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シビラという冒険者先輩の、危機回避能力の高さを学ぶ

レビューをいただいておりました、ありがとうございます。

 地面が赤くていつまで経っても見慣れないダンジョン第二層も、シビラの一言で終わりが見えてきそうだった。


「ざっと歩いたけど……多分全体図が見えてきたわ」


「本当か?」


「ええ。左側に壁があるわよね」


 シビラが前へ出てこちらに振り返り、右手で比較的整然とした壁を革手袋の甲で叩く。


「そりゃまあ……あるな、壁」


「今いる場所って、階段の反対側ってぐらい遠いんだけどさ。こっち向きの壁、さっきから全く向こう側に道がないのよ」


 ……ああ、言いたいことが分かった。

 この階層が四角い屋敷のみたいなものだとすると、玄関の反対側の壁がこの辺りということか。


「恐らくフロアボスの入り口はこのまままっすぐ行くか、もしくはこの階層の真ん中あたりあるはずよ。まあ経験則だから外れることもあるけど」


 シビラが経験則と言ったのなら、過去に複数あったダンジョンでも同じ配置だったのだろう。十分信用できる情報だ。

 階段降りてすぐにフロアボス、なんてことはあまりないものな。


「ま、しばらく行ってみるわ」


 シビラがそう宣言して、俺の横まで戻ってきた。


「……そういえば、敵のリビングアーマーは遅いのに、シビラは必ずウィンドバリア目当てで俺の隣に戻ってくるよな」 


「当然じゃない」


 ……当然なのか?

 このダンジョンなら、接近さえしなければ一人で先々行っても何も問題なさそうだが。


「あっ、油断してるわね」


「正直なところ全く危機感がないのはまずいと分かっているんだが、本当に遠距離からだと全く危険がないからな」


「……まあね。本来は攻撃魔法ばかりに頼ってると、すぐに魔力すっからかんになるはずだから。んなもんだからさ、こういう場所を魔法だけで切り抜けるっての、なかなかの脳筋プレイよね」


 おいこら人を考えなしみたいに言うんじゃない。

 そもそもお前がそうしろって言ったんだろ。


「……っと! 話題に出したところで、その理由がタイミング良く来たわね! 念のため張り直して!」


 シビラはそう言うと、俺の身体に寄りかかるぐらい近づいてきた。


「ん? 張り直しってことは《ウィンドバリア》、……これでいいか?」


 合っているかどうか、シビラからの返事を聞く前に、その答えが別方向から返ってきた。

 甲高い音で、軽めの金属が叩き付けられたような音が耳をつんざく。


「……! 《ダークスフィア》!」


 俺は攻撃された方向目がけて、魔法を放つ。

 当然一度では倒しきれないと想定して、二度、三度……。

 ダークスフィアの直撃を受けたそのリビングアーマーは、ガラガラと音を立てて活動停止を知らせた。


 今のは……。


「……見ての通り、クロスボウタイプよ」


「クロスボウ……!」


 ここにいるリビングアーマーは、鈍重で、遠距離魔法に比べれば当然攻撃範囲は狭い。

 接近前に攻撃すれば、必ずこちらが先制して倒すことができた。


 武器は、剣であったり、槍であったり、斧であったり。

 そういった近接武器しか持っていなかった。だから完全に意識の外にあったのだ。

 遠距離攻撃できる武器を持っているリビングアーマーがいる可能性を、考えていなかった。


 ……あの勢いの矢なら、飛び道具用の防御魔法を使っていなければ危なかったかもしれない。


「シビラは予想していたのか?」


「なんとなくね。絶対出るとまでは確信持っていなかったけど、もしかするとって一度思うと、それでやられちゃうんじゃないかなーってどうしても思っちゃうわけよ」


 あくまで予想だけで、ずっと俺の隣を安全圏と思って近くにいたわけか。

 さすがの危険に対する嗅覚だ。


「なるほどな、助かった」


 シビラに軽く礼を言って、再び歩き出す。

 今度は先程より慎重に、足を進めていく。




 だんだんと、ダンジョンが暗くなってきたように感じる。

 すぐ後ろの交差路から、この一角だけ明らかに異様に感じる。


「……当たり、かしらね」


 シビラが目の前を訝しげに見ながら呟く。

 俺も緊張しながら、両手を前にして歩き出す。

 いつでも撃ち出せるように。


 ——途端。

 目の前に赤い光が見えたと同時に、妙に軽快な音が響いてくる。


「《ダークスフィア》!」


 俺が魔法を撃ったと同時に。


「《ストーンウォール》!」


 ここでシビラが、急に魔法を使った。


 その魔法はストーンウォール。比較的厚い石の壁が正面に出てきて、目の前の視界を塞ぐ。

 更にシビラは、俺の身体を壁に向かって飛ばすように力を入れ、自身も壁にバックステップする。


 たたらを踏みながら壁に手をついた俺の目の前で、シビラの作った石の壁が轟音を立てながら破壊された。

 俺がさっきまでいた場所に現れたのは、これまでとは全く違うリビングアーマー。


 ——鎧のアンデッドが、馬の鎧をしたアンデッドに乗っている。


 ……シビラの咄嗟のサポートがなければ危なかった。

 石の壁のつぶてを腕で防ぎながら敵を目で追っていると、シビラの叫び声が飛び込んでくる。


「ラセル、退路を塞いで!」


「ッ! 《ダークスフィア》……《ダーク——」

(……《ダークスフィア》……)


 俺は返事をせずに、すぐに魔法の行使をした。

 先程までの練習を思い出し、交差路の少し奥、そして左の曲がり道の地面に闇の球を置き爆発させる。

 鎧の騎馬兵の馬が後ろ脚で立ち上がるように停止したところで、俺の三発目のダークスフィアが相手の脚に直撃する!


「うっし! 《ストーンウォール》!」


 シビラが横でガッツポーズ。

 直後リビングアーマーの退路を断つように、交差路を閉じる形で石の壁を作る。

 馬は人間ほどその場で方向転換できないようで、俺は立ち止まっているところへ魔法を撃ち込んだ。


 見た目の大きさとは裏腹に、騎馬兵はダメージを数度負うと、すぐにガラガラと崩れていった。


「……勝った、のか?」


「そうね。ホラ、早いヤツって見た目ほど頑丈じゃないのよ。騎馬兵って順調な時は強くていいんだけど、障害物とか想定外の事態に対して弱いのよね」


 なるほど……それで今の流れでうまく勝ちを拾えたのか。


「サポート感謝する」


「どーいたしまして。まあほんと出番なかったから、最後にちょいと活躍できてよかったわ」


 シビラはお気楽そうに言いながら騎馬兵の魔石を漁っているが、さっきの活躍はそんなレベルじゃない。


 使った魔法の有用性はもちろんのこと、相手が鈍重ではないとすぐに判断して石の壁を出したその判断。

 あれがなければ、どちらかに避けても馬が追ってきていた可能性が高い。


 何よりも。

 交互詠唱という技を思いつき、素早い敵が出ると予想した上でこちらに指導した、その危機回避能力が強い。

 シビラは、こんな敵が出ることも予測していたのか?


 ——いや、そんなことはもう、聞かなくても分かる。




 知っていなくても、予測できなくても、万全で挑む。

 緊急事態でも一瞬で判断して、こちらを助ける。

 それが出来るのが、シビラなのだ。


 女神である前に、やはり冒険者の先輩である【魔道士】シビラとしての経験に裏付けられた直感のようなものが、その実力になっているのだろう。


 これが、俺の相棒。

 本当に心強い。




「凄い魔法だったな、本当に助かった」


「……まあレベル20の魔法だし、派手な魔法だけど……あんたの方が百倍ぐらい凄いことやってるわよ? ま、お礼は受け取っておくわ。ついでにシビラちゃんに惚れる権利もあげる」


「よく言うよ、全く」


 こんなタイミングでもいつも通りなシビラに、俺も肩で笑う。

 緊張なんてどこ吹く風、ってな。


 馬の鎧部分に何もないことを確認したシビラは、もう用は済んだとばかりに騎馬兵リビングアーマーのいた方向へと進む。

 俺もその横に並びながら、この道の奥を目指す。


 その奥は……大きな金属の扉だった。


「フロアボスね」


「だろうな」


 お互いに予想を一致させると、ここからの判断もシビラに聞く。


「どうする?」


「帰るわ」


 なんと、まさかの即答。

 シビラの返答は帰還だった。


「理由を聞いてもいいか?」


「まず、アタシが言ったことを覚えてるわね?」


「何よりも、引き際が肝心、か」


「そうよ」


 シビラは頷きながら、大扉を睨む。


「早いうちに倒せることに越したことはない。だけど襲撃は明日かもしれないし、来月かもしれないし、十年先かもしれない。そのときにラセルが孤児院にいたら、それはそれで守れるわよね」


「……それは、そうだな。だが……」


 理屈の上では納得できるが、しかしそうなると魔王が孤児院に攻めてくることになるわけで。


「そうよ、孤児院が危険に晒される。全員守れる確率は落ちるわね」


「それじゃあダメだ、誰か一人でもやられると……」


 ……そう、事情を知っている俺だからまだ心の準備ができている部分はある。

 しかしエミーは……突然孤児院の一人二人が殺されたと知って、精神を保ちきれるだろうか……?


「……ラセルが何考えてるかはわかるわ。でもアタシが言いたいことはただ一つ」


 シビラが大扉から、俺の方に身体の向きを変えて、キッと睨んでくる。


「あんたが負けたら、孤児院の全員が死ぬ確率が十割になってしまう」


「——っ……」


 思わず絶句するほどの、辛辣な言葉。

 それでいて、どうしようもないぐらいの正論。


 そうだ……今俺がやられてしまったら、この村で他に頼れるヤツはいない。

 負けるわけにはいかないのだ。


 それこそ恥も何もかも捨てて、ヴィンスを呼びに行くなんてことも考えてしまう。

 ……しかし再会は、あまりに気まずい。

 どうしても俺の心の弱さではあるが、まだそこまで踏み切れない。


 更にもう一つ。

 魔王は、聖女ではなく神官を狙えば弱いと思っている。

 違うのだ。

 今のヴィンスのパーティーには、神官がいない。最初からその優先して倒す相手がいないのだ。

 俺を追い出しておいて、新しい回復術士を雇うなどということをエミーが許すとは思えない。

 ……正直に言おう。あの魔王の狡猾さを見た後だと、神官なしで勝てるとはとても思えない。


 それに、出来ることならあいつらには、俺が一人で決着をつけてから会いに行きたい。

 その力は、きっとあるはずだ。


 俺が悩んでいるところで……シビラは、何故か俺の身体をぺたぺた遠慮なく触り始めた。


「……人が悩んでいるところで何やってんだよ、叩くぞ」


「ラセル。こういう場合、入念に準備するのが大切なのよ」


 シビラがそう言いながら、自分の服を軽く叩く。

 軽装鎧の硬い音が鳴った。

 それの意味するところは……。


「ローブの下に、鎧を着けるのか?」


「そう」


「……悪くはないが……」


「いいえ、悪くないどころか、とびっきり良いわよ〜。そりゃもう凄まじいやつ。『超特別アイテム』なの」


 俺が首を傾げながら、シビラに先を促すように待っていると、シビラはニーっと、あの笑みを浮かべた。


「何を持っていたか忘れちゃった?」


「勿体ぶらずに言ってくれ」


 シビラは俺の顔を見ながら、いたずらっ子のように笑って、その『超特別アイテム』のネタばらしを言った。

 そして俺はこの、危機回避の女神様の対応力に舌を巻くことになる。


「昨日の夜の段階で早馬依頼して、今ちょうど街のドワーフにファイアドラゴンの加工をしてもらっているの。ラセル用のインナー鎧よ」


 それは確かに、凄まじいな……。

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