それでも、望みと違う力の恩恵とともに歩む
……それから俺は、第一層の魔物を掃討した。
大幅に減った口数と、気まずそうなシビラの横顔。
それでも淡々と、討伐していった。
シビラもシビラで相当量の魔力を保有しているのか、枯渇する様子はない。
ある程度の分かれ道も記憶し、虱潰しに魔物を討伐していく。
「……あ」
「ど、どうしたの?」
そのとき以来初めて声を発した俺に、シビラは大きく反応する。
俺は足元に転がるゴブリンの頭を踏みつけて、溜息をつきながら今起こったことを話す。
「レベル、8。覚えたぞ」
「え?」
「《キュア・リンク》」
俺の身体がうっすらと光った後、俺とシビラに少し風が吹く。
当然、何も起こらない。俺もシビラも、さっきから毒を一切受けてないからな。
身体の調子の変化もない。
「やはり地味だろ、コレ」
「……」
シビラは、俺の方を指さしながら、ぱくぱくと口を開く。
きっと驚いているんだろうなというのは、分かるが……。
「ま、まさか本当に、キュア・リンクなんて魔法が存在するなんて……!」
「お前が言ったんだろ。第一エクストラヒールのリンクがあるんだから、エクストラヒールより下のキュアぐらい、できるんじゃないのか」
「あのね! 体力ダメージ用の回復魔法を複数化するのと、状態異常用の治療魔法を複数化するのは、全然違うのよ!? 状態異常回復の最上位である純粋なキュアが全体化なんて、戦略そのものが変わるじゃないの!」
突然まくし立てだしたシビラに、俺はひとつ気になる単語を拾った。
「純粋なキュア、って何だ?」
「神官って、いろんなキュアを覚えるのよ。麻痺解除のパルジキュア、催眠解除のヒプノキュア、そして毒を治療するポイズンキュアの後に、純粋なキュアを覚えるの。それが神官レベル10という、回復術士にとって一つの壁。同時に、このレベル10になればお布施をもらうだけの権利があるって分かるわよね」
シビラの言葉に頷きながら、自分の覚えた魔法の順序を思い出す。
「……ってことは、俺が覚えていない魔法ってのは」
「文字通り、覚える必要がないって意味よ。だってあんた、キュア使えばそれだけでどーにでもなるんだもの」
「さっき言っていたスタミナチャージってのは」
「全部ヒールかキュアの中に含まれてる。だって考えてもみなよ、普通アタシらみたいな術士がこんな足場の悪いダンジョン歩き回ってちゃ、とっくに足が棒よ」
言われてみると……確かにヒールを使い出してから、あまり疲れがない。
「ある意味では、強化魔法よりよっぽど強いわよ。長期戦で疲労しないってのは」
「そう、なのか」
「前のパーティー、あんた含めて誰も気付かなかったのね」
俺が自分の魔法の実感にじわじわと気付いたところで、シビラが近づいてくる。
真剣な表情だ。
シビラは俺の隣に来ると、右手を大きく振り下ろして俺の背中をバシっと勢いよく打つ。
一瞬「うっ」と声が出るほどの衝撃が、身体全体に走る。
もやっとしていた頭の中を、吹き飛ばすかのように。
「……まあ、あんたの気持ちとか望みとか分からないわけじゃないけど。アタシとしてはもうちょっと自分の能力に喜んでもいいと思うわけよ」
「……」
「リンクはね、自分が認識した味方全てに効果がかかるの。確かに病気にならない上層じゃ実感湧きづらいけど、これはどこでも使えるのよ」
「どこでも? どういう意味だ?」
「極端な話、『死の病魔に襲われた城下町』とかでも使えるの。魔力が枯渇しなければ、そういう国の危機とかいう単位のものを、あんたは魔法一発で治せるわけ」
「そんなことが……」
「アタシもようやく気付いたわよ、これが村を救済した『聖女伝説、女神の祈りの章』の種明かしだって」
聖女伝説、女神の祈りの章。
それは、慈愛に満ちた聖女様が、女神に祈りを捧げることによって、村を包む魔に犯された瘴気を払うという聖女の活躍を記した一幕。
慈愛に満ちた心優しき聖女様の祈りが、女神に通じて病魔を払い村人全員が即日完治。
その代償として聖女様は何日か寝込んだ——。
「——なんてこたあない、キュア・リンクをこっそり村全体に使って魔力枯渇で寝込んだだけだわ。何が女神に通じたよバーカ、これ隠してたとか聖女とんでもない奴じゃん、頭の中かなり名誉欲まみれよ」
ああ……なるほど。
俺がレベル8で覚えたのなら、かつての聖女が俺よりレベルが上で、更に無詠唱で使えたとしてもおかしくない。
そして聖女は、自分が治療魔法を使ったことを内緒にしていたと。
……すごいな……この事実、話してしまったら伝説の聖女様のイメージの根幹が崩れるんじゃないのか?
「どう? あんたは伝説の世界に肩を並べる力を持って、それでもまだ、強化魔法がないと不満?」
「……いいや」
さすがに、ここまで言われて不平を言うほど腐ってはいない。
俺だって、シビラが説明した能力の途方もなさぐらい分かる。
冒険者としてはダンジョン探索では活躍できないかもしれない。しかし、ここまで伝説の秘密にナイフを入れるようなとんでもない魔法を、地味だなんて軽く流すことなんてできるはずがない。
間違いなくこの魔法は、俺が伝説と並んだ証拠だ。
教えてもらえるまで、こんなに自分の恩恵に卑屈になっているのが、どうにも小さく思えてしまう。
俺は、シビラの方を見た。
「色々、ありがとうな」
「おっ、ツン十割男子がデレた? これで完璧アタシに惚れたわね!」
俺はすぐに調子に乗り出したシビラの脳天に、軽くチョップをかます。
「きゃん!」
「その台詞を言わなかったら有り得たかもな、だから当分は惚れないと思え」
「ぐへぇ……」
苦い物を食べた子供のような顔をしてへこむお調子者の魔道士を見ながら、口元を緩める。
……ああ。やはり俺は、知らないうちにかなり余裕が出来てきているな。
「このまま第一層の魔物は一旦全滅させる。魔力は十分か」
「ふふん、余裕よ。あんたより先にへばったりはしないわ」
「上等だ」
俺はシビラと、再び第一層の探索を再開した。
二人でしばらく探索して、ようやく第一層の全てを把握したというぐらい歩いた。
目の前には下への階段がある。思いがけず結果的に次の階層を把握するまでに一通り討伐できた。
「……ダンジョンスカーレットバットが四体。外のヤツを含めて五体。よく今まで村が無事だったな……」
「あんないるんじゃ、再々出てきててもおかしくない。そりゃ門限早い訳よね」
「ああ。だがこれで、孤児院の子供達も心置きなく夜にも庭で遊びができる」
俺の言葉を聞いて、シビラは口角を上げながらこちらの顔を覗き込んできた。
「あんたって、子供には優しいのね」
「子供以外にも優しいぞ」
「アタシにも優しくしてくれてもいいんだぞー」
「十分優しいだろ」
「どの口が言うのかしら……」
俺はシビラとの軽口を切り上げて、階段を降りる。
ようやく第二層だ。
まあ第六層までは上層部、なんとかなるだろう——。
——第二層の地面は、紫一色だった。
壁も、妙に綺麗に整えられてある。
目の前は、広い空間。
「なんだ、ここは?」
ダンジョンは、第一層から第五層までは普通の岩肌をしている。
これが第六層からは、青くなるのだ。それが中層と呼ばれる場所。ダンジョン慣れした冒険者を危機に陥れる、強い魔物が出てくる場所である。
「うそ、なんで……」
「シビラ? ここはまだ上層じゃないのか?」
シビラの方を見ると、こちらに目を合わせずに正面をじっと見据えながら冷や汗を流している。
俺も正面を見るが、ダンジョンの奥は暗い。何か、見えているのか?
「おい、シビラ!」
反応がなかったため、強めに呼びかける。
しかしシビラは、ずっと視線を変えない。
「……ダンジョンは、上層、中層、下層に分かれるわ。一般的に、ね」
「一般的に、だと?」
シビラはずっと、苦しそうな顔で正面を見据えながら絞り出すように説明を始める。
「中層は、地面が青い。下層は、赤。そして……紫は」
「紫は?」
「……最下層、別名『魔界』」
そしてシビラは、盾を構えた。
——カツ、カツ。
足音が、聞こえてきた。
俺がそちらを向くと……全身黒い、シルエットのような人間がいる。
目のところだけ赤く、見るからに不気味だ。
あんな魔物がいるのか?
いや……そもそもあれは魔物か?
「一層が黒ゴブリン、二層が最下層って、どんだけフザけてるのよ、このダンジョンは!」
「シビラ、あいつは一体!」
俺の焦った声に答えたのは、まさかの黒い影だった。
「フム、オレのことカ?」
不気味なシルエットが、濁った男のような、聞き取りづらい声を出す。
「イヤア、ワレは一層を難しくするため、時間をかけすぎタ。オレはまだ三層しか作っていないのに、まだワタクシの部屋を作る前にお客人が来るなんて、なかなか優秀ダ」
「だから、お前は一体誰なんだ!?」
謎の影の、あまりにも場違いでマイペースな独り言の不気味さに、思わず声を荒げて質問する。
影は「アア」と返事をすると、ぽんと手を叩く。
「ようこソ。ワタシはこの『アドリアダンジョン』のダンジョンメーカー」
「ダンジョンメーカー……?」
俺の呟きに答えたのは、シビラだった。
「まあ、まず知らないわよね、ダンジョンメーカーなんて」
「シビラは、知っているのか?」
こちらを目線で少し見ながら、軽く頷き再び視線を前に向ける。
「最下層の別名が『魔界』、ダンジョンメーカーの別名は——」
そして、その名を告げる。
「——『魔王』よ」