう。
昔はあんなに仲良しだったのに。
ヴィンスが部屋から出る。
ジャネットが、自分の袋から銀貨を多めにラセルの袋へと入れて、一度振り返って部屋を出る。
最後は、私。
「……私のこと、恨んでくれていいから……」
私は完全なる自己満足で、気絶したラセルに声をかけた。
そして、帰って来るはずのない返事から逃げるように、最後まで自己中心的な心構えのままで、彼のいる部屋を去った。
前を歩くヴィンスは、ジャネットの方を……いや、ジャネットの胸をちらちらと見ていた。ジャネットは着痩せする。
ラセルが脱退したばかりだというのに、なに考えているんだろ。
ジャネットは、無言だ。
だけどラセルに渡したお金の量は、結構な額だったように思う。
ラセルは本の話題もついていけてたから、ジャネットとの交友もあったはず。
きっとジャネット自身も、申し訳なく思っているんだろうな、というのはなんとなく分かる。
私は……なんだか、心にぽっかり穴が開いてしまった感じ。
そういえば、会話をしなくなって無言になっても、いつも前二人はヴィンスとジャネット、後ろ二人は私とラセルが並んでいた。
今、隣には誰もいない。
二人の背中を見ながら、私の中ではこの三人だと、一番ラセルが占める割合が大きかったんだな、なんて今更に思った。
ほんと、私って……なくしてからじゃないとどれだけ大切だったかわからないんだもんなあ……。
……でも、もう。
子供の頃のように大泣きしても、なくしたものを探してくれる優しい少年は……私のもとへ来ないのだ。
パーティーの新たなる宿を借りた翌日、私たちはギルドにラセル脱退をタグ返却とともに伝えた。
それだけで、心が苦しくなる。今日の用事は、これでもう全部でいいだろう。昼食を食べて、ぼんやりとしながら街を歩く。
ラセルに偶然出会わないかな、とか、ラセルに偶然会うと気まずいな、とか、そんなことばかり考えていた。
ふと、職業をもらった教会の前に通りかかった。
何気なく視線を向けた私は、その教会の中に金髪が燦めく女性を見つける。
なんだかとにかく遠目にもステンドグラスからの光を受けてキラキラしていて、とても目立つ。
あんな綺麗な人いるんだなあ……。
その美女は私たちと目を合わせると、まっすぐにやってきた。
ヴィンスが近づく女性に生唾を呑み、私も女性の動向を見つめる。
太陽の下に出た女性は、ますます輝きを持ったように感じるぐらい綺麗だった。
その美女は、髪と同じぐらい燦めく金色の瞳でヴィンスを見ながら前屈みになり、露骨に色気で誘うようなポーズで声をかけた。
「あなたたちは、この辺りで有名な勇者パーティーさんですよね? せっかくですし、ちょっとご一緒させてもらってもいいですか〜?」
その女性の美貌と奈落のように深い谷間へと視線を往復させるヴィンスを見ながら、私は……あときっとジャネットも、思った。
絶対断らないだろうな、と。
……ラセルは今頃、何やってるかな……。