第三話
婚約続行となったルーファス様はこれまでよりも頻繁に我が家を訪ね、両親はずっと格上のルーファス様が気さくに私と過ごす様子に、さすがスタン侯爵家の後継は人格者だと感激した。
私も侯爵家に招かれるようになり、ルーファス様のご両親である侯爵、侯爵夫人に改めてご挨拶をした。お二人とも世界を片手で動かせるような?覇気を纏っていて、勝手にプルプルと震え出す体を押さえ込むのに忙しく、上手に話せた試しがない。
侯爵家では夫人に侯爵家を回すための基本的な心得を教えていただくことが目的だけれど、それが終われば侯爵家所蔵の膨大な文献を読ませてもらったり、ルーファス様の家庭教師との勉強にご一緒させていただいたり、充実した時間を過ごしている。
夫人とともに広大な庭で、玄関に活ける花を選んでいると、放し飼いにされている大小さまざまな犬にタックルされ、仰向けに倒れた!侯爵家のお犬様を振り払うこともできず、必殺死んだフリでやり過ごす。クンカクンカ体中の匂いを嗅がれるが、我慢我慢……。
「ふふ……そう、犬たちもピアのことを気に入ったようね。ピアは劣悪な香水もつけていないし、キャンキャン無駄口を叩かないし、自分たちを傷つけたりしないとわかるのでしょう。悪意を弾くよう訓練されたうちの犬の勘に間違いなどないことだし……ピア?大きいのがブラッド、ブチがダガーよ。仲良くしてあげてちょうだい」
「は、はい!お義母様。きゃあブラッド!顔舐めないで〜!こら〜ダガー引っ張るな〜!」
ひょっとして犬の遊び相手にも任命されたのだろうか?
「……可愛らしいこと。ルーファスが本気になるだけはあるわ。でも素直すぎて少し心配ね……守ってあげなくては……金も権力も惜しまず……全力で」
侯爵夫人は全身キラキラゴージャスな迫力美人だけれども、回を重ねると本当は気さくで寛容な方だとわかった。私に堅苦しいのは嫌いだから母と呼びなさいとおっしゃる。
私がお犬様と転げ回って芝まみれになってもニコニコ笑って許してくれた。本当に偉い人の余裕というものを垣間見た。
◇◇◇
夏は、犬たちもひき連れてルーファス様の北の領地、憧れのスタン領に滞在した。
ルーファス様のお下がりの服を着て、いよいよ山に入る!
「ルーファスさまー!見て見て〜!あったー!これシダです!この地層多分石炭紀です!すごい!たった一週間で見つけた〜!」
「……すごいのか?」
ルーファス様はすぐそばで私と大差ない格好でゴザを敷いて寝っ転がり、本を読んでいる。その周りにブラッド、ダガーはじめ五匹のワンちゃん。そして目立たぬところに護衛の皆様。ルーファス様は一人っ子で侯爵家の唯一の跡取りだから当然と言えば当然。
「すごいですよ!私、見つかるまで三年は覚悟してました!この地層を目印に採掘できます!これ、何億年も前のシダなんですよ?あ、こっちも!うふふ〜この形あっちでも見たことないわ〜。こっち特有のヤツかな……」
コンパスやメジャー、前世を真似て作った簡易の測量機器を取り出して情報を書き留める。
ルーファス様があくびをしながら起き上がって座り、苦笑する。
「まったく、宝物でも見つけたみたいだな」
「もちろん、宝物です!」
「宝石よりも?」
「宝石も……長い時間をかけてこの星が作りあげたものですから、その点では化石と同類ですね。宝です。あ、琥珀って樹液の化石ってご存知でしたか?コロンとして可愛いですよね!」
「くく、ダイヤモンドとこの土くれが同類か。ほら、ピア、アーンして?」
ルーファス様にお弁当を口に突っ込まれた。
「んん?……うわあ、美味しい!さすが侯爵家のサンドイッチですねえ。こんな美味しいものばかり食べていたら太っちゃう」
「……ピアはあの病気以来、心労のせいでやせ細ってるだろう?私がいない時は誰かに代わりに……いや、私以外がピアに食べさせるなど論外だな……土遊びすればそのひとときは無心になり心配事を忘れて食欲が出る……いいことだ。ほら、おかわりだ!」
「……美味しい!今度はタマゴだわ!ルーファス様、私をここに連れてきてくれて本当にありがとう!」
おかげさまで手を休めることなく作業が進む。私は掘り起こした化石の余計な土を刷毛でそっと慎重に払う。
「……ありがとうか。母があえて身につけた王族も欲しがる家宝のダイヤモンドを見事にスルー。暗殺者を躊躇なく噛み殺す可愛げ皆無の猟犬たちとじゃれあって、きらびやかさや娯楽と無縁の山奥の領地にいそいそとついてきてくれて、私の古着を着て、勝手に楽しんでくれてゴシップよりもスコップが好きな女……ダメだ。もうここから外に出したくないな。しかし案外喜んで引きこもりそうでそれはそれで問題……私が王都滞在中は付き合ってもらわねば……まあ、私が力をつけて守ればいいだけか」
「ルーファス様、アーン?」
私はぶつぶつと独り言ちているルーファス様の口元にサンドイッチを差し出した。
「な?」
「ちゃんと川で手を洗ってきましたよ!たまには私が食べさせてあげます。ルーファス様、そのまま本読んでていいですよ」
「……本当だ。美味しいな」
「ねー!」
私たちはなかなか良好な関係を築いている……よね?
実はルーファス様の領地も決して安全ではなく、山賊などが入り込むらしい。だからルーファス様と一緒の時でなければ、採掘に行くなと約束させられた。なんとワンちゃんたちは猟犬だった。敵認識されなくてよかった!おもちゃ認識されているけど……。
領地滞在中、ルーファス様には次期領主としての仕事が無限にある。
彼が書斎にいるあいだ、私はそばでお茶を注いだり読書したり、刺繍をしたり。
「ピア……その刺繍の……黄土色でグルグルトグロ巻いている図案は何なのだ」
「これですか!アンモナイトっていう巻き貝の化石ですが?」
「……だよな。間違っても、う……おほん、うん、化石なんだな。言われてみれば、うん」
「気に入られましたか?ではこのハンカチ、刺繍の横にルーファス様の名前を入れて差し上げます!」
「いらん!」
……ポイっと書斎を追い出されるときもある。
そういうときは、ダイニングの広いテーブルをお借りして採掘した場所の地図を書き、様子を詳しく書き留めた。
領主館の親玉、執事長のトーマさん始め、色々な人が通りがかりに気づいた情報を教えてくれる。地図を指差してここでは熊を見た、とか、ここはがけ崩れで通れない、とか、ここで珍しい石を見た(後日見に行ったら大理石だった)とか。大変助かった。
それを見たルーファス様がこの地図は他言無用だ!と私始め使用人全員を並ばせて誓わせたので、ギョッとした。
「ピア、この地図は大変助かる。山脈までは手が回っていなかったからね。暇暇に完成させてくれるとありがたい」
「でも、他言無用って……」
「そう、他言無用。ピアは採掘にしかこの地図を使わないだろう?ならばいいんだ。使用人も口が固いから大丈夫」
「そうですよ、ピア様、ピア様の地図は領民にとって大変役に立ちそうです。とにかく……このような鳥の視点で描いた地図など斬新で……ルーファス様、急いで若奥様のために特許を取られませ!」
「……っち!わかってるよ、トーマ」
ハザードマップみたいに使えるのかな。まあトーマさんが頭を撫でてくれるから、いいことしたのだろう。
後日その地図は、ルーファス様のお父様……宰相閣下であらせられる侯爵様の書斎にデカデカと飾られた。恥ずかしすぎて笑うしかない。
そうしているうちに、いつの間にか私は客間から、家族のエリアに移されて、素朴な木目調の自分の部屋を与えられた。領主館、王都の侯爵邸両方に!私への信頼が重い!ゆえに怖い!私と常に一緒の侍女のサラも、もはや侯爵家の使用人の皆様と同化している。
そして信頼の厚いチビッコ二人は結構放置されている。
朝、庭で摘んだ美しい花を持って、ルーファス様が起こしに来てくれる。
花束など、前世一度ももらったことはなかった。もらうたびにオレンジ色の気持ちが胸より湧き起こる。きっとこれは……〈幸福〉だ。
「おはよう、ピア」
スンっと香りを吸い込む。今朝は朝露の光る白い小さなバラ。
「……とっても綺麗です。今朝もありがとう、ルーファス様」
「さあ、支度して。一緒に朝食にしよう」
きっと今日も良い一日になる。ルーファス様のおかげで。
たくさんの花とその香りに包まれて、ルーファス様と字の練習をする。お忙しいはずなのに、何故かキッチリ時間をどこかで取ってくる。
相変わらずルーファス様の膝の上だ。
「ルーファス様、もう私重いでしょ?やめましょうよ、コレ」
「へー!ピアはもう私よりも字が上手くなったと思っているの?」
「そんなこと、ひとっことも、言ってませんよね⁉︎」
私たちはたくさんの同じ時を共有して、互いの長所短所を見つけつつ仲を深め、一緒に成長していった。
たくさんの皆様にお読みいただき嬉しいです。
ピアとルーファスがちょっとした丘?や世間の小波をを乗り越えながら、
出オチシーンに至るまでを、ぜひお付き合いください。
今後とも宜しくお願いします。