エピローグ
ルーファス様と結婚して10年。私はとうとうTレックスを発見し!スタン領には大恐竜博物館が出来た!!!
………………なーんてことはない。
相変わらず見つかるのはシダと、サメの歯と、巻貝の化石がチョロチョロだ。現実はこんなもの。
それでも私は相変わらず、ルーファス様の古着を着て、ルーファス様の特注してくれたつばの広い麦わらぼうしをかぶって、土をゆっくり削る。今日こそ大発見の予感!
実はあまり領地に戻る時間はなくなった。最近お義父様の後を継ぎ宰相となったルーファス様は王都をめったに離れられない。今日は貴重な夏の休暇だ。
ふと山肌から振りかえると、ゴザを敷いた木陰でルーファス様が本を顔にのせてスヤスヤ寝ている。枕元には主人を守るようにダガーの孫の黒白ブチが2匹座っている。随分お疲れだ。私たちがいない間に静かな部屋でゆっくりと眠ればいいのに『除け者にするな!』とついてくる。
王都に比べ、幾分涼しく過ごしやすい。のどかだ。と言いつつも熱中症にならないように、水筒を取り出しお茶を飲み、一服する。
「おかあちゃまー!みてーキラキラあったよー!」
出会ったころのルーファス様のミニチュアを、プクプクにしてさらに100倍可愛くした存在が、乳母のサラを従えて、トテトテ走ってくる。彼も、お義母様が大事にとっていたルーファス様のお古を着て麦わら帽子だ。
「アンドリュー!何を発見したの?」
その場に座って幼子を抱き上げる。アンドリューは3歳。私たち夫婦は結婚当初子供をなかなか授からず、あれこれ外野に心ないことを言われた。
しかしキャロラインが厳しい監視付きの修道院に入った(ルーファス様談)途端、何故か病状が快復したお義父様が全てを剛腕で跳ね除け瞬殺した。
ちなみにレック王子は王太子を弟王子に譲り、将来は公爵として国を支えるらしい。未だ体調に波があるようで、離宮にこもっている。そして現王太子殿下の妃殿下はアメリア様だ。王子王女一人ずつ授かられ、輝かんばかりの美しさ。たまに儀礼等で顔を合わせると、温かい言葉をかけてくださる。未来の王妃があなたで本当によかった。
「これ、くろくてキラキラしてカッコイイ。おかあちゃまにあげゆ!」
「まあ!」
黒雲母だ。けっこう大きい。さすが我が息子!
「カッコいいねー。それに雲母は面白いのよ。アンドリュー、半分こしようか」
「はんぶんこ?」
「おい、私も交ぜろ」
いつのまにか起きたルーファス様が上から覗き込む。私はアンドリューの小さな手に手を添えて、そっと一緒に雲母を剥ぐ。断面が輝く!
「うわー!おててでわれちゃったー!」
「すごいな!アンドリュー!」
そっくりな父子が一緒になって目を丸くした。二人とも可愛い。
「さあ、お弁当にしましょうか!」
両親から次々に小さなお口に食べさせられてお腹いっぱいになったアンドリューは、ルーファス様に抱かれたまま寝てしまった。腕が使えないルーファス様の口元に小さなサンドイッチを差し出す。ルーファス様は右眉をピクリと上げて、パクっと食べた。
「美味しいな」
「はい、外で食べると格別に美味しいですよね」
私は木漏れ日の影が落ちている愛する二人を交互に見つめてニッコリ微笑んだ。
「違うよ。ピアが食べさせてくれるから特別美味しいんだ。昔からそうだった」
真顔で言われて恥ずかしくなり、
「も、もはや、ちゅ、中毒では?」
と茶化してみる。
「例のクッキーのように?そうかもね。うん、全然足りない」
私はルーファス様にアンドリューを抱いていない手で器用に抱き寄せられる。
「だ、ダメ!皆がおります!あ……」
空気の読める侯爵家の使用人たちはいつのまにか見えないところに消えていた。私を守ることで結束し夫婦となったマイクとサラをはじめ、皆どこかでやれやれと思っているに違いない。
視線を戻し、いたたまれない気持ちでルーファス様を見上げると、ルーファス様のエメラルドの瞳が熱を持ち、眇められる。
何故こんな色気のない格好の私をも、欲しがってくれるのかしら?と一瞬疑問に思う。
でも、この極上の男性二人が代わる代わるこうして抱きしめてくれるのだ。私も少しは自信を持ってもいいのかもしれない。私も……愛される存在であると。
「ルーファス様、ありがとう」
自然に言葉を紡ぐ。
私を信じてくれて。10歳から私と生涯をともにしてくれて。私を救ってくれて。私を愛してくれて。アンドリューを授けてくれて。
私の前世からの心の傷は、ルーファス様の慈愛に包まれ、もはや痛むことはない。
そして私は母なのだ。アンドリューのためにも弱気MAXなままでなどいられるものか!
「くっ、何でそんな可愛く笑うかな?……全く敵わない。ピア、ちょうだい?」
デザートのように唇を食べられる。この恐ろしく頭の切れて容赦のない、でも身内にはめっぽう過保護な男が私の夫であることを再認識したところで、私はいつものようにキスに溺れた。ルーファス様のこと以外……もはや何も考えられない。
「ピア、知ってる?あの賭けでは勝てたけど……それ以外では私はピアに負けっぱなしだ」
息継ぎに、囁かれる。
「……え?」
「ピアとアンドリューとこの領地、この幸福な時間を私は守っていくよ。今度は己のプライドに賭けよう。ピアに約束だ」
明日のルーファス視点でラストになります。