引き入れ
アリスを救出してから三日が経った。
あのあと、アリスにはある重要な仕事を任せ、別行動にさせた。アリスが約束を違えて、そのまま逃亡する可能性も捨てきれなかったが、好奇心の塊のような彼女の性格ならおそらく問題ないだろうと考えて割り切る。味方すべてを完全に管理するほどの余力は今の僕にはないのだ。
目下最大の問題は、やはり戦力不足だ。アリスが仲間になったとはいえ、フェルトたちを含めてもたった四人では、小さな街一つくらいなら落とせるかもしれないが、王都ともなると夢話に近い。僕は最初に話を持ち掛け、すげなく断られたガトー達と再び連絡を取り、何とか交渉の場を設けた。
会合の場として指定されたのは王都近郊にある宿場町の小さな酒場。ここはガトーの息がかかった店であるらしく、窓のない店に入ると僕達以外の客は一人もいなかった。
「よぉ、随分早かったな!」
「ガトーさん、ミラさん。お久しぶりです」
それほど大きくない酒場であったが、三人で使う分には十分すぎるほどの広さだ。人払いは徹底されていて、卓上に豪勢な食事が既に用意されている代わりに、店主の姿さえも見当たらなかった。
「すみません、お待たせしましたか?」
「気にするでない。妾達が早く着きすぎただけのこと今日は毒蛇も来ていないのか?」
「はい。フェルトさんも沢山仕事をしてもらっているので、今日は僕だけで来ました」
「なんだ、そうなのか。そりゃ残念だなぁ」
ミラの質問に僕が答えると、ガトーはそう言って酒を呷った。その拍子に目深に被ったフードの中から、びっしりと書かれた魔法術式のタトゥーが見えた。
いつも通りの反応を見せるガトーに対し、ミラの方はいつもより冷たい印象だ。
とりあえず話は飲んでからだと嘯いたガトーに促され、僕達はまず酒と料理に舌鼓を打ち、当たり障りのない近況報告を行った。
二人はあれから王都を迂回して東のクロノス帝国に行こうと考えていたようで、この街は元々通る予定だったのだと言う。ガトーはともかく、ミラは今回の僕の話には否定的だ。もしミラ達が西を目指していたとしたら、わざわざ僕の話を聞くためだけに王都までは来てくれなかっただろうということを考えると、幸運というほかない。
ガトーはあれから次々と酒を空け、がっぽがっぽと豪快に飲み干していったが、ミラの方は酒にはあまり手を付けていない。これ以上待って、ミラの酔いが回ることを期待するのは無駄だなと判断した僕は、会話がちょうどよく途切れたところで口火を切った。
「――それで、改めてお考えは代えて頂けませんでした?」
「……残念だが、今回ばかりは付き合いきれん」
このタイミングは予想していたようで、ミラの答えは早かった。
ワインボトルをラッパ飲みしていたガトーが口を挟む。
「俺は面白そうだしいいじゃねえかって言ったんだけどな。こいつは梃子でも首を振らねえ。俺だって他の奴にこんな話をされれば鼻で笑うだろうが、お前なら信頼できる。どうせ前みたいに上手いこと考えて上手くいくだろうよ」
「そんな保証はどこにもない! 妾とて、消し屋の頼みならば極力聞いてやりたいという情くらいはある。しかし、今回の話はあまりにも無謀が過ぎる! 命がいくつあっても足りない懸案じゃ、これは」
「それで、今日ここに来たときに、ミラさんを説得できる材料を持ってくるって約束でしたね」
「ん? どうした?」
僕は立ち上がると、店の入り口に向かったので、ガトーが怪訝に思い訊いてきた。
彼女の性格ならば、途中で入ってくるかもしれないと思っていたが、今回はきちんと約束通り待っていてくれたらしい。
「紹介します。今回僕達に手を貸してくれるアリス・レゾンテートルさんです」
「――もお、呼ぶのおっそーい! 私が外で三十分も待つなんて滅多にないんだからね!」
店内に響き渡るほどの騒々しさで入ってきたアリスは、そう文句を言った直後に硬直した。
アリスの視線の先には、苦い顔で固まるミラ。
「……うそ、師匠?」
「……アリス」
すると、アリスは弾けるような歓声を上げ、ミラに飛びついた。
「師匠じゃないですかあああ!! やばい、超おひさですね!? 最近人、殺してます!?」
「ええい、耳元で騒ぐな鬱陶しい! それに貴様、十年近く連絡も寄越さないでどこをほっつき歩いていたのじゃ! いや、手配書でお前のしでかしたことは逐一耳に入ってきていたから、やはり言わなくていい!」
「師匠、小皺増えましたね」
「早く離れろ貴様!」
まとわりつくアリスを引き剥がしたミラがゼエゼエと深呼吸する。それを見た僕とガトーは苦笑い。
「……こんな元気なミラ、初めて見たぜ」
「くっ……しょうがなかろう! アリスは最初で最後の弟子、こやつに会ったら言おうと思っていたことがごまんとあるのじゃ!」
「師匠って、けっこう過保護だったからねぇ」
頬を朱に染めたミラは、恥ずかしそうに扇子で口元を隠した。それを見て他人事のように呟いたアリスは、卓上にあったフライドチキンを一つ口に放り入れた。
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