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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
ある教師の日常
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鼠駆除 後

すっかり遅くなってしまったな。

魔法で生成した電気を蓄電することが出来るようになり、夜も昼と同じように明るくなったが、それも街の中心から遠のくごとに、灯りはどんどん拙いものへと変わっていく。

 ハーレイの家は街の外周区に位置しており、家が見えてくる頃には月明りが辺りを照らすのみだ。同僚には、女性が一人で住むには危険だ、と度々言われているが、住んでいるところの家賃の低さと、他に住む家の候補もないので、ずっと先延ばしになってしまっていた。

 しかし、そんなことを考えている間にも、ハーレイの頭の中は最近調べている男で一杯だった。

 ――カナキ・タイガ。セルベス学園の養護教師……。

 彼と最初に出会ったのは、彼の勤務する学園の医療魔法の実習のお願いを受けたときだった。そのときは苦労人そうだな、という印象と丁寧な対応が好意的だったし、それは実習を終えた今でも変わらない。しかし、セルベスの駐屯兵団の中で随一の功績を持つフォレストウルフが、彼に対して過剰とも思えるほどの警戒を示したのだ。

 後日、同僚たちに訊ねてみたが、やはりステラ(そのフォレストウルフの名前だ)が一般人に対して威嚇したり、唸り声を上げたことはないという。

 それでハーレイ自身もこの事が気になり始め、住民課に頼み込んでカナキ・タイガの個人データを見せてもらったが、それは益々ハーレイの疑心を強める結果となった。

 カナキの住民票に書かれていたのは、彼の生年月日と、性別、所有資格、そしてたった数行の来歴だけだった。しかも、それは三年前のセルベス学園に赴任された年からで、それ以前の来歴は、何一つ不明だった。ハーレイはそのとき初めて、カナキについて明確な

疑念を抱いた。 

駐屯兵団とはいえ、全く証拠のない人間を捜査するなど厳禁だ。

それからというもの、ハーレイは一人、仕事終わりに職場に残り、最近起こっている失踪事件と彼とのつながりについて調べ始めた。失踪事件に彼が絡んでいると思ったのは、単に自分の勘だ。

 だが、調べれば調べるほど、カナキと失踪事件に共通点はなく、調査はすぐ八方塞がりになった。当然だ。そもそも、失踪事件自体、ほとんど手がかりと言えるものが分かっていないからだ。被害者、日にち、時間帯、場所、性別、年齢。その他あらゆるものがてんでバラバラで、せいぜい分かっているのは、魔法師が狙われることと、被害者は痕跡を一切断たれ、消えることだった。


「やはりただの勘違いなのか?」


 そう思ったのも、もう一度や二度ではない。だが、その度に魔道具を通してステラが唸るのだ。奴はクロだ、信用するな、と。その明確な意思を感じる唸り声を聞くたびに、ハーレイは再び、書面と睨み合いを続けるのだった。

 でも、そろそろ本当に手詰まりだな。

 ハーレイは、思案する。あくまで捜査を続けるとして、今出揃ってる情報だけでは、もう進展はない。ならば、今度は自らの手で情報を集めるしかないだろう。

 気は引けるが、明日からは彼の動向を調べてみよう。

 そう決意したとき、ちょうど自宅が見えてきた。


「ッ!?」


 しかし、それを見たときハーレイは慌てて身を隠した。

 ――家の前に誰かいる。

 それを確認した時、ハーレイの身体からどっと汗が噴き出る。

 ……まさか、彼が私の動きに気づいたのか?

 ハーレイはそっと魔力を視神経に流し、視力を一時的に引き上げ、夜目を利くようにする。

 ……やっぱり。

 果たして、ハーレイの家の前に立っていたのは、予想通り、カナキ・タイガだった。その事実に、心臓がドクンドクンと脈打ち、息が乱れる。

 カナキにばれないよう、ハーレイは物陰に身を隠しながら、ステラの直感が間違っていなかったことを確信した。おそらくカナキは、私が自分を嗅ぎまわっていると気づき、私を消しに来たのだ。そして、それが終わった次の日には、私も失踪事件の被害者として、同僚たちに知られるのだ……。

 想像しただけで、足が震えた。今見つかれば、確実にカナキは私を殺しにくる。だが、幸いまだ向こうは私に見つかったことに気づいていない。今日のことだけじゃ彼が失踪事件の容疑者だとは証明できないが、今は彼がクロだと分かっただけで十分。早くここから立ち去って、上司の先輩にこのことを話さなければ――。


「――ハーレイ?」

「~~ッッ!?」


 悲鳴を上げなかったことを、自分ながら褒めたい。

 いきおいよく後ろを振り向くと、そこはほんのりと頬を赤らめた上司のノクトが驚いた表情で立っていた。


「お前、こんなところで何して、むぐっ!?」

「し、静かにしてください!」


 ハーレイは急いでノクトの口を抑えると、手早くかいつまんで状況を説明し、手を離した。

 酒を飲んだ帰りだったのだろう。ノクトは少し充血した眼で、ハーレイを困惑気味に見つめた。


「……お前の言いたいことは分かったが、本当にそいつはクロなのか? 証拠もないんだし、今だってお前に別の用事があって待ってるのかもしれないだろ」

「少なくとも彼は私の前では常識のある人間でした。そんな彼が昼ならともかく、こんな夜に私の家で、まさかお礼を言いに待ってるわけじゃないでしょう。それに、私はこれまで彼に、一度も家の場所を教えたことはありません」

「ううん、だけどなぁ……」

「先輩! ここは私を信じてください! もしも私の勘が当たってるなら、彼はこれまで十六人を誘拐している凶悪犯なんですよ! 彼がシロにしろクロにしろ、ここで彼の元へ行くのはリスクが高すぎます!」


 小声で怒鳴る私に、やっとノクトも頷いた。

 安堵したハーレイは、踵を返して足を踏み出す。


「ちなみにハーレイ。ここから逃げた後はどうするんだ?」

「とりあえずは人通りの多いところに行きましょう。失踪事件の犯人は証拠隠滅を徹底するから、流石に見つかる確率の高いところで襲ってはこないはずです」

「確かにな。じゃあ、そのあとにあの男の証拠を捕まえてとっちめるってことか」

「はい。でも、彼が私を狙っていると分かった以上、これまで以上に慎重に動かなくてはいけなくなりました。こうなったら、『カグヤ』に相談して、護衛をお願いした方がいいかもしれません。『カグヤ』を束ねる彼なら面識がありますし、どうにか話を付けることも――」

「それは無理だろう?」

「え、どうしてですか」

「そりゃだってハーレイ」




「お前はもう逃げられないからだよ」




 ノクトがこちらに向けた物は、最後まで分からなかった。

 ただ、小さく、何かが破裂したような音が聞こえると、ハーレイは肩から焼けるような痛みが襲ってきた。


「ぐっ!?」


 たまらず壁によりかかり、荒い呼吸を繰り返すハーレイの目の前で、ノクトは見たこともないような下卑た笑顔を浮かべたまま、ドロドロと“溶けていく”。

 驚愕するハーレイの前で、彼女の上司はやがて小さな水たまりになった。


「――驚きましたか? ヒューマノイドスライム。僕の使役する『守護者(ガーディアン)』です」


 上から聞こえてきた声に、心臓が縮みあがる。

 声の方向に顔を上げると、そこには月を背中に背負い、屋根の上に立つカナキの姿があった。


「あ……なた」

「あ、心配しなくても大丈夫ですよ。人除けの結界を張ってはいますが、それをするまでもなく、ここら辺は人気もないですし、近くの家も空き家ばっかりでしたから、横やりが入る心配はありません」


 カナキの声音に特別な雰囲気はない。全くの自然体。まるで世間話でもするかのような気軽さだ。

 ハーレイはぞっとした。演技ではない。彼は本当に人殺しに特別な気負いがない。本当に彼にとって日常茶飯事であり、もう“何十年”も続けているルーティンワークなのだろう。

 そのとき、ハーレイが身につけていた指輪がひとりでに輝きを放つ。それは、カナキの実習でも付けていた、フォレストウルフを一時的に『守護者(ガーディアン)』として召喚する魔導具。淡い光が形を成し、そこから一匹のフォレストウルフ、ステラがカナキに向かって飛び掛かった。


「なにっ!?」


 ウオオオンと雄たけびを上げ、ステラがカナキに素早く飛び掛かる。虚を突かれたカナキは避ける暇もなく、首元に噛みつかれ、ミシミシと骨が悲鳴を上げるのがこちらまで聞こえてくる。


「――痛いなぁ」

「………………え?」


 煩わしそうに己の首に歯を立てるステラを見て、カナキはゆっくりと腰から何か取り出す。よく見ればそれは、先ほどノクトが持っていた物と同じ形状だった。

 また、数回破裂音が聞こえたときには、ステラは力無く地面に落ちていた。バキっと異音を発したステラの耳元には小さな穴が開いており、そこから一筋の血液が流れ落ちている。


「……もう、こんなところで無駄遣いしたくなかったんですけど」


 そう言いながら屋根から飛び降りてきたカナキは、どこにも怪我らしいものは見当たらなかった。血を流しすぎたのか、視界がぼやけてきたが、それでもあれほどの怪我を見逃がすとは思えなかった。


「それじゃあ、訊きたいことも沢山ありますが、詳しい話は――で」

「あ……」


 カナキがハーレイの顔の前で手を左から右に動かしただけで、彼女の意識は深い闇の中へ落ちていった――。


読んでいただきありがとうございます。

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