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追走劇

 そこで、自分の命が危険に晒されていることに、ようやく気が付いた。

 トランクケースの形を模していた蛇骨槍を瞬時に展開。我ながら遅すぎるくらいだと歯噛みするほどの対応だったが、予想に反して相手の追撃は襲ってこなかった。

 一撃ごとに、再度撃つのに時間のかかる魔法か?

 頭ではそう分析しながらも、自分の直感は、その仮定を否定していることをフェルトは感じる。そうだ、それこそ以前の戦闘で、カナキはこの国では馴染みがないはずの武器――拳銃を持っていたではないか。

 つまりは、遠距離からの銃を使った狙撃か――。


「ッ!」


 次に病院の屋上が光ったとき、フェルトは自分の身体を覆い隠すように蛇骨槍を展開すると、槍の腹に小さくない衝撃が届いた。

 やはり間違いない。フェルトは、すぐさま手近な家の陰に隠れると、通信用の魔導具を起動し、『炎色鮫』を呼び出す。


「対象は!?」

『……先ほど言いましたように、自宅に籠ったままです』


 すぐに不機嫌な声が返ってくるが、それに構っている余裕はない。


「今すぐ手近な物陰に隠れなさい!」

『は? いきなり何を――』


 直後に耳元で大きな音が鳴り、ゴツリと何かが倒れたような音が聞こえた。

 再度呼び掛けても返事はない。他のメンバーは分からないが、少なくともリーダー格の『炎色鮫』がやられた以上、援軍は期待できないだろう。

 しかし同時に、これはチャンスでもあった。監視の方を狙撃しているのならば、一時的にこちらに注意は向いていないはず……。

 一度、アジトに戻ってサーシャ達と合流するという案も浮かんだが、即座に却下した。これから狙撃される可能性が出てきた以上、カナキを仕留めなければロクに外を出歩くこともできないし、最悪、帰る途中で見つかって後ろから撃たれるか、泳がされてアジトを見つけられる可能性もあった。それならば、確実に向こうの居場所が分かっている今、真正面から彼を叩き潰した方が良いとフェルトは判断を下し、跳躍して家の屋根に上った。

 そして、一気にトップギアで走り出す。屋根伝いに目指すのはリリス中央病院。途中で狙撃されても全て叩き落す覚悟で、フェルトは全力で駆けた。

 魔術で身体強化がないものの、そこらの魔法師より何倍も早く疾走し、フェルトはものの数秒でミシーレクロムを抜け、多くの人が歩くヴァンクール通りに到達する。

 ここまでくると、嫌でも蛇骨槍が人の目を引くが、構っている暇はない。この街最大の道幅を誇るヴァンクール通りだが、フェルトは迷う事なく三階建ての建物から飛んだ。反対の家屋までは優に二十メートルはあるだろう距離だ。流石のフェルトでも、このままでは届かずに地面に真っ逆さまだ。


「伸びなさい!」


 フェルトは、自分の身体が重力に引かれ始める直前で、蛇骨槍を展開。蛇のように向こう側の建物の壁に突き立った蛇骨槍は、フェルトの身体を引っ張りながら、一気に元の形に戻る。

 蛇骨槍が元の長さにまで戻った所で、フェルトはそれを足場に建物の屋根まで跳躍。蛇骨槍は持ったままだが、またワイヤーが伸びてくれるので関係ない。屋根に降り立つと同時に、壁に刺していた槍の先端を抜き、フェルトの手中に再び元の形となって戻る。

 ここまで来れば、最早フェルトが目を細めれば、病院の屋上にいるカナキの姿がはっきりと見える。腹這いになっていたカナキは、こちらの動きが予想外だったらしく、慌ててこちらに照準を合わせたのが見えた。

 フェルトが横に跳んだ瞬間、左手のレンガが派手な音を立てて吹き飛ぶ。カナキの舌打ちが聞こえた気がした。

 ここまで来れば、もう射程圏内だ。

 速度を上げ、更に次々と狙撃を回避するフェルトを見て、カナキも潮時と判断したらしい。銃を抱え、逆方向へと逃げ出していく。足の速さはそれほどでもないが、その身のこなしは魔法師としてはなかなかのものだ。

 だから、フェルトがカナキに追いつけた要因としては、カナキの手に持った大きな狙撃銃のせいだろう。


「追いついたわよ!」

「ぐぁ!」


 射程圏内に捉えた瞬間、蛇骨槍を目一杯伸ばし、カナキの背中を切りつけた。昨日の戦いで、彼の再生能力は分かっているが、それでバランスを崩すことさえできればそれでよかった。

 空中でバランスを崩したため次の屋根まで届かず、なんとか受け身を取りつつ裏路地に転がり込んだカナキ。その退路を封じるように、フェルトも地上へと降り立つ。

 彼に言いたいこともあったが、ここまで来るのにあまりにも多くの人の目に触れ過ぎた。直に駐屯兵団や治安維持部隊も来るだろう。今は彼をすぐに倒して、ここを立ち去ることが先決だった。


「……え!?」


 無言で襲い掛かったフェルトだが、すぐに驚いて間抜けな声が出た。

 カナキの動きを封じるべく蛇骨槍を操ると、カナキは何の抵抗も見せず、たちまち縛り上げられてしまったからだ。

 締め上げる力は強く、櫛のように連なる刃も、カナキの身体を傷つけているはずだ。すぐにでも体をバラバラにされかねない状況だったが、カナキはそこで笑顔を見せた。

 挑発している。フェルトがそう確信し、締め上げる力を強めようとした瞬間、カナキがポツリと言葉を漏らした。


「――もういいかな」


 直後に、カナキの身体が水飛沫となって飛び散った。


「……え?」


 フェルトは、その光景に唖然とした。目の前の人間がいきなり液体となって飛び散ったのだ。比喩でもなく、言葉通りに。


「何かの魔法……?」


 そう漏らしたが、周囲で魔力の反応があれば、自然に軋みを上げる蛇骨槍に反応はない。今のは魔力を使ったわけではないようだった。ならば今のは……?

 そこで、フェルトは気づいた。

 周囲に飛び散った水滴は、それぞれ意思があるかのように動き出し、一ヶ所に集まろうとしているのだ。よく見ると、それらは正確には水ではなく、何かぶよぶよとした固形物のようだった。

 注意深くそれを見ていると、やがてそれらは一つになり、一個のスライムとなった。そこでフェルトは、ようやくその真実まで辿り着いた。


「――じゃあ、今まで相手していたのは、スライムだったってこと……?」


 その事実を認識した瞬間、自分がカナキの策略に嵌められていたことに気づく。

 つまり、フェルトを最初に襲ってきた時から、カナキはこのスライムを操り、自分はずっと家から動いていなかったのだ。『炎色鮫』の報告を受けた時、てっきり影武者か何かが自宅にいるものだと思ったのだが、むしろ、影武者はこっちの方だったらしい。

 それなら彼は、今頃はもう……。


「――くそっ!」


 フェルトは、久しぶりに声を荒げ、道を引き返し始めた。目指すはサーシャたちのいるアジト。カナキを追った判断が、そのまま悪手として今のフェルトを苦しめていた。

 蛇骨槍は再びトランクケースの形に変形させるが、先ほどの騒ぎがあった後では、不審がられることは避けられない。多少遠回りでも、出来るだけ人気のない道を選んで動くことしか出来なくなっていた。


読んでいただきありがとうございます。

次回はカナキのターンです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 標準じゃなくて照準です。 ついでに、照準をあわせる、もしくは銃口を向けるがより適切かと思います。
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