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自分の心に余裕が出てくると、初めて見えるものがある

 全面真っ赤の地面。

 そしてシビラの悔しそうな反応。


「魔王……ダンジョンメーカーってやつに、何か不利なことをされたのか?」


「ええ、見ての通りよ! 今ここのダンジョンはダンジョンメイクされて、『下層』になってる。まー第二層が下層って時点でまだまだ浅いんだけど、それでも間違いなく、魔王は下に下に逃げてるわ」


「ダンジョンメーカー……文字通りダンジョンを作ったってことか」


「そう」


 俺はこのダンジョンの第二層の変化を見ながら、ふと思った。


「もしかして、世界中のダンジョンは最初第一層ぐらいしかないのか?」


 シビラはその問いに、少し考えながら肯定を示した。


「そうね。魔物を召喚する、ダンジョンを拡張する、というところまでは知っていたけど……階層そのものを増やす拡張は初めて見るわ。魔界と地上が直接繋がるのは不自然だから、多分第二層が魔界ってのが一番コンパクトだと思うのだけれど」


 ふむ……話から察するに、シビラにとってもダンジョンメーカーがまだダンジョンを構築する前というのは初めてなのか。


「シビラ、俺はハモンドでは【勇者】のヴィンス達と中層の第八層にいた」


「……ええ」


「そこにいた魔物は、ブラッドタウロスだった。下層の敵は、どうだ? 第二層で下層のここの敵、強いと思うか?」


「間違いなく強いわ」


 ……やはりか。

 ヴィンス達は決して弱いわけではない。しかしそれでもレベル20台の聖騎士であるエミーの身体にダメージを負わせるほどの魔物だった。

 動きが遅いので回避前提だったのかもしれないが、あれより強い魔物が当たり前にいる下層では、そうそう油断はできないな……。


 思えば、ヴィンスは魔物相手でも魔法中心で接近戦は意外と苦手だったな。まあ職を取る前は、【聖者】に選ばれた俺に体格で勝りながら剣で負け越すぐらいなのだ。実はあまり剣の技術面は良くないのかもしれない。

 攻略を思い出すと、勇者以上に賢者……ジャネットの先制攻撃で多くを乗り切っていた部分も大きいだろう。


「そうか、強いか。だからといって引くわけにはいかないな」


 俺が赤い地面のダンジョンに足を踏み出しかけたところで、ローブの裾をシビラがつまみ、俺の身体が後ろに引っ張られる。


「……何だ?」


「あの、さ。ラセル……」


 シビラは何か言いにくそうに……しかし、俺の方をしっかり向いて、黙っている。

 ……何か、重要な話なのだろう。

 そう察した俺は、シビラが準備できるまで待つことを選んだ。


「いつでもいいぞ、待っておく」


「あっ、えっと、気遣いありがと。……。……ふぅ……。よし」


 自身の両頬を革手袋で軽く張ると、シビラはこちらを正面から見て拳を握る。


「このことをアタシがほじくり返すのは、かなりサイテーなことだって自分でも分かるわ。でもラセル、確認させて」


「ああ」


「アタシだって、あのダンジョンメーカーが言ったことと、アンタが今朝言ったことを組み合わせれば、どういうことが起こるかぐらい分かる。……ラセル、あの金髪のセミロングで青い目をした、明るい姫騎士みたいな人が、エミー、なのよね」


「そうだ」


「ん。……つまり、ラセルは今からジェマさんと坊主たちを守るわけだけど……【賢者】ジャネットや【勇者】ヴィンスはもちろんのこと、最終的に……魔王に狙われている【聖騎士】エミーのために、頑張る、のよね」


 さすがの地頭の良さ。

 遠目に見ていた俺達のパーティーの姿と、魔王が一度喋った話と、俺が一度喋った話で全部を繋げたな。

 第三者とは思えない記憶力だ。


 それにしても、言われてみると納得だな。

 俺は今から、ある意味エミーのために頑張るわけか。


「……アタシが【宵闇の魔卿】にしてきた人たちは、みんな何かしらの復讐心があった。自分を捨てた相手への失望と、【神官】という本来なら歓迎されて然るべき職業ジョブなのに受けた、理不尽な扱い」


「……」


「でも、その人たちの力を利用しなければ、勇者やギルドの把握していないダンジョンの拡張は防げなかった。申し訳ないと今でもアタシは思ってるけど……でも——」


 シビラは、そこで視線をしっかりとこちらに向ける。


「——自分のやってきたことを後悔してはいない」


「……シビラ、お前……」


 最後、後悔していないと言った瞬間のシビラの目に宿る力が、清濁併せ呑んだ女神の長い戦いをその背後に見せた。


 ……今の話で、少し『宵闇の女神』のことが分かったように思う。

 表の世界の住人達……という表現をするのはおかしいかもしれないが、つまり、普段みんなが連んで表立って攻略しているダンジョン以外の、攻略されにくい世界のダンジョンに挑んでいるのだろう。


 この『闇』という、神官の回復魔法を捧げる一見悪人用みたいな属性。

 しかし、あくまでこれは威力を持つ魔法属性の一種類でしかなく、その運用を選ぶシビラの意志こそが大切なんだ。

 キッチンナイフは人を殺せるが、キッチンナイフは人を殺すために作られていない。実際世に出回る殆どのナイフが、その能力を持ちながらそう使われていないからな。


 シビラの独白は続く。


「みんな復讐心を燃やした。実際に実行した人もいた。それが普通だった、そういう人しか【神官】を捨てることを選べなかったから」


「……」


「その上で問うわ。ラセル、あなたは本当に『【聖騎士】スキルで自分を気絶させたエミー』を助けることに、命を張るの?」


「勿論だ」


 問いは予想していた、だから迷わずはっきりと断言する。


 正直、エミーを恨んでいるかと言われると、まあなんていうか……あの明るい女の子に気絶させられたということに対する、ちょっとした気後れみたいなものが全くないとは言わない。

 いや、正直に言うとかなり気後れしている。盾持ってるだけだったのにあれだもんな。


 でも、エミーと俺との付き合いは短くない。余裕のなかった俺の勝手な激昂で勘違いしていたが、最後の最後まで、俺のことを気遣ってくれていた。

 それに……ちょうど昨日、村の男に教えてもらったばかりなのだ。

 エミーがずっと、俺のことを視線で追っていたということを。

 決して自信満々に自惚れるわけではないが……それでも一切気がないと切り捨ててしまうほど、冷徹で鈍いつもりはない。


 だとしたら。

 あの日、俺を気絶させたエミーは、なんと思っただろう。




 昨日、俺は新しい自分を始められた。

 自分だけが心に傷を負ったと思い込んでいたのは、余裕がなかったから。

 自分のことばかりだった。今はようやく、周りのことも考える余裕が出来た。


 だから、分かるのだ。


 エミーは、既に現段階で、後悔から相当精神的に弱っているはずだ。

 もしもこの上、あの孤児院が破壊されるなんてことになったら。

 それを、検討もせず静観するような選択をしたのなら——。


 ——俺は、この誇り高い女神の隣に立つ資格を、自分に対して持てるだろうか。




「……ラセル……あんたって、ほんと……心底【聖者】なのね」


「ん? 急にどうした?」


「何も言わなくても分かるわよ。……目が、ね。力を帯びてきた。黙って考え事をしているうちに、エミーを助けることを強く意識したわね」


「……そこまで分かるのか?」


「分かるわ。なんでかって……アタシが知らない目だからよ」


 知らないのに、分かるって言ってること無茶苦茶じゃないか?

 どういう意味なんだ?


 そう思った俺の考えに答えるように、シビラは一歩引いて、腰に手を当て呆れ気味に笑った。


「前を向いてる目よ。正しいことを、自分の信じたことをしようとする、正義の目。闇属性を得た人間がしなかった目。【神官】の力を全て捧げた人が、最後までできなかった目。ほんと、呆れるぐらいのお人好しね」


「正義の目……なんだか実感がないな」


「ま、そういう自覚がないのもあんたっぽくていいわよ。今回のパーティーは、今までで一番新鮮で刺激的になりそうね!」


 最後に明るく笑って、シビラは俺の肩を叩いた。どうやら聞きたいことは終わったらしい。

 復讐相手を助けることを、俺に再確認させてくれたんだろうな。きっと、やりたくなければやらなくていいとシビラは暗に言ったのだろう。


 ……ふと、思った。


 俺の正義の目が……先ほどシビラが『自分のやってきたことを後悔してはいない』と言い放った瞬間の、あの目と同じだと良いな、と。




 ダンジョン探索は、基本的に第一層と同じように慎重に行うことになった。

 いくらレベルが上がったといっても、下層のレベルには少し厳しいはずだろう。


「ここの敵は……っ! 来たわ、正面」


「……どこだ?」


「しめた、アンデッドの鎧ね。いけるわ」


 シビラが指差したところを注視すると、薄らと赤い光が見える。

 ……こいつは、全身が黒い鎧だな。ぼろぼろでありながら、どこか高級感の漂う鎧だ。元は上等な騎士の鎧だったのだろう。


「撃って」


「分かった。《ダークジャベリン》」


 まずは試しに、ダークジャベリンを飛ばす。ファイアドラゴンにもダメージが通った攻撃だ、効かないはずはないだろう。

 鎧はぐらつくと、こちらを見て歩みを速くし始めた。


「効いてるのか!?」


「絶対効いてるわ。撃ちまくりなさい!」


「くそっ、信じるからな!《ダークジャベリン》!」

(《ダークジャベリン》!)


 同じ魔法を二重詠唱で叫ぶ。すると先ほどよりも大幅に大きくなった、上位レベルの魔法が正面に向かって飛んで行く。

 その魔法の直撃を受けると、鎧が痙攣をして片手が崩れる。

 倒したか……?


「《ファイアジャベリン》」


 そう思った瞬間、隣でシビラが魔法を追加で撃ち込んだ。それが命中すると、鎧は胴体からばらばらに崩れて動かなくなった。


「油断は禁物よ」


「ああ。助かった。ところで……」


「ん?」


「思いっきりトドメ取っていったな。で、回復術士にサポートしてもらう魔道士様、気分はどうだ?」


「あ……あああぁ〜……。……ごめん、ほんっとごめん……完全忘れてたわ……なんかもーそう言われると自分のダメさ加減にへこむわ……アタシってひょっとして結構抜けてるのかな? 駄女神ってやつ?」


「……も、もしかして……今更気付いたのか!?」


「えっあんた今までアタシのことそんなふうに思ってたわけ!? ひっど!」


 愕然としながら俺の背中をバシバシ平手で叩いてくるシビラをなだめつつ、そんな余裕のあるやり取りをしているうちに、ようやく下層の魔物を倒せた実感が湧いてきた。


「いけるな、下層」


「ちょっとアタシも驚いてる。いけるわね、下層」


 アドリアのダンジョンメーカーを倒せるかはわからない。

 しかし、ここで身を引くような選択肢は俺の中にはない。


 俺とシビラは、自分たちの手応えにお互い頷くと、下層の探索へと足を進めた。

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