大開脚
グロ注意です。
扉を開けた瞬間、こめかみに硬い感触が押し当てられた。
目線だけ横に動かすと、眼つきを鋭くしたカナキが無表情でこちらに銃口を向けていた。
「――なーんて、びっくりしました?」
しかし直後には、おどけたように笑顔を見せ、銃も引っ込める。
「昨日、僕がサーシャさんに会いに行ったときは、あそこにいた人――確か、S-レートの『ヤモリ』さんだっけ。その人が今みたいに銃を当てて、そのあと僕に向かって乱射したんですよ! 全く、僕がどれだけ痛い思いをしたか――」
フェルトが蛇骨槍を展開しようとした直前で、気づけばカナキの銃口が再びこちらに向いていた。
「ああ、あなたに乱暴する気はありませんから、あなたも手荒なことはよしてくださいね。今日はあなたと話しあいに来たんです」
「……話し合い?」
「とりあえず、奥に移動しましょうか。そこにサーシャさんもいますから」
そういってカナキが歩き出すが、すぐに何かを思い出したように足を止めた。
「ああ、そうだ。魔力阻害の石は置いて行ってください。この先に持っていくと“命に係わる”ので」
「……?」
「まあ今回は本当にこちらからあなたには危害を加えることは正当防衛のとき以外ありえないので、安心してください」
「……断ったら?」
「僕は別に構いませんけど、サーシャさんが死にますね」
「……分かったわ」
フェルトはそう言うと、服の中に隠し持っていた石を全て取り出し、床に投げ捨てる。
「ああ、流石にそれは勿体ないですよ――」
カナキの視線が一瞬下に向いた瞬間、蛇骨槍を即時展開、刀身を伸ばして蛇骨槍を蛇のようにカナキの身体に巻き付けて締め上げる。
驚いた顔のカナキを、フェルトは油断せず注視する。この男に対して、フェルトは既にこれまで会った誰よりも強い警戒心を持っている。
「サーシャはどこ?」
「これは驚いた。まさか二度も引っ掛かるなんて」
「質問に答えなさい!」
フェルトが更にきつく締め付けると、カナキは冷めた目でフェルトを見た。
微かな違和感を覚えたフェルトに、カナキは言った。
「フェルトさん、とりあえず落ち着きましょうか」
「ッ!?」
その瞬間、カナキの身体が粉々に吹き飛んだ。
自爆でもしたか思ったが、違う。
そこで相対していたカナキの正体が、スライムだったことに気づく。
「あなたほどの人が、こんな悪戯に二度も引っ掛かるなんてらしくないですよ」
スライムの体に人間の唇が浮かび上がり、カナキの声で喋る。
まるで小馬鹿にされたような不快感にフェルトが顔を歪ませる。
「まぁ、とりあえず奥で話しをしましょう。あ、石は本当に持ってこないでくださいね。さっきの話は本当ですから」
そう言うなり、一つに集まったスライムは部屋の奥へと這いずり、扉の隙間をくぐって奥の部屋へと消えた。
フェルトは、かなり迷った末に石を拾わず、奥の部屋へと続く鉄の扉を開けた。
「これは……」
入った瞬間、鼻にツンとくる酸っぱいような匂い。
それに顔を顰めながら、部屋を見回す。
部屋の照明はほとんど点いておらず、中央の場所だけを、まるでスポットのように照らしており、そこにある光景が嫌でも目に入った。入ってしまった。
「――来たね」
スポットに照らされた中には、二人の人物がいた。一人はカナキ。見ているこちらを安心させるような笑顔は、先日喫茶店で会ったときと変わらない不思議な魅力がある。しかしだからこそ、その後ろに“吊るされている”サーシャの姿を見たとき、裏世界で長く生きているフェルトさえ慄然とした。
猿轡をされたサーシャは全裸だった。
片足ずつそれぞれ縄で縛られて吊るされているサーシャは、十代半ばの彼女の未発達の体は惜しげもなく晒している。
だが、そのときフェルトはサーシャの体のある一箇所にしか目がいかなかった。
サーシャは、股間から臍の下あたりまで、ざっくりと引き裂かれていた。
「フゴーッ! フゴゴーッ!」
瞼に溜まった涙を逆さに垂らしながら、サーシャは泣いていた。まだ心は折れ切っていないのか、フェルトに向かって強い意志のある瞳を向けていた。
「どうだい? 君たちがハンサさんにした拷問もなかなかだったけど、僕のこれは、正に芸術的だろう?」
この男は一体何を言っているんだろう。
カナキが笑顔で、しかしどこか誇らしげに喋る。傍のテーブルに置いてあった血濡れた鋸に視線を向ける。
「鋸挽き、ていうのはこの世界にはあるのかな? 文字通り鋸で体を引き裂くっていう死刑の方法なんだけど、今回はそれを僕がアレンジしてね。鋸挽きって、普通は首を斬るらしいんだけどね、僕は見ての通り、上から下に真っ二つにしてみたんだ。そりゃ首だって相当痛いだろうけど、逆さに吊るしたうえで股を裂かれるっていうのは相当くると思うんだよね。こういう風に」
カナキは、鋸を持ち上げると、ゆっくりとサーシャの股に当てた。
「フ、フゴオ!」
「や、やめっ――」
止める間もなく、カナキが思い切り鋸を引いた。
ブチブチブチィ、と肉の繊維が引き千切られる音がこちらまで届いた。
「ブゴゴオオッ!!」
サーシャの口から聞いたことのない悲鳴が漏れる。
眼球がこぼれ落ちそうになるまで見開き、それだけで体中から大量の汗が流れた。
「うん、まだいけそうだ」
更にカナキは、そのまま鋸を挽き続ける。
ギーコギーコ、というリズムに合わせ、不快な断裂音が連続する。
「ブゴゴオオオオッ! ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
それは、人間の発していい悲鳴ではなかった。
「ッ!」
フェルトでさえ、その光景を直視できなかった。思わずサーシャから視線を外すと、フェルトの背中側の壁に、大きな鏡が置かれているのが目に入った。そして、そこに映っているのは、鋸を臍まで食い込ませ、充血した眼でそれを見る、サーシャの表情。それで、フェルトの体は震えだした。
――カナキは、その鏡でサーシャ自身に、自分の体が刻まれていくのを見せているのだ。より絶望が増すように。
体を芯まで凍らせるような悲鳴が止んだ。
「ふぅ、やっぱり人間相手だと鋸は切りづらいなぁ」
それは、明らかに人を斬り慣れている者の言葉だった。
「まあそれが更に痛みを与えるんだろうけど……ああ、泡を吹いているね。窒息する前に取らないと」
猿轡を外すため、こちらに背を向けたカナキに、フェルトは何もできなかった。
手足に力が入らない。身体は先ほどから震え続けている。
フェルトは、それまでの自分が、本当の「悪」と出会ったことがなかったのだと初めて思い知らされた。
「……うん、意識はしっかりしているね。あらかじめ投与しておいた薬は効いているようだ。『陣地治療』も問題なく展開しているし、失血死もショック死の心配も無さそうだ」
目を凝らすと、サーシャの傷はわずかにだが、少しずつ塞がるような動きを見せていた。
サーシャを吊るしている場所の床には、幾何学的な模様が描かれ、その中央には魔晶石が置かれていた。あれでサーシャが死なないようにしているのだろうが、あれではサーシャは、いつまでも苦しみ続けるということだ。
「――ま、そんなところで、フェルトさんが来るまで、彼女で遊んでいたところなんだけど、本題は別にあってね。今日君を呼びつけたのは、君たちに僕の下で働いてほしいからなんだ」
「……どういうこと?」
フェルトは、自分の語尾が震えていることに気づいた。
「言葉通りの意味さ。前、フェルトさんと話して思ったんだ。仮に、今君たちを殺したところで、この街に有力な手配者がいないことには変わりがない。君たちがいなくなれば、また新たに面倒くさい手合いが街を荒しにやってくるだろうし、そんなことが続けば、他の街の駐屯兵団や治安維持部隊に目を付けられることは必至だ」
カナキが人差し指をフェルトに向ける。
「そこで君たちだよ。君たちにはこれから、マティアスさんに代わってこの街を締める手配者、元締めになってほしいんだよ。勿論、普段はこれまで通り、君たちの仕事をしてくれていい。――あ、商人はもう殺さないでくれたまえよ? ただ、これからこの街を脅かす手配者がやってきた時に、君たちに排除してもらいたいんだよ」
フェルトは、返答するのにかなりの勇気を要した。
「……そんなの、あなたがやればいいじゃない」
「勿論それも考えたさ。けど、それじゃあ何かと僕に注目が集まるのは避けられないだろう? 僕はあくまで、平穏な日常を送りたいんだ。教師の仕事だってあるしね」
「平穏な、日常?」
フェルトは、本気で言葉の意味が分からなかった。
「そうだよ。それこそが、世界が違っても人類の持つ共通の夢だろう?」
ならば、目の前の立つ彼は何なのだろうか。
フェルトだって、マトモな人間でないことは自覚しているが、この男とだけは絶対に一緒ではない。奴は怪物だ。理性を持ち、人間の皮を被った怪物だ。
返答できず、黙ってしまったフェルトに、カナキは何を思ったのだろうか。
「……そうだ。そういえば、フェルトさんが来たら見せたい一発芸をさっき思いついたんですよ。きっと、笑ってくれると思います――」
その芸を見た瞬間、フェルトは十数年ぶりに嘔吐し、そして、カナキの要求を呑むことに決めた。
御意見御感想お待ちしております。
なお、最後の一発芸につきましては自主規制いたしました。