始業式前夜
陽が沈んでも人の住む世界に光が絶えなくなってから久しい。
煌びやかな光が包む街から少し外れた人気の少ない道を、一人の少女が駆けていた。
「は、は、はっ!」
まだ顔にあどけなさが残る少女だが、風を切って走るそのスピードは常人のそれではない。
少女の全身が仄かに輝きを放ち、一歩地面を蹴る度に十数メートル先まで跳ぶ。今この瞬間、彼女が『魔力』を使っていることは間違いなかった。
「は、は、は……ッ!」
しかしそんな彼女が己の魔力を解放して全力で走っても、後ろから追ってくる“ソイツ”との距離は一向に拡がらない。
むしろ、段々と追いつかれている。
「――ッ!」
その事実に、少女が焦燥に顔を歪ませる。周りに視線を彷徨わせるが、まだ八時だというのに通りを歩く人はいない。幾ら人通りが少ない道とはいえこれは異常だ。
異常があるというなら原因は一つ、魔力を持つ者のみが扱える力――魔法に違いない。
「……あっ!」
無人の横断歩道を一息で飛び越え、次の角を曲がった瞬間、少女は思わず安堵の声を上げた。そこは大勢の人が道を行き交う、いつもの街の風景だったからだ。
そして、その中に見知った後ろ姿を見つけ、少女の瞳に自然と涙が溜まる。
学校で度々目にする、最も身近な大人の存在。
もう大丈夫だ、と少女は魔力を切り、普通の女子高生としての速度で走る。足音に気づいたか、その人がゆっくりとこちらを振り返った。
少女は嬉しさからか、らしくない、大きな声を上げる。
「せんせ――――――――……」
もう少しで手が届くというとき――目の前の男が小さく笑った。
直後、目の前の男の腕が目にも留まらぬ速さで動いた、気がする。
少女が何かが折れ曲がる音を聞いた直後に視界が反転する。
え?
刹那に上げようとした呆けた声は、ひゅーという只の空気の漏れ出る音であった。
やがて、反転した視界さえも点滅し、少女の意識は途絶えた。