すれ違いの特別な日
最後までお付き合いいただけますと幸いです。
日差しが柔らかく差し込むカフェの窓際に、変装をした彼方が座っている。
帽子を目深に被り、サングラスをかけているせいで、誰も彼が今話題の人気アイドルだとは気づかない。
その隣の席には、彼の幼なじみのココが座っていた。
「ねぇ、彼方はさ、どんなとこで女の子のこと可愛いって思うの?」
突然の質問に、彼方はドギマギする。
ココは、昔から気が抜けないような質問をさらっと投げかけてくる。
「えっ、なんだよ急に…」
「ただ気になっただけ。教えてよ」
彼方は少し間を置いて、しどろもどろになりながらも答えた。
ココの目の前にいる彼方はテレビで観る彼方とは別人のようだった。
「えっと…優しいところとか?あと、笑顔がかわいいと、ドキッとするかな…」
自分でも少し情けない答えだと思いながらも、ココの表情を伺う。
少しは意識したり、何か刺さっただろうか。
だが、そんな彼方の思惑とは裏腹に、ココは特に反応せず、ふーんとだけ返して、つまらなそうにクランベリージュースを口元に運んだ。
彼方は幼なじみであるココにずっと思いを寄せていた。
ココは可愛くて近所で知らない人はいないくらい美人で優しくて頭も良くて運動神経も良い、非の打ち所がない少女だった。
小さい頃からずっとココのことが気になって、彼女に振り向いてもらいたくて、彼方はアイドルを目指すことを決めたのだ。
夢中で努力し、今では人気者の座にいるが、ココの態度は相変わらずで、彼方が有名人であることには全く興味がなく、プラスには働いていないようだった。
「で、なんでこんなこと聞いたのさ?」
「実は、これから友達に男を紹介してもらうの。恋活の一環としてね。」
ココの言葉に、彼方の心が大きく揺れる。
「えっ、それってデートってこと!?」
つい強い口調で問いかけてしまった。
店員と客の視線がこちらに集中する。
頼んだコーヒーの水面が彼方の気持ちとリンクするかのように揺れる。
「うん、まぁデートかな。私、ちゃんとしたデート初めてなんだよね。」
ココは気軽に答えた。
その言葉が彼方の胸にズシンと響いた。
「じゃあ、俺といつも2人でいるこの時間はなに?デートじゃないの?ただのいつもの時間ってこと?」
泣きそうな犬のような表情をした彼方の言葉に、ココは少し驚いたような顔をしてから、ふっと笑った。
「そうかもね」
そう、さらりと答えると、彼方はショックを受け立ち尽くした。
ココは、そんな彼方を横目に、カフェの出口に向かって歩き出した。
「やだ、行かないでよ」
つい声をあげてしまった彼方に、ココは小さく手を振って、あどけない笑顔を向けた。
「約束しちゃったから」
そう告げたココはスタスタとカフェを後にした。
先ほどまでいたカフェから離れて、ココは深いため息を吐く。
「先に置いてったのはどっちよ…」
彼方がしょんぼりとうなだれている様子をカフェの窓から横目で見ながら、小さく呟いた。
その後、ショックでカフェの席から立ち上がれなくなった彼方は何度もスマホを確認したが、ココからの連絡はなく、胸の中でやきもきした気持ちが募るばかりだった。
しかも、ココが着ていた可愛らしい服装が、どこかデート向きに見えてしまって気が気でない。
「俺のためじゃなくて、他の男のための服かよ…」
彼方は小さく毒づきながらも、どうしてもココのことが気になって仕方がなかった。
次にココとあったらどこぞの馬の骨かもわからない男が彼氏として登場してくるかもしれない!?
うぎぎぎぎ……とアイドルらしからぬ声で悶絶していた彼方は不審者扱いされ、やんわりとカフェから追い出された。
その夜、彼方は、なんとかゾンビが這うように家に帰った。
そして、そのまま、ふて寝をしていた彼方はインターホンの音で目が覚めた。
眠い目をこすりながらドアスコープを見ると、そこには予想外にもココが立っていた。
彼方は勢いよく扉を開ける。
「びっくりした…デート終わったの?」
彼方が訊く。
「こっちの方が急に扉がバーンって開いてびっくりしたよ……うん、いい人だったよ」
ココはあっさり答えた。
その笑顔が、彼方の胸に痛みを与える。
「はい、これ」
しょぼくれた彼方の顔の横に、突然ココが差し出したのは、小さなマスコットだった。
キャラクターの笑顔が特徴的なそのぬいぐるみは、彼方とココが昔から好きなもので、彼はその場で戸惑った表情を見せる。
「なに、これ?」
そう尋ねると、ココは少し照れたようにはにかんだ。
「アンタ、このキャラクター好きじゃん。さっきゲーセンで取ったの」
そう、ココは答えた。
まあ、もっとも、彼方がこのキャラクターが好きなのは、ココが好きなキャラクターシリーズだからなのだが……
いや、それよりも大事なことがある。
他の男とのデートの途中で、俺のためにこんなプレゼントを取ってきたという事実。
その事実が信じられず、彼方は少し言葉を詰まらせた。
「……じゃあ、他の男といたのに俺のためにプレゼント取ってくれたってこと?」
それでも聞かずにはいられなかった。
彼方のその問いかけに、ココは少しだけ頬を赤らめて目をそらした。
そのココのいじらしい姿に、彼方はつい期待してしまう気持ちが抑えられなくなる。
……これって、少しは脈があるんじゃないのか?
「ね、今度は俺とデートしてよ。特別な日にしよう」
彼方は勇気を出して言葉にした。
彼の胸は高鳴り、差し出した手が連動するかのように震えた。
ココがどう答えるかを固唾を飲んで待った。
この秒、分の短い時間がまるで無限の空間にいるように長く感じた。
しばらくの沈黙の後、ココは微笑みを浮かべながら小さく頷いた。
そして、彼方の手をココの手で優しく包んだ。
「…いいよ、特別な日にしてみてよ」
その一言に、彼方の胸は喜びでいっぱいになり、二人のすれ違いの時間は特別な日に向けて少しずつ動き出したのだった。
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