エルフの里へ➁
斜面を駆け登った先には、一面のピンク色の世界が広がっていた。
「わぁー!!凄い!」
360度どこを見てもスーリーだらけの草原だ。
はしゃぎながら駆け回る私を黙って見ていたリリーは、瞳を細めながら微笑んでいた。
「どうかしたの?」
「いえ・・・母がこの花好きだった事を思い出しました」」
一瞬だけ、リリーの顔がサイラスに戻った。
「・・・そっか」
母親との思い出を懐かしんでいるリリーに掛ける言葉が見つからなかった私は・・・ただ曖昧に笑った。
「ここで良いですか?」
私が持って来たシートをリリーが草原の上に広げてくれる。
それは良いのだが・・・たくさんのスーリー達が潰されてしまう。
「うん。・・・でも、スーリーの上に敷いて平気なの?」
「大丈夫です。ここはエルフの里の加護がありますから」
リリーが言うには、例え潰れても放っておけば直ぐに元通りになるらしい。
・・・エルフの加護凄いな。うちにも欲しいぞ。
では・・・遠慮なく座らせてもらおう。
シートの上に座り、持って来た荷物を広げる。
瓶に詰まったラベルとシーラの花や、大きめな空瓶や小さな空瓶が複数個。水の入った瓶も何本かある。
こんな大荷物を持って歩いて来たのか? って?
驚く事なかれ!!
今回は、王城にはあった異空間収納バッグをお借りしたのだ!
凄く軽い上に・・・抜群の収納力!!
これは是非私も欲しいので、ミラに相談してみようと思う!
「本当にここで作るのですか?」
私が取り出した物をジーっと不思議そうな顔で見ながらリリーが尋ねてくる。
ラベルとシーラの花は用意して来たが・・・こんなにスーリーがたくさんあるならば、今回はスーリーを使おうと思う。
念のために、草原のスーリーを使っても良いかをリリーに聞いてみると「問題ありません」との事だった。
それでは遠慮なく使わせてもらいます!
リリーに手伝ってもらいながら、スーリーの花を三十本ほど摘んで、ピンク色の花弁だけを千切り、瓶の中に入れて行く。
・・・よし!
そして、いつもの様に右手を瓶の上に翳しシロップを作った。
シロップを作り終えた後はタンサン水を作るのだが・・・今回はちょっとだけ作り方を変えてみようと思う。
水の入った瓶にスーリーのピンク色のシロップを入れた状態でタンサン成分だけを足してみることにしたのだ。
タンサン水を作る時と同じ様に右手を翳し、小さな小さな雷をイメージする。
スーリーの苺の様な甘酸っぱい味を損なわない様に・・・・・・っと。
「サンダー」
小さく呟くと、ピカッと閃光が瓶の中に落ちた。
成功か・・・?
瓶の中にはたくさんの気泡が見える。
小さめのグラス二つに、出来上がったばかりのスーリーのジュースを注ぎ入れた。
「はい。どうぞ」
隣に座って一連の作業を見ていたリリーにグラスを手渡した。
リリーは初めて見るスーリーのジュースを観察するかの様にマジマジと見つめている。
私はそんなリリーを微笑ましく思いながらグラスを傾けた。
コクンと飲み込めば、シュワシュワとしっかりとしたタンサンが喉を刺激してきた。
理由は分からないが、いつもの混ぜて飲むジュースよりもこちらの方が美味しい気がする。
これは早くお兄様達に教えなくては!!
「・・・っ美味しい!」
瞳をカッと驚きに見開き、嬉しそうに口元を綻ばせるリリー。
うんうん。やっぱりタンサンジュースは美味しいよね!
これでアルコールが入っているともっと美味しいんだけどねー!? なんて。
後は・・・っと。
私は透明な液体の入った小さな小瓶を異空間収納バックの中から取り出した。
・・・これが、今回の作戦で最も大事な物だ。
それは《睡眠薬》である。
・・・さて、ここで今回の作戦を説明しよう。
今回の作戦のコードネームは「眠りの森のエルフ」。
『睡眠薬を盛って眠らせちゃおう!』
という、何とも単純明快な作戦である。
そんな作戦の為に、スーリーのジュースを使うのは心苦しいのだが・・・
相手は用心深く、排他的な『エルフ』だ。
しかし、意外と好奇心旺盛で《新しい物》それも《自然》の物を使った物には飛び付いて来るだろうとサイラスはいう。
だったら・・・と、弱点を突く方法ではなく、好きな物、興味を惹かれる物で釣ろうという事になったのだ。
そして、お酒だと飲む人と飲まない人がいるかもしれない。だからジュースに睡眠薬を仕込む事に決めた。それも速効性ではなく、遅効性の物を・・・だ。
飲んだ一時間後から効き始める予定の薬を使うつもりだから、多少警戒され時間を置かれてもバレない。
人族からの和平の印として渡したら、飲まないわけにはいかない。
更に駄目押しでクリス様だ。クリス様には長達と一緒に眠ってもらう予定だ。
クリス様が率先して飲んだら・・・薬を仕込まれてるなんて疑う余地もないだろうし。
王族を巻き込んだ完全犯罪だ。ふふふっ。
それに、後々の事を考えてもクリス様には眠ってもらっていた方が都合が良い。
何かアクシデントが起きても、知らぬ存ぜぬで通してもらえば良いのだから。
その為に、クリス様には作戦の詳しい内容は教えていない。
根が真面目だから、ちょっとした事でボロが出ないとは限らないし。
因みに、この睡眠薬は私が出発前に作ったのだが、王城の魔術師さんによる《鑑定》で効果はバッチリ保証されている。
『【睡眠薬】無味無臭。遅効性。効き目抜群。完全犯罪を実行したいあなた向きです。Let's 完全犯罪!』
鑑定をしてくれた魔術師さんがドン引きしていたのは・・・気にしない。
そう、気にしないのだ!
さて、作戦の用意は整った。
「そろそろ戻ろう」
ニコニコと機嫌の良さそうなリリーを見た後に、何気なく森の方に視線を戻すと、キラリと光る何かを見つけた。
「お嬢様?」
「何かがある!!」
私はリリーを置いて、光を目指して駆け出した。
「これは・・・?」
森の中の深く、滅多にエルフ達の来ないスーリーの草原の近く。
その木の虚に隠す様に置かれた物。
それは・・・。