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元の姿に戻ったショックから意識を失ったリュウはタテに抱えられるように自室に連れていかれた。
その直後に精査された結果リュウの体には全身の筋肉の疲労が見られるものの異常は他には見当たらなく問題がなかった。
ただし、あまりにも全身が血まみれすぎた為、その直後に女官の手によって綺麗にふき取られることなった。
夜が明けて朝になるとリュウは目を覚ました。
いつものベッドで目を覚ますと同じベッドの上には皆が心配したのか優美を含む五人全員の側室たちが同じベッドで静かな寝息を立てていた。
さすがに五人全員が眠っているのでベッドは窮屈に見えた。
外に出ていた両手は全員が握るように腕の上に置かれている。
身動きをしようとして俺は全身が鉛のように重く感じた。力を籠めるとそれだけでしびれるような痛みが広がる。天蓋の上部を見ると回復の魔方陣が展開していた。
タテが目を覚ましたことを感じ取ったのか静かに部屋に入ってくる。
枕の方角からタテは小さな声で聞いてきた。
「お身体はいかがですか?」
「動かせるけど少し痺れる。疲労でもあるのかもしれない。今日は動かさないほうがいいだろうな…」
「了解いたしました。そのように用意させます」
「すまん」
しばらくすると眠っていた皆が目を覚ました。
「大丈夫?」
「血だらけで心配したぞ?」
「心配かけたようですまんな、今日は動けそうもない」
「血だらけだったんだもの。何もないほうがおかしいわ」
俺はゆっくり両腕を胸元に引き寄せる。そんな微細な動きでも痺れは起こった。
おれは皆を安心させたくて少し笑った。
「最近寝込んでばかりだ。情けなくなってくる」
「仕方ないわ、それだけいろいろありすぎたもの」
おれは自分の状態を知りたくて窓を意識的に開けた。
状態異常の欄を開けると〈筋肉疲労(強)〉とあった。
さらに詳細を知るために開けると回復時間もあった。
「丸一日回復にかかりそうだな…」
見る場所は見たので閉じようとしたとき不意に称号の欄が開いた。
〈称号〉
覇王を継ぐもの・竜王の後継者・獣王に認められしもの・世界樹の神子・ハイエルフの始祖・アルフ神の器・女神の愛を得る者・神の卵・輪廻を統べる者・異世界を旅するもの・時をかける者・大賢者の卵・ドラゴンスレイヤー・獣を狩るもの・魔を消すもの・聖を滅する者・全能の魔法師・大賢者への道へ挑みしもの・聖人・魔人王・教皇の友人
「また称号が増えてる」
「本当だわ。全能の魔法師って全能…?」
「ああ、それは全属性呪文を上級以上で習得したからだな。俺が言ってるのはそれじゃなくて大賢者に挑みしものって確定されてるのか…」
「挑んだの?」
「まさか。そんなわけあるか」
俺は少し考えて気がついた。
「大賢者への転職条件が揃ったから出たんだろうな…」
「大賢者といえば全種族の秘宝を手にすることじゃったのう」
「ああ、世界樹の雫は取り込んだからな。揃ったんだよ」
「でもいつの間に雫なんて…」
「レテの水だ。あれは別名を世界樹の雫と呼んでいるんだ」
「あれが?」
「でもあれって忘却、忘れるんでしょう?」
「大量摂取すればな。少量なら何も起こらないんだ。むしろ全MPが回復するんで少量なら活用があるんだよ」
「そうなんだ…」
「俺の場合は大量も大量すぎてエルフに変化してしまったんだ」
そういえば時間が戻った今、エルフ姿はどうなったんだろう…
ふと気になってしまった。それはステラも同じだったんだろう聞いてきた。
「そういえば五歳若返った状態だったエルフの姿はどうなったのかしら?」
一同は俺を見た。
「それはおれも気にはなったな。だけど今はだめだ。体に負担が大きいから転身はしないほうがいい」
「そうじゃの」
「それはともかくとしてここはいいから部屋に戻ったほうがいいんじゃないか?」
「でも…」
「少し眠りたいんだ。どうせ動けないからな。用があるならタテがやってくるだろうしさ」
「わかったわ」
各々俺にキスを降らせて降りて行った。
もっとも、優美は手の甲だったが。
瞼を閉じると途端に睡魔が俺の意識をさらっていった。
次に目が覚めたら夕方だった。腹が空腹を訴えるように派手に鳴った。
体に少し力を入れると痺れは起きなかった。
それでもゆっくりと身を起こしベッドに座ることができた。
ぐっと手に力を込めてみるとそこで初めて痺れが出る。
立って歩くのはできそうだが、今日で完全に回復するのは無理か
おれはゆっくりとベッドから離れた。
数歩歩いただけだが軽いしびれが両足に響いた。
そばにあったローブを着こみゆっくりと壁伝いに移動して階段を下りた。
降りたときにタテが支えてくれた。
「大丈夫ですか」
「スキルのおかげかな。歩くだけなら何とか回復してる」
ゆっくりと食堂に入る。
夕方、それも食事時ということもありみんながそこにいた。
「リュウ、起きて大丈夫なの?」
「なんとかな」
上座まで進んで座ると女官が飲み物をくれた。
腕は震えるがそれでも両手で受け取り腹を宥めるように飲み干す。
「一日何も食ってないからさすがに空腹で目が覚めたよ」
「兄さんは回復が早いね」
「超回復スキルのおかげだろうな。意識が失う前に入れたのが効果を発揮したらしい」
「お加減はよろしいようでご安心いたしました陛下」
「ジェフか、いつもすまないな」
「いえ、もったいないお言葉です。ですが近日中にもご快癒の祝いをしたいとクリス様たちより承っておりますので体調を鑑みて執り行いと思いますがよろしいですかな?」
俺は笑みを浮かべる。
「ダメだと言っても聞かないだろうにきくのか、それを?」
「もちろんでございますよ」
ジェフは背後の女官に目をやる。
女官は持っていた料理を俺の前に置いた。
「気を使ってないか、これ。重湯でもいいんだぞ?」
目の前に出された料理は粥だった。
「実はこの料理。調査した結果、重湯よりもとれる栄養価が高く回復の効果を高めることがわかりまして…」
「そうなのか?」
「はい、それでさらに改良を加えたものがこの梅がゆです」
「梅?」
「はい、エルフ郷で梅として栽培されていたこの赤い実ですがレッドアイズベリーと判明いたしましてその実の種をくりぬき煮詰めた物です。風味もリュウ様の知る梅とよく似た味になったかと…」
海たちは興味津々に見ていた。
「見た目は完全に梅がゆだね、それ」
「和食なんて久しぶりに見るなぁ」
傍にあったスプーンを握り、ゆっくりと器を取る。
チリっと腕が軽く痺れその力加減から少し震えた。
それでもゆっくりと掬い取った粥を口に入れた。
味わう間もなく腕が痺れ器を持っていられなかった。
腕が落ちるように器を置くとスプーンをも置く。
「リュウ様、お気に召しませんでしたか?」
ジェフが聞いてきた。
「味は美味しいぞ。ただ腕が本調子でないから持っていられなかっただけだ」
「兄さん…」
俺は器を持つのを諦めた。
両腕の関節をさするように触る。
「気するな。今日だけだろう」
「でも…」
「順調に回復はしているんだ。これでもな」
「そうなの?」
俺は周囲に安心させるように笑った。
「今朝なんてひどすぎて腕を曲げただけで痛みが走ったんだ。動くことすらできなかったんだからそれに比べれば……な」
「そうなんだね…」
おれはスプーンを再び持って器に顔を寄せて口に含んだ。
時間は掛かったが出された粥を完食してホッと一息ついた。
しばらくみんなの食事を見ているとホッと安堵している自分に気がついた。
ふと思う。
最後に見たフローラの悲しげな顔を思い出してしまった。少し胸が痛んだ気がした。
自分が思うよりも俺はずっと強くフローラが好きだったのか…
だが同時に自分の決断は間違ってはいなかったのだと確信している。
こんなオレよりもずっとふさわしい相手はいる。
そんなことを思っていたからだろうか。俺の姿は自然と姿が変わっていた。
そうエルフ姿に、だった。
だが俺はそのことにすぐには気がつかなかった。考え事をしていたせいだった。
「に、にいさん…」
海が俺を見て息をのんでいるのが分かった。
「海、どうした。変な奴だな?」
するとクリス達も驚いていた。どうも見とれているようだった。
「リュウ…」
「なんだ?」
一同がどうもおかしいことに気がついた。
そこで初めて背中に髪の感触に気がついた。
後ろの髪を握って目の前にもってくるとその髪は真っ白だった。
「!」
慌てて俺は自分を触って確認すると耳が長く尖っていることに気がつく。
「エルフ姿…か。どうして勝手に……」
おれは確認するように自分の体に集中する。
体内の奥深くに異質な力を感じ取った。だが、なにかおかしい。どこかで繋がっていて心の中を視られている感じがした。
その気配には覚えがあった。世界樹の力だった。
「………。世界樹……。繋がっている…のか…」
このままではまずい
おれは意識的に心の中に壁を作り繋がっている気配を遮断する。
完全に世界樹と断ち切れたわけではないがそれでも大部分を断ち切れた感覚が上がりホッと安堵する。
俺は先ほどのことを考えると眉根が寄った。
心を視られた感じがする………日巫女…か?
「リュウ…」
「嫌なものだ……。どうやら世界樹と完全に魔力で繋がってしまったようで断ち切れない」
「え」
「世界樹と繋がる…?」
「世界樹が完全に俺を解放する気はないらしい……ということだな」
「称号の世界樹の神子ってそういう意味かえ」
「おそらくは。断ち切ろうにもどうやら切らせたくはないようだ。大部分は切り離したが完全ではない。これ以上は俺のほうからでは無理だ」
「じゃあ、そのエルフ姿は…」
「向こう側から意図的につなげてきたようだ。おそらくは日巫女だろうな」
おれは舌打ちしてしまった。
「気分が悪い。人の心をのぞき込もうなどと…悪趣味にもほどがある。とは言え、繋がっていることに気がついていなかった俺にも落ち度はあるか…」
俺は気を取り直した。
そうしてしばらく座っているとキバがやってきた。盆に部屋板を乗せて。
「リュウ様、いかがなさいますか?」
俺は一人の板を取り出し置いた。
「キバ、悪いがこの後、二階の浴室の準備をさせておいてくれ」
「二階ですか。お珍しいですね」
俺は首を横に振る。
「今日の自分は一人では入れそうもないが入浴はする必要がある」
「といいますと?」
タテが聞いてきた。
「昨日の血はふき取ってくれたようだが気持ちが悪いんだ。特に頭が血で固まっている場所があるようでな。痒みがあるんだ」
「わかりました準備をさせます」
「頼む」
そうして俺は大浴場で血糊を綺麗に落とした。
身ぎれいにしたので女官たちは浴室から出て行き、ゆっくり大浴場の湯船につかっていると海たちが入ってきた。
「あ、兄さん」
「おう」
「女官の人たちが出て行ったからいないと思ったよ」
「呼ぶまで出て行かせたからな。女性がいると落ち着かん」
「あはは、確かに落ち着かないよね。でも兄さんはあまりこの浴場に来ないよね?」
「ああ、お前らが城に来るまではこの時間は俺しか入るやつがいなかったからな。ここに来ると高確率でアイツらが乱入してくるんで風呂どころでなくなってしまうんだよ」
「なんとなく想像できる気がする。きっと隆さんが遊ばれてしまうんですかね」
「そういう事だ」
浴室で身も心もきれいに洗った後おれは回復に専念するため再び休むことにした。
翌日すっかり体調が回復した俺は午前中で書類を処理し午後は民たちの不安を解消させるため議会に出ることにした。
といっても専用室で議会の進行を眺めているだけだったがそれでも違ったのだろう。
専用室は議会から一望できる場所にあるが同時に議会のほうからも俺の存在は見れるので安心に拍車をかけることができる。
護民官はそれぞれの領地から派遣されている者も多いので議会が終わればゲートを使い領地に戻るので早々に俺の完治を報告することができる。
手っ取り早いのだ。
数日は午前中に議会に顔を出し、午後からはエリクサー改を作るためしばらく調合をしたり、鍛錬が全くできていないため地下施設の鍛錬所に入り浸る数日を繰り返した。
そんな平穏を過ごしてひと月経った頃、フィニアスと外務官の努力のたまものかエルフ郷の鎖国解除に向けて進展があったらしい。
鎖国解除に一つだけ譲れない事案がエルフの日巫女から俺に提案してきた。
鎖国解除に動き出していた国同士、その案件は不可避と両国で一致するにまで至っていた。
その案件とは覇王である俺と姫巫女との間に子をもうけることというものだった。
何が言いたいかといえば正攻法を諦め、外堀から埋めていこうというエルフたちの考えだった。国同士を絡めて義務的な逃げ道を用意してきたのだ、日巫女たちは。
その事情を聞かされた俺はエルフの日巫女たちがやはり諦めてはいなかったのだと呆れてしまった俺はフィニアスから不可避の案件とまで言われてしまった以上断ることは困難だった。
エルフ側からは子をもうければそれで充分なので姫巫女が城に滞在する必要は本人に任せるという。
そうしてエルフの姫巫女フローラ=オリバ=ワールドウッドは玉座に座る俺の前に居た。
玉座のすぐ脇には側室たち全員が居並び、俺より少し手前にキバとタテが立っている。
おれはさすがに不機嫌になっていたので部屋の空気は最悪な環境だった。
フローラの傍仕えの侍女たちが跪いてこちらを見ている中、フローラは一通の紙を取り出した。
傍の侍女はそれを受け取りキバに手渡す。
「お母様の日巫女様からの親書です」
フローラはといえばさすがは日巫女としての教育のたまものなのか動じず淡々としていた。
キバは不審なものを感じないと判断して俺に手渡してきた。
受け取った俺は封を切って中の手紙を取り出し読んだ。
ほぼ一行だけのその手紙の内容はこう書かれてあった。
私の娘のフローラの心を盗んだ罪は重いわよ。責任を取りなさい、クリフ。
「…………。あの婆さん…」
おれは呆れるしかなかった。掌を顔に当て呻いた。
「なんて書いてあるの?」
興味を持ったすぐそばのクリスは聞いてきたので手紙を手渡した。
側室全員にそれは読まれる。
「これは、これは…」
「日巫女殿のほうが上手じゃのう…」
おれは目の前の姫巫女に視線を移した。
「君はどこまで事情を知っている?」
その俺の言葉にフローラの顔は真っ赤に染まる。
「そ、その……」
その反応は知っているのか…。義務的とはいえ子を成さねばならないというのは…
「君は拒否しなかったのか?」
「拒否など、私にはないわ。ここに来たのは私の意志。お母様を説得してここにいるもの」
「説得…君が?」
「ええ……。貴方がクリフではないことはわかっているの。でも……」
フローラはそう言うと羞恥が勝るのか赤い頬を隠すように片手で覆いながらも言った。
「どこの誰かもわからない人とよりは貴方がいい。遠く傍に居られない事よりも同じ立場の人がいてもいいから傍に居たい。子を残すなら貴方以外には考えられなかったの」
「…………。俺がエルフ郷を後にする前まではそんな気もなかったはずだがそこまで決断した理由でもあるのか?」
「そ、それは……」
「言いにくい事か?」
「…………。ごめんなさい一月ほど前に実は日巫女継承の儀を受けたのですけど、その時に世界樹を通してどうもあなたの心を視てしまいました……」
「………一月前といったか」
「はい」
「……あれはお前だったのか」
「ごめんなさい。見る気はなかったのですが聞こえてしまって…」
俺はフローラが俺にクリフ時代の記憶があることを知ったことを理解した。
ため息が漏れる。
「では知ってしまったという事か。俺がクリフの記憶を持っているということを?」
「はい」
おれは無意識に手を握りこんだ。
「俺はクリフではない。たとえその記憶を持っていたとしてもクリフにはなりえない」
「わかっています」
「クリフと違い俺は選ばない。選ぶことはできない身だ。クリフとしての役割は今の俺には何もない。知らないほうが良いこともあるものを…」
「…………」
「ところで、この日巫女からの親書。内容は知っているのか?」
「いえ、知りません。ですがある程度の内容は理解しています」
「ほう。日巫女曰く、お前の心を盗んだ罪を償えとある。一種の脅しともいえるものだが…」
「お母様はそんなことを…?」
「ああ、俺の隣にいる女性は全員が俺の側室でこの城に居を構える各地の王女たちで俺以外はお断りと公言している者たちばかりだ」
「そうなのですか…」
「その気になればお前もこの中に入れることはできる。だがな」
姫巫女フローラは神妙に聞いていた。
「俺はお前をこの側室たちと同じように俺の女にする気はない」
「……!」
その言葉でフローラは驚き目を見開いた。
「日巫女にも言ったがお前を含むハイエルフは全て俺の子孫だ。己の子孫相手に誰が好き好んでそういう事をするか」
「あ……」
「だが、国同士の約束事として締結された以上は守る。だが一度きりだ」
「でも、それでは子を成すことは難しいのでは…」
「心配はいらん。これでも女性の体の事はそれなりに知っている。月に数日だけ受胎に適した日があることなど知識として知っているのでな。この城の俺の使い魔の女官たちはその知識を基に側室たちの体調を管理している」
「それ、初めて聞くわよ?」
「聞かれなかったから答えなかっただけだ。それぞれが本当に、子が今すぐ欲しいと思っているならそう対応するがそうではないことくらい分かる。その日を避け、注意して相手をしていた。疑問に思わなかったのか?」
「思っていたわ。子ができないのはどうしてなのかなって…」
ステラが言ってきた。
「女性の覚悟のないまま受胎してしまえばそれはその女性にとって苦痛でしかない。意に染まない妊娠など、ろくなことにならん」
「隆さん…」
「そうじゃな…町でも聞いたことがあるぞな。盗賊に犯された女性が妊娠したという話でその女性は自殺したという」
「そうね、今は確かに子供よりもリュウの傍に居たいほうが勝るわ。妊娠してしまえば一緒に出掛けることもしばらくできなくなるだろうし…」
そんなクリスの言葉に頷いたステラだった。
「獣人であれば妊娠していようともある程度無理はできますがそれでも無理はしないほうがいいですわね」
「ふふ、妾は卵生ゆえ、関係はないからいつでも良いぞえ」
「でしょうね…リューイは…」
リュウの皆が必要に感じていないという言葉に納得した側室たちだった。
「その管理を二か月行えば受胎に適した日は割り出せるのでな。そのような義務は最小限に抑えたい。その管理を受け入れられないのならこの話は、なしだ」
「わかりました。受け入れます」
「かねてよりフィニアス様よりフローラ様の滞在用の部屋の確保を聞いておりましたので専用の和室をご用意いたしております。後ほど案内させます」
キバが言ってネックレスを差し出した。
「これはこの城に滞在するための期間限定の証明です。これがなければ城には入れませんのでフローラ様が肌身離さずお付けください。これがあれば郷のロビンソン邸にあるゲートを使いエルフ郷に戻ることもできます」
「恩に切ります」
フローラは女官に連れられて謁見の間を後にした。
それを眺め大きなため息が漏れた。
「気が滅入る…」
「嘘ね。うれしいくせに…」
「そういう事じゃないんだ。複雑なんだよ。対処に困る」
「どうして?」
「嬉しいと思う反面、忌避感も半端なくてな」
「子孫だからかのう?」
「ああ」
そんな俺の想いとは裏腹にフローラは数か月間、妊娠する日まで城に滞在することとなった。