セイリス第四ダンジョン最下層ボスとの戦い、そして魔王を追い詰めるシビラの一手
レビューをいただきました、ありがとうございます。
なんだか照れますね……光栄な限りです。常に初心で頑張りたいと思います。
左右の魔物を見る。
第二ダンジョン下層の話でしか聞いていなかった鹿に比べても、明らかに強いと分かる巨体。
出現したばかりのそいつらは、当然こちらを睨み付けながらじっとしている。
「コソコソ隠す、不意打ち攻撃する、物量にモノを言わせる。……どれもこれも、いかにも育ちの悪そうなやり方よねぇ〜」
フロアボスが出てこようが、続けてシビラは煽りにいく。
魔王は応酬するつもりなのか、出てきた二体の魔物はまだ動かさない。
「……随分と余裕ですね。私に攻撃を避けられた程度の、安い眷属を連れている身で」
「んー、届くんじゃない? あんた、頭に血が上りやすそうだし。そういうのって御しやすいっていうわよねー」
「……減らず口を」
魔王の言葉に、シビラはくつくつと笑い出す。
本当に余裕綽々といった様子で口に手を当て、肩をすくめながら更に煽る。
一体この会話に何の意図が……。
「口が減ると大変だもの〜! いや〜ん可愛いシビラちゃんの女神の声が聞けなくなるなんて世界の損失だわぁ〜〜〜ってのがアタシを含めた普通の人の常識だけど——」
……意図が、あった。
こんなさり気ない会話ですら、こいつの手の平の上なのか。
シビラは次に、とんでもないことを言い放ったのだ。
「——あんたは、一つぐらい減っても声は出せそうよねェ!」
「ッ!」
魔王の輪郭である黒いもやが、揺れ動いた。
こいつ今明らかに動揺したぞ!
しかし、なんだ……?
口が、一つぐらい減っても声が出る……?
俺の疑問を余所に、シビラは更に重ねて煽る。
「アッハッハ! 小物小物! エミーちゃん左! ラセルは右! すぐにキレて襲いかかってくるから構えて! あーもー精神ガキンチョのまま力持ったヤツは面倒よねー!」
「ググ……ッ!」
シビラが宣言したと同時に魔王が両腕を前に出し、巨竜が動き出した。
ここまで全て、シビラの予定通りか。
よし……ようやく出番だな。
俺は指示通り、右側のフロアボスに向かってダークスフィアを放つ。
暗い緑の鱗に覆われた竜は、多少エラが生えて角が出た程度の差はあれど、巨大なトカゲのような見た目をしている。
羽を持たずただ突進することのみに特化したフロアボスは、俺の魔法を受けて大きく巨体を揺らす。ダメージは与えているが、抑えきれない。
それでももう一度、ダークスフィアを正面にねじ込む!
「《ストーンウォール》!」
俺が次の魔法を直撃させたと同時に、シビラが得意の石の壁を出す。
しかし、このフロアボスがその程度で止まるはずがない……と思ったが、石の壁が現れたのは、竜の右足部分。
片足が上がった状態で踏み込むように力を入れると、当然左側——俺から見て右側——に重心が傾く。
結果、フロアボスは右側の壁に向かって減速できないまま正面衝突した。
「《アビスネイル》」
シビラが生んだ絶好の機会を逃すまいと、俺はその腹部を貫くように高威力の魔法を放つ。
ダークスプラッシュを至近距離で叩き込むこともできそうだったが、ギガントに比べて動きが素早い上、尻尾の攻撃が来ると厄介だ。以前のファイアドラゴンではそれに苦戦したからな。
ストーンウォールで、アドリアのフロアボスであったリビングアーマーを打ち上げた時にも思ったが、効果的な使い方をここ一番の場面でするんだよな。
発想力一つで魔法はいくらでも便利になる。もちろん判断するスピードも早い。
これで心置きなく、相手を削ることに集中できるな!
「《アビスネイル》」
もう一発の魔法でフロアボスが痙攣したと同時に、背中側から轟音が聞こえる。
そちらを横目に一瞬見ると、壁にフロアボスが叩き付けられて、白い腹部を晒していた。……あの巨体を、聖騎士のスキルで吹き飛ばしたのか。こちらもさすがエミーと言うほかないな。
顔から黒い水滴が流れている。反撃と同時に、闇属性を付与した剣で斬ったようだ。
全く、頼もしいことこの上ない。あちらの心配は要らないな。
こちらの担当フロアボスが起き上がると、怒りを表現するように足を踏み鳴らして頭を低くした。
さて、次はどうするか。
「ラセル、次、足は動かさないで!」
俺はその指示を信じ、正面の魔物に対して魔法を放つ。
最悪吹き飛ばされても回復はできるが、ファイアドラゴンのように火を使った特技というわけではない分、純粋に物理攻撃のみに特化したような魔物だ。
下手すると、一撃で潰されかねない迫力はある。
なるべく正面衝突は避けたいな。
「《ダークスプラッシュ》」
この距離なら、俺に向かって直進して来るのだから、この魔法が一番被弾するだろう。
さあ……シビラ、どうする?
「《ストーンウォール》!」
その魔法を聞いた瞬間、先ほどと同じようにフロアボスが左右に軸をずらされると思っていた。
成功した方法をもう一度やろうと思うのが、普通の人間の戦術家だ。
違った。
シビラは普通の人でも、普通の戦術家でもなかった。
打ち上げられたのは、俺だった。
「……! 《ダークスフィア》!」
足元で俺を打ち上げたストーンウォールが、俺の代わりにフロアボスの突進を受けて粉々に砕け散る。
そのまま壁目がけて突進したフロアボスの、隙だらけの背中を見て俺は魔法を叩き込んだ。
今度もシビラが作ってくれた攻撃チャンスだ、無駄にはできない。
天井の高い最下層フロアを宙空で俯瞰し、魔王と目が合う。
その顔は、大きく見開かれていた。
間違いなく、驚愕の顔だな。
……ああ、そうだろう?
散々シビラに馬鹿にされて、それでも自分の方が強いつもりでいたんだろう?
たまたま運良く罠を全て破っただけだと。
違うんだよ。
お前は、俺達『宵闇の誓約』を敵に回した。
そのことを後悔させてやるからな。
当のシビラの方を見ると、俺の方を見て親指を立てた。
その後イヴの耳元に口を寄せて、何か喋っている。
もちろん自然落下しているので、跳んでいる一瞬の後、すぐに地面に着地する。
ウィンドバリアを再度重ねがけしつつ、足が地面に接触したと同時に回復魔法を使った。
多少の痛みは響いたが、すぐに魔法で治した。あのフロアボスの突進をもろに受けることに比べたら、遙かにマシだな。
イヴの方を確認すると、シビラは腰のポーチから黒い布を取り出し、イヴに被せる。
それから肩をぽんと叩くと、イヴは後ろに下がった。
「シビラ、さっきは凄い判断をしたな。さすがに驚いたぞ」
「むしろアタシは、アドリブで打ち上げておいて魔法を撃つ余裕を見せたあんたに驚いたけどね」
軽く言葉を交わしたところで、幾分かスピードを鈍らせたフロアボスが再び立ち上がる。
その中で、俺はふとシビラに気になる疑問を聞いた。
「何故あいつは、魔王は攻撃してこない?」
魔王は憎々しげに、こちらを見ながらも一切動く様子が無いのだ。
「あの黒いもやを身体に纏ってるときは、チャージモード。魔物召喚と魔力蓄積の形態なのよ。だからアドリアのヤツも、攻撃する時に解除したでしょ」
「ああ、それでか」
「そういうこと。ホラ、昨日も大した攻撃しなかったわよね。だからお供のペットたち改めフロアボスを倒したら、多分姿を現すわ! 攻撃するのは、その後ね!」
シビラが叫び、魔王が腕を組む。
……ふむ。
「よし、分かった。先にフロアボスを倒す」
「ええ、頑張ってちょうだい!」
それから俺とシビラは何度も連携し、フロアボスに闇魔法を叩き込む。
エミーの方は、元々相性的に有利なのか、近接戦だと打ち負けないという感じだな。
かなりの高頻度でエクストラヒール・リンクを使っているため、腕が一撃で使い物にならない限りは負けないだろう。
毎度回避するのは危険ではあるが、シビラは何度もサポートをして俺から攻撃を逸らせる。
魔王は、イライラしているように腕を組んだまま足で音を立てていた。
さすがにフロアボスは、完全防御無視の魔法に耐えられなくなっているようだな。
エミーの方のフロアボスも、手押し井戸の水を流しっぱなしにしたように、ボタボタと顔から血を流す。
そろそろ、最後だな。
「《アビスネイル》!」
最早避けるのもままならないフロアボスに魔法を叩き込むと同時に、エミーもフロアボスの巨体を登って飛び上がる。
剣を下に向けた着地の瞬間が、フロアボスの最後だろう。
その着地を見届けていると——!
「ギャアアアァァァァ!」
——なんと、魔王が叫び声を上げた。
エミーもフロアボスを刺しつつ驚いて魔王の方を見る。
何が起こった……いや、よく見ると、いる!
黒い布で全身を覆い、黒い刃を持った少女が、フロアボスの影に隠れて魔王を後ろから切り裂いた!
間違いない、イヴだ!
「おのれ! お前! お前……なんだ、お前は! ナイフ、フード……な、何故こんな安い女がここに……!」
もちろんこの最後の一手は、シビラによるものだ。
……やはり、そうだったか。
先ほど、わざわざ大声で後から倒すと魔王に聞こえるように叫んだのが、おかしいと思っていた。
フロアボスが倒される瞬間、意識をそちらに集中しているその一瞬を狙って、イヴに指示を出していたんだな。
「安いからって、勘定に入れないのは貧乏になる人の発想よぉ〜? 大金賭けて破滅する人より、日常で『今日ぐらいは高めでいいかな』を毎日やっちゃう人の方が破滅するの。その中でも……その子はとびっきりの、破産案件よ」
「ま、まさかこの女……!」
「現在管理者夜逃げ中の、セイリス孤児院にいる、孤児の【アサシン】よ。安いと思い込んで勘定に入れ損ねた時点で、こうなるのは当然ね」
その言葉を聞いた瞬間……魔王は壊れた。
「——アアアアアアア! アアア安イ安イ! こんな、こんな安物が! この俺様に、最初に傷を付けたなど、断じて、断じて認められるかあアアアアア!」
その直後、そこら中から魔物が現れた。
まるでフロアボスのように喚び出したが……それはヤケクソとしか言いようがないひどいものだった。
額に三本の角を生やした、大型の魔物。
その魔物の上に、同じ魔物を乗せるような、冷静さを失った雑な召喚。
ただ、その異常なまでの量の、全ての魔物は……イヴの方を向いていた。
——危ない!
「ラセルは雑魚対処! エミーちゃんはイヴちゃん守って!」
「了解!」
「任せてっ!」
「第二ダンジョンからニードルムースを呼びやがるとは、本当に能力だけは凄まじいわね……!」
イヴは武器を構えるも、突然の四方八方からの猛攻に、背中から打ち上げられてしまった。
背中に冷たいモノが伝う。
「《エクストラヒール》、《ダークスプラッシュ》!」
打ち上げられたイヴをエミーが抱き留め、俺は未だにイヴを狙っているであろうニードルムースへと闇魔法を叩き込む。
多少回数は必要だったが、それでもフロアボスほどではない。それにイヴを狙ってエミーへと攻撃をするため、倒すのは容易だった。
それらを倒した後には、もう生きている敵はいない。
……魔王も、いなくなっていた。
逃したか……くそっ。
俺も一撃は入れたかったが……。
舌打ちしそうになったところで、シビラが笑っていることに気付いた。
明らかに、何かしら成功したときの顔だ。
「魔王は逃がしたけど……戦果はあったわね」
そう、なのか。
俺には一撃与えただけに見えたが、シビラには違ったらしい。
……このシビラがそう言い切るということは、そんなに凄い戦果があったのか。
シビラは魔王のいた辺りで足元をごそごそと漁り、エミーの背中で震えているイヴの方へ向かう。
イヴ……ダンジョンに潜り始めたばかりなのに、あれだけの数の下層の巨大な魔物から、一斉に襲いかかられたんだもんな……怖くて当然だ。
その姿を見てシビラはイヴを抱きしめ、頭をぽんぽんと優しく叩いた。
そして次の一言は……恐怖に震えていたイヴ本人ですら、全てが報われたと驚きに目を見開く言葉だった。
「イヴちゃん、ありがとう。本当に本当に、すっごいお手柄よ。……もしかしたら、あなたがついてきてくれたお陰で、あの魔王を倒せるかもしれないわ」